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【スクープ】飲み水の基準の根拠を決める会合で評価のための論文が密かに外されていた!/シリーズ・PFAS論文差し替え疑惑①

私たちが毎日飲む水。しかしその水が「安全」だといえる基準の根拠を決める過程で、検討対象としていた論文が秘密裏に差し替えられていたとしたら、あなたはどう思うでしょうか。その水を安心して飲めるでしょうか。

国の食品安全委員会のもとで公開で行われた専門家の会議。ところが、基準を決めるための参考としていた論文の大半、190もの論文が密かに差し替えられていたのです。差し替えられた中には、海外では飲み水の基準を決めるにあたって採用されたり、発がん性に警鐘を鳴らしたりする重要な論文もありました。

諸永裕司さんによる調査報道スクープ「PFAS論文差し替え疑惑」を今日から集中連載します。


「評価の正当性が損なわれた」という指摘も

問題が発覚したのは、食品安全委員会のPFASワーキンググループ(以下、PFAS部会)が、飲み水の基準の根拠となるリスク評価を決める手続きだ。

検討対象とした論文の約7割を密かに差し替えて評価した結果をもとに、飲み水の基準は「PFOSとPFOAの合計で50ナノグラム」(1リットルあたり)のまま据え置かれる方針が決まった。

複数の専門家は「リスク評価の前提が秘密裏に変えられたとすれば、評価の正当性が損なわれた」と指摘している。

今回の検証・取材はNPO法人・高木仁三郎市民科学基金の「PFASプロジェクト」と共同で行った。

※この問題の詳しい内容について、3月3日(月)正午から、衆議院第二議員会館(地下1階 第1会議室)にて高木仁三郎市民科学基金「PFASプロジェクト」(連絡先:pfasinfo@takagifund.sakura.ne.jp)が記者会見を開きます。

PFASワーキンググループの第7回会議(2024年1月26日撮影:諸永裕司)

飲み水の基準はこうして決められた

まずは、PFAS規制をめぐる経緯から説明しよう。

PFAS部会(座長=姫野誠一郎・昭和大学客員教授)は2023年2月、食べものや飲みものから体内に取り込んでも健康に影響のない「耐容一日摂取量」の設定に向けて検討を始めた。

前年に、アメリカのEPA(米環境保護庁)が飲み水の勧告値を大幅に引き下げて規制を強める方向を打ち出したことを受け、国はそれまで準拠していたEPAに代わり、食品安全委員会が新たに設ける「耐容一日摂取量」にもとづいて決める方針へと転換したためだ。

PFAS部会は、これまで積み重ねられてきたヒトを対象とする疫学研究は「結果に一貫性がない」「証拠が不十分」などとして退け、2005年と2006年の動物実験の結果を採用することにした。

最終的に打ち出された「耐容一日摂取量」は、PFOS、PFOAのいずれも「体重1キロあたり20ナノグラム/日」。EPAと比べると200〜666倍、EFSA(欧州食品安全機関)の60倍以上大きい値だった。

環境省は昨年12月、この「耐容一日摂取量」をもとに飲み水の摂取量を計算し、「PFOSとPFOAの合計で50ナノグラム」(1リットルあたり)を飲み水の基準値とする方針を示した。数値はこれまでの目標値と変わらないものの、2026年4月から遵守義務のある水質基準に位置づけるとして、2月26日から、環境省によるパブリッコメントの募集(30日間)が始まった。

だが、新たな水質基準の根拠を決める過程で、検討対象となった参照論文が大量に差し替えられたことにより、PFASのリスクが過小または誤って評価された疑いがある。

数字だけを見ると論文は少し増えただけのように見えるが…

食品安全委員会は2022年秋、リスク評価に必要となる論文の選定を一般財団法人・化学物質評価研究機構(CERI)に委託した。

CERIは専門家16人からなる論文選定検討会を設け、PFASに関連する国内外の論文2969本を検討し、候補となる論文をしぼりこんだ。そのうえで以下のように分類した。

A:最重要文献  
B:関連がある文献
C:関連性が低い文献
D:判断できない文献

Aの最重要文献は「日本におけるPFOS、PFOA、PFHxSのリスク評価の根幹として最重要と考えられる文献」とされた。

そのうえで、委員2人がいずれも「A」評価をつけた「AA」文献や、1人で評価した場合の「A」文献など、257本を選んだ。

次に、食品安全委員会は専門家からなるPFAS部会を立ち上げ、第2回会合でCERIの選んだ257本を含む267本を参照論文として示した。

その後、第3回から第5回にかけて「発がん性」「脂質代謝」「生殖・発生」「免疫」など8つの指標(エンドポイント)ごとに、計23人の委員が議論を重ねた。このうち11人はCERIでの論文選定検討会でも委員をつとめていた。

PFAS部会での焦点は2つだった。

健康への影響が認められる指標はなにか。
そこから健康への影響を受けないとする値を算出できるか。

議論の途中、「委員から推薦された論文が加えられた」として、最終的にまとめられた「食品健康影響評価書(以下、評価書)」には、268本が参照論文として掲載されている。

公表された論文数の推移をたどると、以下のようになる。

2023.03 CERI 論文事前選定 257本
       ↓
2023.05 PFAS WG 第2回  267本
       ↓             
2024.06 「評価書」 268本

論文は11本増えたように見えるが、そうではない。

最終的に評価書に掲載された268本を個別にみると、CERIが事前に選んだ257本から190本が除外され、代わりに201本が追加されていたことがわかった。じつに全体の7割以上の論文が除外され、差し替えられていたのだ。

論文差し替えの推移

その過程では、当初、選定外だった論文を追加したり、追加した後で再び除外したりするなど複雑な手順を重ねていた。

密かに除外された論文の内容は

除外された190本には、CERIによる事前の論文選定で「最重要文献」とされた122本が含まれていた。内訳は「AA」46本、「A」76本。

とくに、PFASによる影響が懸念される「生殖・発生」「脂質代謝」「免疫」といった分野で目立つ。

「発がん性」の分野では、米国立がん研究所と米ウェストバージニア州の疫学調査を分析した、腎臓がんについての論文 (*1)が外されていた。

論文の原文は冒頭で「PFOAと腎臓がんとの関連はわかっている」と記し、発がんのリスクを低く抑えるには、

EPA(米環境保護庁)が示した飲料水規制と同等の値を推奨する

と結論づけている。

EPAは現在、水道事業者が検出できる下限からPFOSとPFOAの規制値をそれぞれ「4ナノグラム」としているが、論文が発表された3年前は、健康への影響を避けるには事実上、ゼロにすべき、としていた。

このEPAの評価と重なる論文が、PFAS部会で秘密裏に外されていたのだ。

もう1本、アメリカ国民健康栄養調査(NHANES)による2003年から2018年までのデータを3つの統計モデルで解析し、「PFAS濃度の上昇が腎臓障害を引き起こす」と結論づけた論文(*2)も外されていた。

その結果、評価書は腎臓がんとの関連について、

結果に一貫性がみられないことから、現時点では関連の有無を判断するための証拠は限定的である

と結論づけたのだった。

また、PFASの曝露が「流産」や「妊娠高血圧症」と関連する可能性を示唆する論文(*3)や、「乳がん」について8つの文献を解析した論文 (*4)も外されている。乳がんは、発がん性への影響を評価する委員が「今後(略)ターゲットの1つになるのではないか」(第2回PFAS部会)と指摘していたにもかかわらず、だ。

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