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けんすうさんが語る「時間軸や視点を変えれば世界の見え方が全く異なることをSlowNewsは教えてくれる」

※旧SlowNewsのサービス終了前の記事です。文中のリンクは現在は使えませんのでご了承ください。

 黎明期からネットビジネスを手掛けてきた「けんすう」こと実業家の古川健介さんは、その独自の鋭い視点にファンも多い。クリエイターをさまざまな形で支える「アル」の代表取締役をつとめるけんすうさんが、[SlowNews](https://slownews.com/register)に注目しているという。その理由や期待をうかがった。
(聞き手:スローニュース代表 瀬尾傑)

このユニークなアイコンでおなじみ、けんすうさん

「SlowNewsは思考を深めるためのメディアですね」

――この前、けんすうさんがツイッターでSlowNewsのことを取り上げてくれてたでしょう。うれしかったです。

 ほんと最近、SlowNewsよく読むんですよ。この前も、『本を読む受刑者たち』を一気読みしました。刑務所の中の図書館、そこで受刑者たちがなぜ読書するのか、どんな本を読むのか、めっちゃくちゃ面白かったです。

――けんすうさん、ノンフィクションがお好きなんですか。

 僕はジャーナリズムの調査報道作品とか、人や事象に焦点を当てたノンフィクションなど、対象を深く掘り下げた作品を読むのが昔から大好きでした。ですから今でもそういう本を探し求めています。
 また、実業家としてもネットを使って様々なビジネスを展開してきましたが、その中で、ネットニュースの課題をなんとかしないと、という想いが強くなっています。そんな中でSlowNewsのように時間をかけて取材をしたものが重要だなあとあらためて感じています。

――ネットではフェイクニュースや誹謗中傷が問題になっています。

 速報性のあるニュースはどうしても人間の感情に訴えかけるようなものが多いですよね。読み手側も反射的に感情を刺激され、それをさらにSNS上で反射的に意見を発する。それをまとめたネットメディアやまとめサイトの記事も横行することで、さらに連鎖していく。感情の反射によって、どんどん過激になったりします。

 なぜこういうことが起こるのかというと、SNSでバズればPVが伸び、PVが伸びれば収益があがるというメディアの構造があるからです。そうすると、収益を最大化するために、どうしてもSNSを反応させるような記事が増えてしまいます。その結果、刺激的な内容や、わかりやすさ、感情を呼び起こすようなものが多くなっていますよね。

 SlowNewsでノンフィクションを読むのは、その課題の解決法だと思って注目しているんです。
 お金を払ってPVに依存しない良質な作品を読み、じっくりと考える。感情を呼び起こして、反射的にSNSに反応するのではない。SlowNewsは自分の思考を深めるためのメディアだと思います。
 「記事を読んで、反射で結論を出し、意見をSNSで表明して、すぐに忘れてしまう」という、今の時代から、より戻しが来ると思っています。深く考えるためには、反射的に感情を刺激させようとしない情報にしっかりとお金を払うことは重要です。

 もちろん広告収益で稼ぐメディアにもよい点は沢山あります。しかし、広告収益型のメディアがSNSと組み合わさると、どうしても刺激と反応の世界になってくる。インターネットがそういう情報ばかりになってしまっては困ります。

ネットの世界が多様でなくなった理由

――広告に頼らず、有料にしたというのもSlowNewsの特徴です。

 ネットで読める無料ニュースの課題は、コストのかかる「調査報道」や「ノンフィクション」が少ないことです。
 無料の情報が溢れているネットでは、一見ありとあらゆる情報が集約されていると思われがちですが、実は多くの人の目に触れている情報はどんどん限定的になっているような気がします。実はネットでは多様性が失われているのです。

 SlowNewsは、古今東西の事象を掘り下げつくした作品が300冊以上ある。さらに新しい本が毎月増えています。また、調査報道の裏側にも迫る記事がどんどん追加されていて、多様性の塊になっています。『バッタを倒しにアフリカへ』なんて本もありますからね。まさに、ネットの弱点を補ってくれる存在です。

――黎明期からネットの世界に向き合ってきたけんすうさんが、本来、多様性のあるはずのネットから、逆にそれが失われていると感じているのは興味深いお話です。なぜそうなってしまったのでしょうか。

