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なぜネットメディアが鹿児島県警の標的となったのか?捜索の状況を詳細に解説、専門家は「憲法違反」「告発は公益通報」「大手メディアの姿勢が問われる」と指摘

鹿児島県警の本田尚志前生活安全部長(60)が個人情報を含む内部文書を漏えいしたとして、国家公務員法違反の罪で起訴された事件で、28日に弁護士は公益通報にあたるとして、無罪を主張する方針を明らかにしたと報じられた。

鹿児島県警では、同県警OBの息子で鹿児島県医師会の男性職員による強制性交事件に関わる県警の内部資料を漏えいしたとして、曾於(そお)署の藤井光樹元巡査長(49)が逮捕されるなど、逮捕者が相次いている。

一連の事件のなか、県警は中願寺純則さん(64)が運営するニュースサイト「HUNTER(ハンター)」の事務所を強制捜索する異例の手続きを実施。さらに、内部告発の文書を受け取った札幌市在住のライター小笠原淳さん(55)にも、任意で文書の提出を求めていた。

スローニュースは、当事者の中願寺さんと小笠原さんに何が起きていたのかを聞く緊急トークイベントを6月24日に開催。識者を招き、取材源の秘匿を脅かす警察捜査の問題点や、公益通報にあたるのかなどを検証した。

スローニュース 岩下明日香


鹿児島県警10人でガサ入れ「あなたが身に着けているものも差し押さえていいということになっている」

事件は、2023年10月25日にニュースサイト「HUNTER(ハンター)」が、鹿児島県警の内部文書「告訴・告発事件処理簿一覧表」を入手し、記事を書いたことから始まる。

イベントに電話で参加したハンター代表の中願寺さんが家宅捜索を受けた当時の様子を語った。

中願寺 「告訴・告発事件処理簿一覧表」の内容を鹿児島県警は認めて公表しようとしていませんでした。内々に処理をして終わらせようとしていたのがわかっていたので、今年の2月に鹿児島県警を訪問して、処理簿一覧表を確認したうえで公表と謝罪を求めたんです。これを県警が契機にしたという経緯があります。3月に50人体制で捜査をはじめたということで、捜査の一環として話を聞きたいという申し入れが県警からありました。3月26日にする予定だったのが、前日になってキャンセルしてきました。その後のやり取りがないまま、4月8日の家宅捜索につながりました。

4月8日早朝、県警が10人で家宅捜査に来たとき、中願寺さんは弁護士に電話をしようとしたが、腕を押さえられるような形で携帯電話を取り上げられたいう。中願寺さんは「何やっているだ」と抗議したが、県警は「あなたが身に着けているものも差し押さえていいということになっている」といい、携帯電話とパソコンなど12点を押収した。

中願寺 「報道に対してこれはなんだ」とはっきり言いました。県警はまったく答えず、無視されました

翌日、県警はパソコンを返してきた。この時、県警は「処理簿一覧表のデータがたくさんありました。今から消してもいいですか」といい、データをその場で1件ずつ消した。データを1件消すごとに1枚ずつ写真を撮られたという。

だが、データは完全に削除されたわけではなかった。

中願寺 消したことにはなっていますが、実はデータはすべて残っていました。そのデータは私が作ったものではなかったので、メールの中にデータはそのまま全部残っていました。

県警の捜索の詳細については、スローニュースのこちらの記事で詳しく

「県警の強制捜索は憲法違反だ」

公益通報(内部告発)に詳しいジャーナリストで上智大教授の奥山俊宏さんは語る。

奥山 報道機関の事務所に対して警察権力の家宅捜索が入り、それによってニュースソースが暴かれてしまうということは、これまでになかったことです。法務省は取材源の秘匿について、最大限尊重するということを繰り返し国会でも言ってきています。

京都大学の曽我部真裕教授らの著書『憲法Ⅱ 人権〔第2版〕』によると「編集部の捜索がなされて広く差し押さえが行われることになれば、取材・報道の自由に対する重大な制約として深刻な憲法問題となるだろう」とある。

奥山 報道機関や記者を信頼して内部告発をしようとしている人から内々に報道機関に提供された文書が、仮にも捜査機関に押収される恐れがあったら、その情報の流れはせき止められてしまう。中でも、内部告発者が捜査機関によって把握されて逮捕されてしまう事例は甚大な悪影響をもたらすということは火を見るよりも明らか。

奥山氏は、ハンターの家宅捜索は憲法第21条に違反するとして、鹿児島県警の過ちを確定させるべきだと指摘した。

なぜ憲法違反に当たるといえるのか、より詳しい法的な解説をスローニュースで配信します

ネットメディアだから標的になった?問われるのは大手メディアの姿勢

イベントの進行を務めたジャーナリストの長野智子さんは、大手メディアを引き合いに「ネットのニュースサイトだから捜査しやすかったという感覚はあったか」と尋ねた。

長野智子さん

中願寺 あります。警察だけでなくメディアの問題でもあります。例えば、今はニュースサイト「ハンター」と言ってもらえますけど、玉石混交だからしょうがないとは思いますが、大手メディアは「ネットメディア」としてひとくくりにしてきたと思います。警察も同じ目で見ていると思います。ここだったらやってもいいだろう。ネットメディアならやっても平気だという思いは持っておられたと思います。

