受刑者たちは、どんな本を読んでいるのか?
刑務所の中に、図書館がある。噂を聞きつけて訪れたのは東京都府中市の府中刑務所。罪を犯し、社会から閉ざされた環境に身を置く彼らは、なぜそこで本を手に取るのだろうか。受刑者たちの生活を見つめ続ける現役刑務官に塀の中の読書風景を訊いてみた。「小説新潮」掲載、驚きのルポ。

本を読む受刑者たち

塀の中の図書館

刑務所の中に、図書館がある。噂を聞きつけて訪れたのは東京都府中市の府中刑務所。罪を犯し、社会から閉ざされた環境に身を置く彼らは、なぜそこで本を手に取るのだろうか。受刑者たちの生活を見つめ続ける現役刑務官に塀の中の読書風景を訊いてみた。

 府中刑務所は東京都府中市にある国内最大級の刑務所である。

 刑務所の門をくぐれば途端に殺伐とした空気に包まれる……かと思いきや、そこには刑務官らが生活する団地のような家々や、自転車や自動車、電話ボックスなどが整然と並んでいた。昭和の日本に迷い込んだような、どこかノスタルジックな光景が広がる。

 敷地面積は二十六万平方メートル。そこに、約二七〇〇人の受刑者を収容できるだけの施設が整えられ、現在はその三分の二ほどの一八〇〇人弱が生活している。

 普段は決して接することのない受刑者たちが、すぐそこで、日々を営む。そして彼らも、私たちと同じように本を読んでいる。どんなものを、どんな想いで、読むのだろう――。

府中刑務所庁舎外観

どうして受刑者は本を読めるの?

 案内された会議室では、書面での健康確認と検温が行われた。刑務所内でのコロナの流行を防ぐため、ここ一年ほどは部外者の立ち入りに厳重な対応がとられているという。

 対応してくれたのは、府中刑務所の総務部で広報業務を取り仕切る上地うえち尚史たかし調査官と、読書関連の業務を管轄する教育部の柴田しばた昭彦あきひこ首席矯正処遇官。生まれて初めて出会う〝刑務官〟のふたりはどちらも体格がよくがっしりとしているが、職務内容の違いもあってか上地調査官のほうが少し柔和な印象だ。

 刑務所といえば、受刑者らが刑期の間、自由を奪われ、犯した罪と向かい合う空間だと思っていた。その環境下で、どうして「読書」が認められているのだろうか。

 静かな、だけれどもしっかりとした口調で、柴田首席が答えてくれた。

「おっしゃる通り、刑務所の中では自由が大幅に制限されます。受刑者たちは移動できないし、話す相手も限られる。自らの罪に応じた刑に服させるとともに、自身のしたことについて考え、再犯させないことがこの施設の目的だからです。

 だけど、そんな〝人権が制限される場所〟だからこそ、守られるべき基本的人権には細心の注意を払う必要があります。彼らの自由を必要以上に厳しく制限するのではなく、更生のための適切な環境を整えることこそが我々刑務官の務めです」

言葉も分野もバラバラな本を所蔵する “秘密の図書館”?

 読書の権利は、そうした受刑者たちの〝守られるべき基本的人権〟のひとつとして認められている。憲法で規定されるところの思想及び良心の自由や、表現の自由の一部とされるそうだ。

「受刑者に読書を勧める一つ目の目的は『改善指導』です。社会適応に必要な知識や生活態度を身に着けさせる。犯罪行為の責任を自覚したり、被害者の感情を理解したり、あるいは社会生活のルールを知ったり。そのためにも、読書が推奨されているんです」

 そうですね、と頷きながら上地調査官があとを継ぐ。

「読書という行為がもつ継続性も改善指導に役立ちます。毎日歯磨きを続けると、自分自身が清潔な人間だという衛生観念が育まれますよね。同じように、一ページ一ページと読み進め、自分は本を読むことができると自覚することで、自己イメージを良くするんです」

 調査官は、「改善指導」と並んでもうひとつ、読書推奨の根拠として挙げられる「余暇活動の援助等」についても解説をしてくれた。

「暇なとき、なにをしたらいいか。そういった余暇時間をうまく使えない受刑者が、実はすごく多いんです。そして、そこが犯罪の温床になる。やることがなくて、ついまた薬物に手を伸ばしてしまったりするわけです。暇な時間は、出所後の社会生活におけるリスクとなりえるんです。

 だけどもし読書習慣が身に着いていれば――暇だから本を読もう、と思うことができます。そのような健全な選択ができれば、人生に退屈することなく、再び罪を犯すことも避けられる。刑務所では、受刑者にこうした〝選択の練習〟をさせることも重要だと考えています。

 健全に働き健全に余暇を楽しむことは再犯防止に不可欠であり、そのためには本や新聞に触れておくことが実はとても大事なんです」

刑務所の中の図書館「図書工場」ってどんなところ?

