汚染源がなかったはずの岡山と200キロ離れた工場周辺で特殊なPFASを検出! 「偶然とは考えづらい」汚染が拡散したのか
汚染源がないはずの場所が、PFOA(PFASの一種である有機フッ素化合物)に汚染されたのはなぜなのか。
これまで汚染源は、PFOAを含む泡消火剤を使っていた基地やフッ素樹脂などを製造していた工場と考えられてきた。
それがいま、まったくの死角だった汚染の「拡散ルート」が浮かびつつある。
死角だった「活性炭」という汚染拡散ルート
突然のメッセージが送られてきたのは、昨年10月31日朝のことだった。
<はじめまして。私は岡山県吉備中央町で牛を飼いチーズを作って暮らしている者です>
送り主は吉田全作さん(69)。全国的なブランドとして知られる吉田牧場の経営者だった。
牧場のある円城地区に送られる水道水から過去3年で800〜1400ナノグラム(1リットルあたり)のPFOAが検出され、水源となる河平ダムの上流にある沢からも最大で3,700ナノグラムが検出されたという。
町から水道水の飲用禁止が知らされた夜、Googleマップの画像で地域一帯を調べていた息子が、吉田さんもとに近づいてきて、iPadの画面を見せた。
「河平ダムの上のほうに、変なものがたくさんある」
たしかに、積み上げられた黒っぽいものが見える。二人はすぐに車を走らせた。まもなく、林を切り拓いた一角にフレコンバックのようなものが大量に置かれているのを見つけた。翌朝、再び足を運び、太陽の下でもあらためて確認した。
沢のすぐ上流の資材置き場に山積みになったフレコンバックには、活性炭が入っていた。
<土地所有者(注:のちに借用者と判明)は地元活性炭製造会社で、排水処理に使用した活性炭の再生業務もしています>
国内で例のない高濃度の飲み水汚染を引き起こしたのは、地元企業・満栄工業が引き受けた、使用済みの活性炭かもしれない、というのだ。
そうであれば、汚染を取り除くために使われたはずの活性炭が満栄工業に引き取られた後、なんらかの理由で放置され、新たに汚染を拡散していたことになる。使用済み活性炭が汚染源になるというのは、まったくの死角だった。
PFASは使用済み活性炭をはじめとした廃棄物処理の規制の網から漏れている。このため、岡山に限らず、規制の空白をつく形で汚染がどこで広がっていても不思議ではない。
そもそも、満栄工業に運び込まれる前に使っていたのはだれなのか。排出元は責任を問われないままなのか。
使用済み活性炭による汚染の拡散という構造的な問題が浮かび上がった。
ちなみに、吉田さんがつくっていたチーズや牛乳は、検査会社に出したところ、「検出下限値未満」とされた。
追い詰められた地元企業と住民は
使用済み活性炭を野積みにしていた地元の満栄工業は今年6月、町から2億円超ともいわれる損害賠償を求められた。今後、さらに土壌浄化費用など億単位の支払いを迫られれば潰れかねない。
そのことに危機感を抱いたのは、満栄工業だけではなかった。住民の中からも、不安の声が上がった。
もし満栄工業が潰れてしまえば、汚染の原因となった使用済炭がどこからきたのか明らかにされず、だれも責任を取らない事態になりかねない。活性炭の処理を引き受けた会社だけでなく、PFOA除去のために活性炭を使った排出元も責任を負うべきではないか。
「円城浄水場のPFAS問題有志の会」のメンバーでもある吉田さんは代表の小倉博司さんとともに、満栄工業の幹部と面談した。
じつは、満栄工業もまた、排出元企業を特定したいとの意向をもっていた。ただ、野積みにしていた活性炭は大量にあり、どの企業から引き取ったものかを特定するのは容易ではない。
そこで、満栄工業は、PFAS研究を続ける原田浩二・京大准教授に連絡を取った。野積みにしていた使用済み活性炭のうち手元に残していた一部を調べてもらうことにしたのだ。
残していた活性炭を調べて浮かび上がった「希少な4種類のPFAS」
吉備中央町の円城浄水場の飲み水からは、記録の残る過去3年間、国の目標値である50ナノグラムの16〜28倍にあたるPFOAが検出されていた。ということは、活性炭にもきわめて高い濃度で吸着していたと考えられる。
原田准教授は、まずは満栄工業から提供を受けた活性炭を調べた。すると、きわめて高い濃度のPFOAと希少な4種類のPFASが含まれていた。
検出された4種類は7H-PFHpA、8H-PFOA、9H-PFNA、10H-PFDAで、「ハイドロPFAS(H-PFAS)」と呼ばれる。それぞれ一般的なPFASの一部がフッ素から水素に置き換わったものだという。
これらと一致するPFASが検出されれば、活性炭の出元が特定できるかもしれない。
活性炭が日常的に使われているのはどこなのか。考えられるものの一つのは浄水場だろう。だが、浄水場に流れ込む川の水にはさまざまな物質が含まれており、PFOAだけが突出して検出されるとは考えづらい。
PFOAが主に使われてきたのは工場だ。なかでも、PFOAを使用するだけでなく製造もしていた工場が疑われる。
ある調査によれば、日本には43府県の200を超える自治体にPFASを製造または使用している企業がある。その中でも代表的なのが、AGC(旧旭硝子)、ダイキン工業、三井・ケマーズフロロプロダックツ(旧三井・デュポンフロロケミカル)の3社だ。「2015年までのPFOA全廃」という協定を結んだ世界の化学メーカー8社に含まれている。
このうち、ダイキン工業の淀川製作所(大阪府摂津市)と、旧三井・デュポンフロロケミカルの清水工場(静岡市)の近くから採取された地下水を、原田准教授は調べた。