 単純に、コストが少なくてPVが多くなる記事に資本を投下したほうが効率的だからです。そうなると、「Appleの新製品情報や、芸能人がテレビでこう発言した」というニュースがもっともコスパがよいニュースになるので、多くのメディアが手を出します。逆に過去の事件を扱って深掘りした記事は、コストも高いし、PVも集まらないので、収益観点からだけで考えると、メディアは手を出しづらいのです。

 じゃあ収益が関係ない分野だと多様性が生まれるかというと、そうでもありません。小説投稿サイトや人気漫画のランキングサイトでも、凄く読まれるジャンルに読者が集中し、一定のジャンルばかりが目立つようになっています。
 作り手側もより多くの反応がほしいので、読まれるジャンルに集中するんです。
 このように、収益だろうと、アクセス数だろうと、全員が最適解を求めて同じ方向に動き出すので、多様性が失われていったのだと思います。

 さらに、元々はフラットが特徴であるネットが、だんだんとアルゴリズムによって、読まれる順番に並べられるようになってきていることも大きな要因です。「Google Discover」などは、まさに最新の、多くの人が興味があるようなニュースがどんどんと流れてきます。
 こうして、無料のネットメディアでは情報に偏りが出やすくなっているのです。

「おせっかい」なコンテンツづくりが求められている

――SlowNewsでは、その課題を克服したいという思いがあります。オリジナルの取材コンテンツはもちろん、ノンフィクションの書籍も「選ぶ」という作業に時間をかけています。

 まさにそこにネットの問題を克服する解があると思います。
 フラットに作品が並んでいるだけではユーザーも数が多すぎて混乱します。だからデータをもとに読者の関心に沿って並び変えるアルゴリズムの良さもありますが、一方で人の感性による編集はそれと違った利点があるとあると思います。

 アルゴリズムではPVが取れる記事や、自分が直近で検索した関心に合わせて記事や広告が羅列されてしまう。この前までは小室圭さんと真子さんの結婚に関する記事ばかりが溢れます。広告では私が検索した商品ばかりがスマホの画面を席巻してしまいます。
 しかし、私たちには、自分の関心を超えて知るべきものがあるし、新しい関心を発見したいという欲求もある。それを満たすには、やはりアルゴリズムではない、プロの編集者によって提示される情報が必要です。

 私は今、これを読んだほうがいい!といったような、「おせっかい」なコンテンツ作りが求められているような気がしています。
 これを最近では「上から目線」という感覚で嫌う人も出てきました。しかし、ネットメディアに多様性が失われている今、むしろ多様性の一つとして上から目線のコンテンツが重要になってきていると思います。
 やはり、「知るべき情報」を提供するジャーナリズムやノンフィクション、そしてそれを「読むべき情報」として選択し、提示する編集の役割が増しているのだと思います。

多様性に欠けてきた情報をバランスする

――SlowNewsは作品を紹介する「おすすめ」だけではなく、コンテンツの制作過程にも書き手以外の第三者がチェックする編集が入るようにしています。

 まさにSlowNewsのコンテンツは、多様性が欠けてきたネットの情報をバランスするものですよね。これから自分にもたらされる情報をバランスしたいなと考えている人にとっては、うってつけのメディアになるのではないでしょうか。
 今は関心が多様化している分、本当に知るべき情報が欠ける傾向にあると思います。

 例えば、僕は今回の東京オリンピックは「なぜ盛り上がらなかったのか」と思っているのですが、「え、何言ってるの。あれだけ盛り上がっていたじゃない」と言われることがあります。個々人によって、入ってくる情報に偏りが出ているからでしょう。
 また来年にはサッカーのワールドカップがあり、いま地域予選が行われていますが、これも10年前に比べて関心に温度差があるように思います。かつてはオリンピックやワールドカップは、国民誰もが関心を持っていた感じがするけど、それは私が受け取る情報が偏っているだけの可能性が高いです。

『大融解』は、目からうろこの調査報道でした

――SlowNewsでは、どんな作品が面白かったですか。

 面白かったのは、高橋ユキさん連載の『逃げるが勝ち』。カルロス·ゴーンをはじめ脱走事件の深層や日本の司法の問題を丹念に取材されています。
 無料ニュースでは、「脱走した!」という最初のニュースだけで話題が盛り上がり、その問題がなぜおこったのかまでは、知らないまま消化されていく。ニュースに対してすぐに「いいね!」したり、コメント欄に感想を書く瞬発力を意識している人も多いでしょう。

