PFAS使用工場での血液検査、実は40年以上前から密かに行われていた…静岡市は工場周辺の水路を調査へ
フリーランス 諸永裕司
静岡県にある化学メーカーの工場で、長年、危険性を知らされないまま有機フッ素化合物(総称PFAS)が使われ、密かに行われた従業員の血液検査で、きわめて高い濃度が検出されていた。
そのことを示す内部資料について前回伝えたが、血液検査は今から40年以上前の1981年から密かに行われていたことが新たにわかった。この間ずっと、労働者たちは危険にさらされ続けてきた可能性がある。国や企業は今後も、追跡調査に動くことはないのだろうか。
一方、今回のスローニュースのスクープや、その後の中日新聞の報道のあと、静岡市は清水工場周辺の水路を調査することを決めたという。
日本の担当者あて文書に「人体に残留する」
手元に、1981年9月に作成された英文の文書が二つある。
アメリカの大手化学メーカー・デュポン本社から、日本の清水工場(静岡市)とオランダのドルトレヒト工場の担当者に送られたものだ。
日本に向けては「従業員血液検査プログラムの提案」。オランダに向けては「血液検査結果分析」で、表紙に「極秘」と書かれている。
いずれも、労働者の血液中に含まれる、有機フッ素化合物(総称PFAS)のひとつPFOA(ペルフルオロオクタン酸)の濃度を調べる検査について書かれている。
フライパンから、傘、カーペット、化粧品やコンタクトレンズにまで使われ、デュポンに莫大な利益をもたらした「魔法の物質」テフロン。その製造過程でPFASの一種、PFOA(ペルフルオロオクタン酸)が使われてきた。
日本への文書は、1981年9月15日付で、清水工場の「TAKADA」氏に宛てて送られた3枚つづりのものだ。
<(米ウェストバージニア州にある)ワシントン工場では25年以上、C-8(PFOAの通称)を使ってきた。(略)限られたデータではあるが、C-8は人体に残留することが示されており、私たちは一部の従業員を定期的に検査するプログラムを確立した>
会社側は、「人体への残留」をこの時点で把握していたのだ。そのうえで、清水工場のテフロン製造部門で働く約12人分の血液サンプルを求めていた。
別のメーカーがPFOAに似た物質の製造中止を公表し、PFASの危険性が公にされるのは2000年。その20年も前ということになる。
文書には、
<デュポンの実験室で分析した血液検査結果は、「極秘医療情報」として(検査を受けた)従業員に渡せるよう、送り返す>
と記されているが、今回入手した中にはこの結果を示すものは含まれていなかった。
前回報じたとおり、清水工場では2000年、2008年、2009年、2010年の4回にわたり、26人に対して計51回の血液検査が密かに行われてきた。その後、PFOAの使用は2013年までに中止されたため、現在は使われていない。
同時に調査のオランダ工場では超高濃度が…「日本でも同じくらい曝露か」
<PERSONAL AND CONFIDENTIAL>
そう書かれた1981年9月16日付文書は、オランダのドルトレヒト工場での検査結果を伝えるものだ。
次ページの表には「μg F/g」という見慣れない単位が使われている。
数値は小さく見えるが、PFOAの血中濃度に換算しなおすと、テフロン製造部門で働く21人は血漿1ミリリットルあたり855〜2万9000ナノグラム、平均は7988ナノグラムだった。
同じ工場の2005年のデータと比べてみると、1981年の数値は約3.6倍高い。当時はまだ危険性への認識が低く、曝露(ばくろ)対策が十分に取られていなかったためと思われる。
現在、アメリカの学術機関「全米アカデミー」が「健康への影響が懸念される」としているのは20ナノグラム(血漿1ミリリット中)。短期間に高濃度で曝露する工場労働者を一般の人と単純には比べられないが、数値だけみると平均値でも全米アカデミーの指標の約400倍にあたる。
デュポンによる一連の血液検査結果について、環境省の「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」委員でもある原田浩二・京大准教授はこう話す。
「アメリカやオランダの工場労働者から検出されたという2万9千ナノグラムというのは驚くような数値だ。20年あまり、さまざまな地域で血液を測定してきたが、国内では見たことがない。そして、この清水工場でも30年以上にわたって同じくらいの曝露が続いていたと考えられる。デュポン内部の研究でリスクが示されている以上、安全配慮義務を負う雇用者は、健康への影響がなかったのかをさかのぼって確かめる責任があるだろう」
「職業曝露」は国の議題にさえのぼっていなかった
血液検査については、環境省が国内の平均的な曝露量を知るための全国調査は拡大し、汚染地域では行わない方針を打ち出したが、専門家会議のなかで職業曝露(労働者の血液検査)が議題にのぼることはなかったという。
PFOAが国内で規制対象になったのは2021年。清水工場で最後の血液検査が行われてから11年後、製造・使用が中止されて7年あまりたってからのことだ。
PFOAによる健康への影響については、米ワシントン工場周辺の7万人を対象とした疫学調査では、腎臓がん、精巣がん、潰瘍性大腸炎、甲状腺疾患、高コレステロール(脂質異常症)、妊娠高血圧症などとの関連が指摘されている。
また、動物実験の結果をもとにしたと思われる厚生労働省の「安全データシート」(2015)でも、PFOAの「危険有害性」として次のような項目が挙げられている。
・発がんのおそれの疑い
・生殖能又は胎児への悪影響のおそれ
・授乳中の子に害を及ぼすおそれ
・長期にわたる、又は反復ばく露による中枢神経系、肝臓の障害
・長期にわたる、又は反復ばく露による骨髄の障害のおそれ
「三井・デュポンフロロケミカル」(当時)から名称変更し、清水工場を操業する「三井・ケマーズフロロプロダクツ」は、「PFOA の取り扱いに関わった従業員から健康影響は報告されておりません」としている。
デュポン内部文書によって明らかになった清水工場労働者の高濃度のPFOA曝露について、厚労省はどうみているのか。
化学物質対策課の担当者は、
「個別の事案についてはお答えできません」
と話した。
静岡市が工場周辺の水路を調査へ
ところで、前回の報道のあと、地元の中日新聞も清水工場の労働者の血液から超高濃度のPFASが検出されたことを報じた。
報道を受け、静岡市は工場周辺の水路で水質調査を行うことを決めた。11月には検査結果が出るという。
地下水汚染については前回、米ジャーナリストのシャロン・ラーナー氏から提供された、清水工場での水質調査結果を報じている。それによると、2002年、「FC-143」というPFOA化合物が敷地内の井戸9カ所から最大で154万ナノグラム、現在の国の指針値の3万倍を超える濃度で検出されていた。
確かに住民の健康を守る立場としては、周辺の水の汚染は気になるだろう。だた、飲用には使われていないため、住民が体内に取り込んできたわけではない。いま求められるのは、清水工場の作業によってPFOAを高濃度で体内に取り込んだ労働者たちの健康について調べることではないか。
労働安全衛生法108条では「厚労大臣は(略)労働者の従事する作業と労働者の疾病との相関関係をは握するため必要があると認めるときは、疫学的調査その他の調査を行うことができる」と定めている。
再び厚労省の担当者にたずねると、こんな答えが返ってきた。
「これまでに該当する事例は一つもなく、疫学調査などが行われたことはありません」
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄の密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。