調査報道グループ「フロントラインプレス」の高田昌幸さんは、4月中旬にある新聞記者から「ハンターがガサ入れされたそうだ。書きたいけど、うちの社では書けない」と相談があったと打ち明ける。

高田 書けないということはまずどういうことか。まさにハンターは小さいから狙われた。大きいところは狙わないんです。それは強いから狙わないのではなくて、もう警察の仲間だから狙う必要がないんですよ。記者クラブでいつも山のように捜査情報を漏えいしているわけです。大手は先に捜査情報をもらって、容疑者が連行される場所に朝早くからカメラを並べて行っているわけです。これがなぜ地方公務員法違反にならないのか。それは捜査側と取材側が二人三脚だからです。それを大手メディアがどう考えるのか、厳しく問われていると思います。

メディアと警察の関係を問う議論もスローニュースで詳しく

「公益通報」だといえる理由とは?県警の「情報漏えい」とする主張をくつがえす

鹿児島から遠く離れた北海道にまで県警は捜査の手を伸ばしている。ハンターで記事を寄稿していた札幌市在住のライター小笠原淳さんのもとに、差出人不明の茶封筒が4月3日に届いていた。

小笠原 鹿児島からだったので、なかなか珍しく、印象に残りました。差出人は書いてありませんでしたが、すぐ開封してみたんです。

茶封筒の中身は、「闇を暴いてください」という文言とともに、A4の紙10枚。鹿児島県警の未発表と思われる不祥事3件の概要をまとめた文書と警察の内部文書と思われる資料が入っていた。札幌では足場が悪いので、PDFにして福岡を拠点とするハンター編集部の中願寺さんと共有した。中願寺さんと「これをすぐに裏付けとるのは難しいね」と話していたという。

それから約2カ月後、5月31日に本田前生活安全部長が逮捕された。4日後に鹿児島県警から電話がきて、「任意で封筒を提出してくれ」と言われた。

小笠原 本来であれば、そもそも受け取ったかどうかを含めて言う必要はないんですけど、たまたま電話で聞いて、あの封書のことかと思い出したんです。前週に本田前生活安全部長が逮捕されたことがあったので、ちょっと待ってと。封書がないのに何で逮捕できたんだという疑問が浮かんだんです。「なんで見もしないで逮捕できるんだ」ということを勢いで聞いてしまった。向こうは答えなかったですけど。つい、事実上受け取ったということを認める会話になってしまった。

鹿児島県警の野川明輝本部長は6月21日の記者会見で、本田前生活安全部長が送った文書について「公益通報にはあたらない」と主張した。

これについて、奥山さんは、公益通報者保護法が保護する対象が文書に含まれていると指摘する。

奥山 本田前生活安全部長の内部告発がきっかけとなって、盗撮容疑の枕崎警察署員が逮捕され、懲戒処分を受けて、5カ月間にわたる犯人隠避の状態がやっと是正され、野川本部長も、「捜査の基本に欠けるところがあった」という理由で「今後このようなことがないように」と訓戒処分を受け、再発防止の検討に全力を尽くすと記者会見で言った。それを信用するならば、本田前生活安全部長の文書は、二度とこういうことを繰り返させないための効果をあげている。そう捉えると、これは公益通報そのものだと言える。この告発がなければ、すべてが闇から闇になっていたであろう可能性を考えると、まさに公益通報者保護法が保護しようとしている公益通報の典型例を含んでいると考えています。
(鹿児島県警の野川本部長は、枕崎署員がトイレ盗撮の犯人である可能性について昨年12月に報告を受けた際、警察職員を容疑者とする捜査は本部長指揮とするのが通例であるのに、本部長指揮の事件に指定せず、よりにもよって容疑者が現に勤務する当の枕崎署に捜査をゆだね、他方、「刑事事件として立件するまでの間に同じようなことをさせてはならない」と考え、研修を意味する「防止の教養」を指示し、容疑者に証拠隠滅の機会を与えようとしたのも同然の初動にしたうえ、さらにその後も5カ月近く、何の報告も枕崎署に求めず、当の容疑者を「適材適所」で通常の人事異動の対象とし、事件捜査をほったらかしにした。)

公益通報か、情報漏えいか、詳しい解説もスローニュースで

※記事はイベントの抜粋。トークの詳細は4回にわたって配信しますので、そちらをご覧ください。違憲性や米国司法の事例、日本の大手メディアに問われる報道姿勢などについても詳しく議論しています。

取材:岩下明日香(いわした・あすか)

五ノ井里奈さんの著書『声をあげて』(小学館)の構成者。スローニュースの編集メンバー。事件を継続的にウオッチ。