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【スクープ続報】「腎臓がん」への影響、追加した低評価の論文1本で認定せず。「理想的な研究」とされた論文を差し置いて/PFAS論文差し替え疑惑③

私たちが毎日飲む水の基準の根拠を決める過程で、評価のもととなる190もの論文が非公開の会合で差し替えられていました。

連載3回目の今回から、どんな論文が外されたのかを詳しく検証しています。

まず注目したのは「腎臓がん」。食品安全委員会が、発がん性を指摘した論文なのに「関連なし」として引用したことや、事前に「AA」評価がつけられた論文を検討の過程で密かに外していたことなどが判明しました。

こうしたことの結果、PFASのリスクが過小評価されるということはなかったのでしょうか。

※今回の検証・取材は、フリーランスの諸永裕司さんが、NPO法人・高木仁三郎市民科学基金の「PFASプロジェクト」と共同で行っています。詳しい内容について、3月3日(月)正午から、衆議院第二議員会館(地下1階 第1会議室)にて「PFASプロジェクト」が記者会見を開いて説明します。
(連絡先:pfasinfo@takagifund.sakura.ne.jp)


「関連あり」とした論文なのに「関連なし」と評価書で記述

飲み水の水質基準を「PFOSとPFOAの合計で50ナノグラム」とすることについて、環境省は2月26日、パブリックコメントの募集をはじめた(3月27日まで)。

この値は、食品安全委員会が昨年6月、食べものや飲みものから体内に取り込んでも健康への影響がないとして定めた「耐容一日摂取量」をもとに決まった。

リスク評価を担ったのは、食品安全委員会がもうけたPFASワーキンググループ(以下、PFAS部会。詳細は記事の末尾)。検討の経緯と結果が「食品健康影響評価書(以下、評価書)」にまとめられている。

そのなかで検討された8項目の健康影響のひとつ、「発がん性」の分野では、腎臓がんについての論文(1*)が取り上げられている。

米ウェストバージニア州にある米大手化学メーカー・デュポンの工場労働者と周辺住民など約7万人を対象にした疫学調査(C-8プロジェクト)に関するものだ。PFASによる健康被害を初めて明らかにし、社会問題へと広がる発火点となった調査であり、原因企業を追及する弁護士を主人公とした映画「ダーク・ウォーターズ」でも描かれている。

評価書は、この調査をまとめた論文を文献情報として紹介する際、次のように記している。

その他の部位のがん(膀胱、脳、胸部、子宮頸部、結腸直腸、食道、腎臓、白血病、肝臓、肺、リンパ腫、黒色腫、口腔、卵巣、膵臓、前立腺、軟部組織、胃、甲状腺、子宮体部)については関連がなかった(p.123)

論文の内容と逆の記述をしているのだ。原文には、

血清PFOA濃度は、腎臓がんおよび精巣がんと正の相関関係にあった。PFOA曝露はこの集団(C-8プロジェクト)の腎臓がんと精巣がんと関連していた

と書かれ、腎臓がんと「関連がなかった」とする評価書の記述は事実に反する。

「理想的な研究」とされた論文を含め、腎臓がんと「関連あり」は5本

評価書は、ヒトを対象とした疫学研究で腎臓がんと「関連あり」とした5本の論文を示している。このうち4本は、アメリカのEPA(米環境保護庁)による評価でいずれも「信頼性は中程度」(4段階の上から2番目)とされたものだ。

EPAによる信頼性評価とは「対象者選定(Participant selection)」「曝露評価(Exposure measurement)」「結果(Outcome)」「交絡(Confounding)」「分析(Analysis)」「選択(Selective)」「研究精度(Study sensitivity)」の7項目を検討し、総合評価を以下の4段階で示している。

「良い」(信頼性が高い)
「十分」(信頼性は中程度)
「不十分」(信頼性が低い)
「重大な欠陥」(情報不足)

4本の中には、米国立がん研究所の論文(*2)がある。

(この研究結果は)PFOAは腎臓発がん物質であり(略)多くの人々に公衆衛生上の重要な影響を及ぼす可能性がある、という証拠の重みを大幅に増す

EPAによるがんのリスク評価で採用され、WHO傘下のIARC(国際がん研究機関)が「PFOAはヒトに対して発がん性がある可能性がある」と認定した際にも参照されたものだ。

PFASワーキンググループ(以下、PFAS部会)の委員として「発がん性」の評価を担当した祖父江友孝氏(大阪大学大学院教授=当時)もこう評していた。

「非常に理想的な、これ以上の研究はなかなかできないくらいのものだと思います。その中で(腎臓がんとの)関連が認められているということです」(第2回部会)

発がん性との関連を否定する論文は「C」評価の1本だけ、しかも後から密かに追加

一方、「関連なし」とする論文は、EPA評価で「不十分」(4段階中下から2番目)とされた1本(*3)しかない。

この論文について評価書は、このように紹介している。

著者らは、本研究においてはがん罹患患者及び死亡例数が少ないため、他の知見との比較が困難であったとしている(p.122)

症例は罹患16例、死亡6例だけだった。腎臓がんとの関連を唯一、否定する論文となっているが、CERIの事前選定でも、リスク評価には不要とする「C」評価だった。

それにもかかわらず、PFAS部会で「発がん性」が議題にのぼった第4回以降に、密かに追加されていたのだ。

逆に言えば、この論文を復活させなければ「関連なし」とする論文はなかったことになる。

さらに、この論文の書かれた経緯もいわくつきだ。PFASを製造・使用していた米大手化学メーカー3Mが地元ミネソタ大学の研究者に資金提供し、3Mの科学者2人とともに3M工場の労働者について調べたものだ。

3Mは、主力製品であるPFOSとPFOAの有害性と蓄積性を認め、2000年に製造からの撤退を表明した後、汚染の責任を問われてきた。

2010年に本社があるミネソタ州の司法長官から提訴され、2018年に850万ドル(約9億5千万ドル)の支払いで和解するなどしているが、この論文は係争中の2014年に発表されている。

3M社(米ミネソタ州)

評価書はこうした背景には一切触れず、「理想的」とも称された研究を含む「関連あり」の論文5本と並べて、こう結論づけた。

結果に一貫性がみられないことから、現時点では(腎臓がんとの)関連の有無を判断するための証拠は限定的である(p.132, 134)

評価書はさらに、「関連あり」とする一部の論文(*4)(*5)には問題がある、とも指摘する。調査対象者の血中濃度が実際に測ったものではなく、居住地域から推定していることなどを挙げて「不確実性」がある、と信頼性に疑問符をつけたのだ。

しかし、「関連なし」とする論文(*3)も、血中濃度は実測値ではなく、工場の空間濃度をもとにした推定値を使っており、EPAから「曝露評価方法と研究の質に懸念がある」と指摘されている。

原田浩二・京都大学大学院准教授は「評価の基準を使い分けて、関連なしとする論文を有利になるよう判定している」と話し、公平性に疑問を投げかける。

原田浩二准教授(撮影:諸永裕司)

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