旧三井・デュポンフロロケミカルの清水工場は、これまでもスローニュースで「デュポン・ファイル」として周辺の汚染実態を報道してきたところだ。しかし工場近くで採取された地下水からは、満栄工業から提供を受けた活性炭から検出されたものと同じ組成(物質の構成)のPFASは検出されなかった。
一方、ダイキン工業の淀川製作所近くのサンプルからは、問題の使用済み活性炭に含まれていたのと同じ、PFOAと4種類の「H-PFAS」が検出された。ほかに、PFOAの代替物質であるPFHpAやPFNA、PFDAも含まれていた。
活性炭と水(地下水)では吸着率が異なり単位も違うため単純に比べることはできないが、いずれも高濃度だった。
この「H-PFAS」は、経済産業省傘下の産業技術総合研究所が開発したPFAS一斉分析法の対象となる39物質に含まれておらず、米環境保護庁(EPA)が示す分析法でも対象になっていない。
これまで環境中でほとんど検出されたことのない「H-PFAS」が岡山・吉備中央町にあった使用済み活性炭と、200キロ離れた大阪・摂津ダイキン工場近くの地下水からそれぞれ検出され、その組成も一致したことになる。
ダイキン工業は取材に対し、汚染された地下水を汲み上げた後、活性炭を使って除去してきたことは認めているものの、満栄工業に活性炭の再生を委託した事実はないと、否定する回答を寄せている。
「弊社がPFOAの除去処理に使用した活性炭については、専門の処理業者を通じて焼却処理を依頼しており、弊社が確認する限り、使用済活性炭の再生を委託した事実はありません。吉備中央町での事案と弊社とを結びつけたり、関係性を匂わせたりするような取材・報道は、お控えください」
回答にある、「焼却処理を依頼した専門の処理業者」がどこなのか、ダイキン工業は明らかにしていない。
検出された希少なPFASに関する特許も
さらに、原田准教授は今回検出された「H-PFAS」についての研究論文を検索したところ、ダイキン工業が過去にいくつもの特許を出願していたことがわかった。
たとえば、7H-PFHpAについては、1994年に半導体のエッチング剤の用途で特許を出願している。
2012年には、H-PFASを水から除去する方法についての特許を出願していた。特許庁による「公開特許公報」によると、「発明の名称」は「ω―ハイドロパーフルオロアルキルカルボン酸の処理方法」とあり、内容はこう書かれている。
<ω―ハイドロパーフルオロアルキルカルボン酸が活性炭に吸着するということを見出した。そして、処理対象水からのω―ハイドロパーフルオロアルキルカルボン酸の除去に活性炭を用いることができ、それによって処理対象水からω―ハイドロパーフルオロアルキルカルボン酸を効率よく除去できることがわかった>
ω―ハイドロパーフルオロアルキルカルボン酸とは、「H-PFAS」のうちカルボン酸を含んだもので、7H-PFHpAから10H-PFDAまでの4種類も該当するという。
ダイキン工業は1960年代後半からPFOAを製造・使用してきたものの、2000年代はじめに、PFOAには有害性と蓄積性があると指摘されたことを受け、前述した世界の大手化学メーカー8社による「2015年までに全廃する」協定に加わっている。
このため、ダイキン工業は2012年にはPFOAの製造・使用をやめた、としている。その年に、「H-PFAS の水からの除去法」の特許を出願していたことになる。PFOAだけでなく、化学構造が少しだけ異なる「H-PFAS」も使っていたことから、その排出を抑える必要に迫られていた、とも考えられる。
これについてダイキン工業は、以下のように回答した。
「ご指摘の特許を使用した製造、使用、販売については、個別の取引に関する事項に該当しますので、回答を控えさせていただきます。また、弊社の技術協力がなくともご指摘のωハイドロPFASは製造可能であり、仮定のご質問については、お答えいたしかねます」
専門家「稀な物質の組み合わせの検出、偶然とは考えづらい」
今回の活性炭と地下水の成分分析結果をどう見ればいいのか。原田准教授はこう話す。
「PFASの中でもきわめて稀な物質の組み合わせが、大阪と岡山でともに検出されたのは偶然とは考えづらい。ダイキンの工場で使われていたPFAS類が活性炭に吸着したまま岡山に運ばれた蓋然性は高いだろう」
満栄工業の町や住民に対しての説明では、こうした活性炭は野積みを始めた2008年ごろより前から引き受けていたが、PFOAなどが含まれているとは知らされておらず、有害物質を漏出させている認識はなかった、と釈明しているという。
本来、汚染を取り除くために使われた活性炭が逆に、2次汚染を引き起こした可能性があることに対し、業界としてどう取り組むのか。
満栄工業の主要取引先であるクラレと大阪ガスケミカルなど4社が加盟する「日本無機薬品協会」(東京都中央区)は、「満栄工業は加盟社ではなく、詳細を把握していない」としたうえで、こう答えた。
「協会としては法令順守の啓蒙等、会員企業に対し引き続き適宜適切な情報提供を行ってまいります」
協会で活性炭部会の部会長を務める大阪ガスケミカルは、満栄工業だけでなくダイキン工業とも取引があることを認めているが、その詳細については明らかにしていない。
岡山・吉備中央町での汚染を受けて、環境省は現在、PFASを含んだ活性炭の使用や廃棄の実態について調査している。廃棄物対策課の担当者は、
「聞き取りやアンケートで活性炭の使用や廃棄の実態把握に務めている」
というものの、個別事案について排出元を調べる予定はないという。
岡山・吉備中央町での汚染源となった活性炭。そこから検出された4種類の特殊なPFASは、別の場所でも検出されていました。次回はそれらの関係を追跡します。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com)