
「過去にこんな論文の入れ替えはなかった」「リスク評価に偏りがある」専門家たちが問題を次々と指摘/PFAS論文差し替え疑惑・番外編
食品安全委員会のPFASワーキンググループが、PFASを体内に取り込んでも健康への影響がないとされる「耐容一日摂取量」を決める過程で、検討対象とした257本の論文のうち、7割以上を水面下で差し替えていました。いったいなぜ?
スローニュースで現在連載している調査報道シリーズ「PFAS論文差し替え疑惑」。検証・取材は、フリーランスの諸永裕司さんが、NPO法人・高木仁三郎市民科学基金の「PFASプロジェクト」と共同で行っています。
その「PFASプロジェクト」が今回の検証結果について、3月3日、衆議院第二議員会館で記者会見を開いて詳しく説明しました。
「根拠を示さずに最重要文献を差し替えるのは許されない」
会見ではまず、PFASプロジェクトの高橋雅恵・事務局長が、食品安全委員会のPFAS「報告書」を検証したレポートの内容を紹介しました。

はじめに、食品安全委員会によるリスク評価の流れを説明した上で、事前に選ばれた参照文献の論文が、密かに差し替えられていった過程を明らかにしました。(スローニュースでの連載第1回も参照を)

さらに評価書の記述について、個別の問題点を説明。最重要論文が外されて後から加えられた低い評価の論文が重視されたケースや、実際の論文の内容とは違う記述が行われているケースなどを紹介していきました。このうち、腎臓がんについては、スローニュースの連載第3回でも明らかにした内容です。

詳しい内容は今後のスローニュースの連載で発信していきますのでそちらをぜひお読みいただくとして、高橋事務局長は最後に、「根拠を示さずに最重要文献を差し替えるのは許されることではありません。食品安全委員会は説明すべきです」と結論づけていました。
このあと質疑が行われ、アドバイザーとなった専門家たちが、何が問題なのかをわかりやすく、詳しく語っているのでそちらを紹介します。
「過去に委員を務めたが、知る限りこんな論文の入れ替えはなかった」
アドバイザーの1人、東京大学の遠山千春・名誉教授は、かつて自身も食品安全委員会で専門委員として別のリスク評価書の作成に関わった経験があります。
「差し替えが事実だとすると大変なことで、科学的な妥当性が吹き飛んでしまうような話になる。最重要論文だとされたものがかなり除外され、重要じゃないものをゴミ箱から取り出している。リスク評価の基本的な方向性、やり方を守って最新の科学的情報に基づいて客観性、透明性をもってやることが大事です」

食品安全委員会の他のワーキンググループでもこうした論文の入れ替えということがあるのかと尋ねられたことに対しては、「知る限り起きていない」と答えました。
「2003年から2013年に、専門委員としてカドミウム、水銀、放射線、ヒ素といったリスク評価書の作成に関わりました。知る限り、こうしたことは起きていなかった。今回の事例はPFASプロジェクトが気づいて調べたから判明したもので、普通はリスク評価ではこういうことはしないだろうと性善説で信じています」
その上で、「ワーキンググループの委員にも見識はあり、個々の論文の評価には議論もあるでしょう。ただ、差し替えをしたことの透明性がないのであれば、信頼性がなくなってしまう。食品安全委員会が説明をする必要がある」と指摘しました。
「リスク評価の上で偏りが見られる。再検証すべき」
各地でのPFASの血中濃度の調査でも知られる原田浩二・京都大学大学院准教授もアドバイザーの1人です。
「根拠がそれなりにある論を否定する時に、質の低い論文を根拠にして否定するのは論理的におかしい。それが散見されます。新しい知見も出てきているのに、参考にされないままのリスク評価になっています」

「研究している側からすると、利益相反がある、訴訟などを受けている企業が絡んだ文献を読むときに、どう注意すべきかが大切。不利な論文はあまり書かれないわけで、より注意して読み込み、使うかどうかを判断しなければなりません。今回のケースでは、腎臓がんについての3M社の関係した論文は、評価機構から『C』『Law』という評価を受けているもの。それを根拠にすることに疑問を持ちます。脂質代謝のケースでも同様で、リスク評価上で何らかの偏りがあるように見られるので、再検証すべきです」
論文を除外した経緯についても疑問を指摘しています。
「最終的な評価で問題があるからその論文は使わないということもあります。でもそれは最後の段階。途中で外すということはしません。追加されることはあるでしょうが。普通は最後までいって判断するのがリスク評価です」
「そのプロセスが明解でないといけません。どういう判断基準でやっているかを他の人が見ても理解できることが重要です」
「非公式の会合では透明性がない」
同じくアドバイザーで、環境脳神経科学情報センターの木村-黒田純子・副代表も、「非公式の会合で論文の差し替えをやっていて、透明性がありません。説明なしの入れ替えはダメです」と指摘しています。

その上で、公開で議論が進められることになったPFASのリスク評価には期待していたのに、と落胆の気持ちを述べていました。
「これまで、農薬の関係で食品安全委員会を調べてきました。いま農薬の再評価が始まっていますが、農薬企業が毒性試験を集め、それに加え最新の科学情報として公表文献を集めることになりますが、集めるのが農薬企業でこれは利益相反です。出ているはずの文献がなく、評価も間違っている。議事録も公開が遅いし、つぶされている部分が多い。PFASのリスク評価には期待していたのに」
「オープンなリスク評価に期待していたのに」
PFASプロジェクトのメンバーで、弁護士の中下裕子さんも、やはりPFASのリスク評価には当初は期待していたと語ります。
「25年ぐらい有害化学物質汚染の問題に取り組んできました。だから過程がこんなにオープンになるPFASのリスク評価に、最初はすごく期待していました。今までなかったので。YouTubeで全部見て、議事録も全て読みました。でも論文の差し替えには全く気付きませんでした。これまで見てきた中で、論文の入れ替えが判明したのは初めてです」

「論文の除外の必要はないので、除外はおかしい。追加はいいのですが、数字合わせとしか読めない。除外した前と後で数字が近いところを見ると、中途半端な公開の裏で、自分たちに都合がいい形での論文選定が行われているのではないかと疑ってしまいます」
「隠されたプロセスを全部オープンにして説明してもらいたい」
食品安全委員会は説明を
共通して語っていたのは、なぜあえてこんなにも大量の参考文献を外していたのかということです。しかもその経緯を非公開にしていました。
遠山名誉教授は、「差し替えとなると科学的な議論、検討の意義が半減してしまいます。リスク評価の常道から外れている。追加はあるでしょうが、参照文献をあえてこんなにたくさん外す理由はありません。最初に読む価値があると決めているわけですから読んだはずです。入れておくのが普通」と語っていました。
質疑では、食品安全委員会の事務局への疑念の声も出ていました。「メディアには食品安全委員会を追及し、説明を求めてもらいたい」との声も。スローニュースでは、今後もこの問題を深掘りしていきたいと思います。