 続いて柴田首席は刑務所の中の仕組みを説明してくれる。

「すべての受刑者はなんらかの作業に従事することが義務付けられています。ほとんどの者はいずれかの〝工場〟に配属される。作業内容は生産作業、自営作業、職業訓練の三部門に分けられ、それらの工場の数は合わせて四十以上にのぼります」

所内に四十以上ある工場の一つ、図書工場の外観

 つまり「◯◯工場」という名称は受刑者たちの〝勤務先〟を意味する。一般的な会社の営業部、広告部、法務部といった具合だろう。どの工場に割り振られるかは、本人の希望や特性、刑務所で行っている作業の種類などを総合的に判断して決められるという。

 刑務所での労働作業として思い浮かべやすいのは、工場の作業ラインのような空間での木工作業など。それらは生産作業と呼ばれ、企業からの受注に応じて木工以外にも溶接や紙折などの仕事があるという。職業訓練はその名の通り、社会で手に職をつけるため、自動車の整備や介護などの資格をとるべく学ぶ場だ。

 残る一つ、自営作業はというと、

「これは刑務所が施設として運営されていくために必要な作業で、炊場工場、洗濯工場などが有名ですね。その中の一つに、図書工場というものがあります」

 この「図書工場」こそが受刑者たちの読書の要となる。刑務所内に所蔵されるあらゆる書籍や雑誌の管理を請け負う、いわば〝塀の中の図書館〟ともいうべき施設だ。

書籍の選別などを行う図書工場の作業机

「ただし図書工場は、みなさんが『図書館』と聞いて想像する、自由に人が出入りして、好きな本を手に取ったりできる施設とは違います。むしろ、『図書館のバックヤード』と言ったほうがいいかもしれない。本を保管するほか、外部から届いた本のチェックや、所蔵書籍の貸し借り業務などを行う場所です」

 柴田首席はここで一旦言葉を区切ると、ある人物を会議室に招き入れた。

 現れたのは池田いけだ裕一ゆういち副看守長。上地調査官と柴田首席より、少し若く見える。

「普段は、図書工場で実際に受刑者らの作業を監督しています」

 池田副看守長も調査官らと同じくやはりしっかりとした体軀をしているが、柔らかで丁寧な口調は、その穏やかな人柄を強く感じさせる。

「図書工場の作業は、量が多い上にとても複雑です。毎日刑務所に届く新しい本と向き合い、パソコンを使ってタイトルを入力したり、分類ごとに整理したりしているとあっという間に一日が終わってしまう。ちょうど今の時期、お盆などの長期休みの前は本の差し入れがぐっと増えるので特に忙しくなってきます。

 そこで働くのは若くて能力が高く、刑期の長い受刑者が多い。細かい作業をすることが出来て、なおかつ熟練度を高める時間のある人が選ばれる傾向にあります。そうした業務についているのは現在十三名。そのうち八名が外国人です」

工場の書架には辞書や大型本がずらりと並ぶ

 府中刑務所に収容されている一八〇〇名弱のうち、外国人受刑者は二割ほどの三八〇名。他の多くの工場は日本人が大半を占めるのに、日本語を頻繁に扱うはずの図書工場の業務は、外国人受刑者が中心に行なっている――。

 上地調査官が言葉を繫いだ。

「府中刑務所では、日本人受刑者は刑期十年未満で犯罪傾向が進んだ人間、つまり刑期は短いんだけれども再犯だったり暴力団と繫がりのある人間が中心になります。それに対して外国人受刑者の場合、日本人受刑者のような縛りがない。薬物を海外から持ち込んで空港でそのまま逮捕された、日本語をほとんど話せない受刑者などもいますね。だから、日本人よりも外国人の方が刑期の長い者が多く、図書工場での作業に選ばれやすくなるんです」

 日本語の本の閲覧票をメキシコ人が発行したりしているんですよ、と池田副看守長は笑う。

「図書工場にいる外国人受刑者の国籍は、ほとんどかぶっていません。だから言語の壁を乗り越えてみんなが一緒に頑張っています。まさに〝ワンチーム〟体制。作業を通じ日本語を使えるようになる者もいて、ここでの時間がいろいろな意味で彼らの日本社会への適応に役立っていると感じます」

 そして、そもそも「読書空間に日本語が溢れている」という認識自体も、ずれているという。

 ここに府中刑務所内で所蔵されている本や雑誌(備付書籍と呼ばれる)の分布をまとめた表がある。

府中刑務所で所蔵されている書籍の概要

 書籍の内容や特色によって大きく四つに分けられているが、注目したいのはそれぞれの冊数だ。一般的な日本語の本である「一般備付書籍」と辞典や学習用書籍などの「特別備付書籍」とが合わせて一二〇〇〇冊ほどであるのに対し、「F指標備付書籍」と呼ばれる外国語書籍はなんと二万冊以上。外国語の本が日本語の本の倍近くを占めるのである。

受刑者の出身地は様々。集まる本も多様に

 ちなみにそのうちで最も多いのは英語書籍で約五五〇〇冊。次いで多いのが中国語書籍で約三〇〇〇冊、そのほかにロシア語、ウルドゥ語、ブルガリア語など、様々な国の本があるという。上地調査官が続ける。

「府中刑務所には外国人受刑者が多く収容されています。日本人の受刑者らは外部の書店を通じて日本語の本を自ら注文したりすることができるのに対し、外国人受刑者は自分で調べて母国語の本を買うというのが難しい環境にある。だから余計に、そうした図書工場の備付書籍が母国への架け橋となるのです」

 これらの本の多くは各国の領事館からの差し入れだという。異国の刑務所で出会う故郷の言葉は彼らに何を思い起こさせるのか。ふるさとに残してきた家族や友、彼らと過ごしたかけがえのない時間――それらはきっと、孤独な日々のなぐさめになるに違いない。

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