災害前線報道ハンドブック【はじめに】大災害発生!その時、あなたは何を取材しますか
スローニュース 熊田安伸
災害前線報道の「ハンドブック」始めます
大地震、台風、豪雨、豪雪、そして火山噴火。この日本という国では決して避けられないものです。だからこそ、多くの人の命と財産を守るために必要な情報を提供するのは、本来その役割を担う行政だけでなく、メディアにとっても重要なことです。
とはいえ、大災害に遭遇する確率が、記者人生で何回あるでしょうか。いきなり襲ってきても、何をどう取材したらいいのか、記者たちにどう指示を出したらいいのか、わからないという人も多いのではないでしょうか。
そして実は、災害報道と調査報道は実に親和性が高い。逆に言えば、調査報道のテクニックを取り入れないと、災害の「本当の顔」は見えてこないとさえ思っています。
そこで今回、いざ大災害が発生した瞬間から、その後の避難生活や復興の局面に至るまで、取材に使える手法を改めてまとめ、共有しておきたいと考えました。
実は私、発災初動の場数だけなら、国内の記者では指折りかもしれません。というのも、前職のNHKではキャリアのほとんどが社会部の遊軍記者(NHKでは国税担当も国会担当も遊軍扱いでした)だったので、大きな災害があるとまず最初に「現場に応援に行ってくれ」と指名されていたのです。その結果、1991年の雲仙普賢岳の火砕流災害以降のほとんど災害で、「前線」に赴いています。
「災害と調査報道の親和性は高い」に気づくまで
思い返せば2004年の8月、デスクになって初めて赴任したのは新潟放送局でした。着任したとたんに、副部長(=筆頭デスク)から命じられたのは、7月に起きた新潟・福島豪雨の30分特番をたったの1週間で作れということ。
「はあ!?そんな短期間じゃ無理!そもそも専門じゃないし」
と叫びそうになりましたが、ぐっと飲み込み……。
「社会部から来たんだから、それくらいできるだろ」
ぐぬぬぬ、そう言われると記者たちの手前もあるし、できなきゃ面子が立たない。
まあ結局は、優秀な記者がついたおかげで何とか乗り切りましたが、もう災害報道はコリゴリだと思っていました。早く事件やりたい……。
しかしそれは叶わぬ願いでした。
2か月後に新潟県中越地震が発生。担当デスクとなりました。覚悟を決めてその時に持っていた事件ネタを全て捨て、向き合うことにしたのです……と書くと聞こえはいいですが、実はNHKの歴史に残るような大失敗をやらかしています。(ただ、それが大きな学びにつながったので、連載の中で紹介します)
それでも、発災から復興に至るまでの3年間の過程を学べたのは大きく、災害というのは発災した時点で終わりではなく、その後も人の命を奪うということや、復興事業が行政側の都合で恣意的に行われてしまうこと、そして巨額の復興予算は不正を招いてしまうことを知ることができました。
そして3年が経過した2007年、内示を受け、社会部への異動を目前にしていた時に、今度は海側が震源の新潟県中越沖地震が発生。世界最大出力の柏崎刈羽原発から黒煙が上がっているのを見て、真っ青になりました。
実はその時、参議院選挙が間近に迫っていたのですが、情勢取材をする記者をごくわずかに絞り、大半の記者を震災取材に投入しました。後にそのことが東京の選挙担当デスクにバレて、「最終盤で当落予想を二転三転させた理由はそれか」とこっぴどく怒られましたが、間違っていなかったと思っています。当確を打つのが多少遅れても、災害報道は目の前の人の命がかかってますからね。
そんな経験があったために、東日本大震災でも応援デスクの一人として指名され、発災翌日に仙台放送局に入りました。行ったり来たりで3か月たったころ、突然、社会部長から電話があり、「熊ちゃん、そのまま赴任してね」の一言で、仙台局に異動。震災報道を指揮する「震災キャップ」として2年間を過ごすことになりました。
のべ100人は超えるであろう応援記者たちとのリポートや番組作りの中で、つくづく「災害と調査報道は親和性が高い」ことを思い知ることになりました。取材・制作したNHKスペシャル「追跡 復興予算19兆円」は時の政権を動揺させるほどの大きな反響を呼んだので、ご覧になった方もいるかもしれません。
ただ、実をいうと7年前の新潟局時代にも同コンセプトの番組を作っていたのですが、その時にはほとんど反響がありませんでした。でも、そうした蓄積のおかげで、「重要なことだからといって単に取材して報じるだけではダメだ。伝わりにくく、忘れられやすい災害に関する報道は、どうやったら届くのか」ということについて考えることができました。それについては最後の章で詳しくご紹介します。
そして、何よりも被災された方と向き合うことは、記者にとっては非常に厳しいものです。誰もが悩むそのことについても、触れたいと考えています。
災害の「5つのフェイズ」ごとに手法をまとめます
私は今でも「災害の専門記者」なんて名乗ることは到底、できません。災害のメカニズムなどを日々取材している素晴らしい記者たちは別にいます。一方で、こうした数々の前線での取材指揮の経験から、一つとして同じことがない災害の様々な状況の中で、何を取材すべきか、被災者にとっては何が重要なのかなどを、失敗を繰り返しながら学んできました。
災害には「発災フェイズ」「避難フェイズ」「検証フェイズ」「復興フェイズ」「伝承フェイズ」という5つの局面があり、それぞれで集めるべき情報、伝えるべきことが違ってきます。そしてそこで使われるテクニックは、とりもなおさず調査報道の手法です。私はそれを、NHKや日本記者クラブの記者研修会で何度も講義してきました。今回の連載はそれを改めてテキスト化するもので、何かのお役に立てばと思います。
さて、大災害はある日、突然にやってきます。私を含め、それを体験したほとんどのデスクは、最初に何を指示したらいいか(もちろん、身を守るのが最優先ではありますが!)わからず、頭が真っ白になったといいます。
本連載では、主に「記者が数人しかいない地方支局」を舞台として想定し、災害と向き合う報道の手法や在り方を解説していきます。まずは発災直後に何をすべきか、そこからご説明したいと思います。