 しかし、こうした事件の深層は4~5年のスパンでないと本当の評価はできません。
 そこで僕は、ニュースを読んだときに、反射的に反応したくなる気持ちを抑えて、「保留」して考えることにしています。評価を保留しておくことで、やがて『逃げるが勝ち』のような作品が登場し、それを読むことで事件の本当の中身や社会の問題の隅々までが理解できる。こうしてようやく、腑に落ちるという体験を味わうことができるのです。

 また、世間で言われているのとは、まったく違う視点があることも知ることができます。
 例えばSlowNewsで読むことができるニューヨーク·タイムズとプロパブリカの共同取材の『大融解』は、目からうろこの調査報道でした。
 地球温暖化でロシアの広大な大地で農業ビジネスのチャンスが広がり、「気候移民」が押し寄せている。人類の北上が始まっていて、それによって食糧安全保障など、地政学的なパワーバランスが変わろうとしています。

 気候変動を防ごうとSDGsが掛け声となり、それを後押しする情報があふれる一方で、気候変動を奇貨として人類や社会の動きが変化していることを、この本は教えてくれます。
 このように、時間軸や視点を変えるだけで、世界の見え方が全く異なることを、この2つの作品は示していると思います。

リモートワークは現実の問題に気づきにくい

――自分が普段接しない良質な情報に偶然出会う、そんなセレンディピティな情報は、自分の知らない世界を教えてくれますね。

 最近特に、個人的にも得られる情報に偏りが出てきているなと感じることがあります。そういう視点から新刊の書籍を探しに行くことも多いのですが、いま特に気になっているのが格差の問題です。
 やはりビジネスパーソンと付き合うことが多いと、直に貧困の問題に触れる機会も減ったように思います。リモートワークが進んでいくと、街に出ないことで現実の問題に気づきづらくなっています。

 最近、書店で手に取ったのは『格差と分断の社会地図』(日本実業出版社)や『世界を貧困に導くウォール街の悪魔』(ダイヤモンド社)でした。
 このまま格差が広がり続けていくと、全員が同じ能力だとしても、経済的や人的な資本を持っている人しか報われない世界になってしまう。この現実を考えると再分配するしか選択肢はないのかなと思えてきます。非常に関心の深いテーマです。

 SlowNewsにも『データが示す男女教育格差の衝撃』や『子供の貧困 日本の不公平』のように格差を扱っている作品が多いですよね。どれも気になるので今度、ゆっくり読んでみようと思っています。

 書店は限りあるスペースを使って書店員に推薦されることで「偶然の発見」が得られる場所ですが、SlowNewsもまたアルゴリズムで提供されている多くのネットメディアと違い、セレンデピティな価値を追求し、提供してくれています。

調査報道とプロセスエコノミー

――けんすうさんは『アル』などを通じてクリエーター支援に取り組んでいます。SlowNewsも、調査報道やノンフィクション作家の支援活動も行っています。こうした活動に期待していることはありますか。

 私の友人でフリーのジャーナリストの方から、調査報道の費用対効果の厳しさをよく聞かされました。
 長い期間、自分で費用を支払いながら、取材を続けて作品にしても、数万円の原稿料で終わっていては、調査報道は萎んでしまいます。やはり、社会的な関心の高いもの、また意義のあるものについてマネタイズの方法を考えなければならないでしょう。

 私自身、様々なアーティストや漫画家、クリエイターを応援するプロセスエコノミーに取り組んできました。例えば、アイドルが人気を得ていくまでのプロセスを見せることで、ファンが応援できる仕組みを作っているわけですが、これはジャーナリストやノンフィクション作家にもこの仕組みができればいいなと思います。

 特に若手の作家には、この仕組みができることで、大胆な取材が長期間にわたり可能になるかもしれません。その取材の作品が1年~2年後に出ることで、読者が解釈したくても保留することしかできなかったニュースの真相にたどり着くことができます。その意味で支援活動には期待をしています。
 作り手はじっくり取材に取り組み、読者はゆっくりと現象を考える。まさに「スローニュース」を実践できる場として、SlowNewsが広がってほしいですね。

実業家の古川健介(けんすう)さん ありがとうございました!