【諸永裕司のPFASウオッチ】静岡の化学工場の従業員やOBの血液検査など実施へ…スクープが企業を動かした
SlowNewsで「静岡の化学工場で密かに従業員の血液検査が行われ、高濃度のPFAS(有機フッ素化合物)が検出されていた」「東京・多摩地区の学校や大学で、PFASに汚染された地下水が飲み水や給食の調理に使われていた」など、次々とスクープを放っているPFAS取材の第一人者、諸永裕司さん。報道をきっかけに行政が水質調査を始めるなど、いま注目の動きが起きています。そこで毎週、「諸永裕司のPFASウオッチ」として、「永遠の化学物質」をめぐる最新の動きや取材の経過などをお伝えします。
サッカーに明け暮れた高校時代、物理のテストは100点満点中の7点だった。「水兵 リーベ ぼくの 船……」
原子記号の語呂合わせもつづかない。当然、化学はいつも赤点だった。
そんな私が、見たことも聞いたこともなかった化学物質を追いかけて6年ほどになる。
そのためではないけれど、この春には30年勤めた新聞社をやめ、フリーランスとして独立した。
いまでは、汚染列島と呼べるほど、PFASをめぐるニュースが絶えず、国の政策課題のひとつにまでなった。
そしてついに、私がSlowNewsで毎週水曜日、PFASをめぐる連載コラムを書かせていただくことになった。
なかなか消えないことから「永遠の化学物質」と呼ばれるPFASは、目に見えず、臭いもなく、味もしない。でも、私たちの意識や国の姿勢をあぶりだす。取材を通じて見聞きし、感じ、考えたことを伝えていければと思う。
スクープをきっかけに広がるメディアの報道
SlowNewsで10月に報じた一連の記事は、おそらく日本で初めてPFASの「職業曝露」を明らかにするものだった。
<内部データ入手! 静岡県の化学工場労働者のPFAS血中濃度 「健康に影響懸念」の400倍>
<従業員検査で新資料 40年前から密かに血液検査>
この記事につながるヒントを得たのは2年ほど前のことだ。
米大手化学メーカーのデュポンによるPFAS汚染を描いた映画「ダーク・ウォーターズ」の公開を前に、主人公のモデルとなったロバート・ビロット弁護士にインタビューした。終わり近くになって、ビロット弁護士はこう教えてくれた。
「デュポンの工場が日本の清水にあって、工場で働いていた労働者の血液検査が密かに行われていたのです」
今年1月、国は「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」を立ち上げた。16人の専門家が、PFASに関する正確な情報をわかりやすく伝えるための「Q&A集」をめぐり、議論を重ねていた。夏を前に、叩き台となる文案を環境省が出した。そこにはこう書かれていた。
<PFOS、PFOA の摂取により人の健康被害が発生したという事例は、国内において確認されていません>
この一文が、私に火をつけた。
そもそも汚染地帯で調査をしていないのだから、被害がみつかるはずもない。それを逆手に取って、あたかも被害はないかのように印象操作するのか。このとき、ビロット弁護士の言葉を思い出したのだった。
デュポンの清水工場の労働者たちはPFASをどれほど体に取り込んでいたのか。それは、健康被害をもたらすほどの濃度ではなかったのか。
ビロット弁護士からメールで送られてきたデュポンの内部資料には、驚くべき数値が並んでいた。2000年から2010年にかけ、26人の従業員に対して行われた計51回の血液検査の結果、最大値は8370ナノグラム(血漿1ミリリットルあたり)。総額で765億円の賠償金を支払うことになる、ウェストバージニア州のワシントン工場より2〜3倍高かった。
別の資料には、デュポンが人体への危険性を確認した1981年から血液検査が行われていたことも記されていた。
SlowNewsでの報道を受けて、地元の中日新聞が一面トップで報じたのをはじめ、静岡新聞が工場の元従業員の証言を伝えた。さらに静岡テレビが報じたほか、NHKも「おはよう日本」の主要項目として取り上げた。雑誌媒体からも寄稿を求められる機会が増え、メディアの報道が一気に広がってきた。
従業員への説明会や血液検査を実施へ、しかし…
労働者の安全を守るための法律には、必要があれば「国は疫学検査ができる」と書かれている。だが、厚労省は「これまで適用された事例はない」といい、「個別の事例にはお答えできない」と答え、傍観を決め込んだ。
そうしたなか、現在、工場を操業する「三井・ケマーズフロロプロダクツ」(本社・東京)はすぐに反応した。
従業員への説明会を行うとともに、元従業員を含めた希望者に血液検査をしたり、健康相談に乗ったりすると明らかにしたのだ。工場で働いていた下請け労働者についても「協力会社と相談する」という。
それまで「PFOA の取り扱いに関わった従業員から健康影響は報告されておりません」としていたものの、調べる方針へと転じたのだ。
ただ、検査の対象となる部署や人数、さらに時期や方法などについては、報道から2週間以上がたっても「検討中」としている。
そもそも1981年以降、血液検査は何人に対して行われたのか。その結果や健康への影響について、従業員はどのように伝えられたのか。いずれの質問にも、答えはメールで返ってくる。
「データの保存状況についても、コメントを控えます」
今後、元従業員の血液検査が行われたとしても、「個人情報」を盾に詳細は明かされない可能性がある。
当時、血液検査を受けた従業員たちはその後、どうしているのか。
彼らの声を探して、私はまた清水に向かうことになるだろう。
◆ ◆ ◆
いま、PFASについての関心が高まっていて、各地で勉強会などが行われています。このうち、10月29日(日)の夜6時半から、「PFAS国分寺市民の会」からお招きいただき「体内汚染と汚染源」について話をすることになりました。(場所:cocobunjiプラザ リオンホール、参加費:500円)誰でも参加できますので、健康に不安のある人、PFASに関心がある人は参加してみてはどうでしょうか。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄の密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com)