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【諸永裕司のPFASウオッチ】「言い訳」「矛盾」議事録から浮かび上がる専門家会議の混乱ぶり

「永遠の化学物質」として問題になっているPFAS(有機フッ素化合物)の最新情報を伝えているジャーナリスト、諸永裕司さんの「PFASウオッチ」。食品安全委員会のもとに設けられた専門家会議「PFASワーキンググループ」がなぜ欧米よりも大幅に高い「許容摂取量(耐容一日摂取量)」を設定したのか。前回に続いて今回もその背景についてお伝えします。

ヒトが水を含めた食品からどれくらいまで摂取しても健康への影響はないか。

PFASの「許容摂取量(1日耐容摂取量)」を盛り込んだ評価書案をめぐる議論は、予定を大幅に超えて3時間半に及んだ。

2024年1月26日、食品安全委員会のPFASワーキンググループ第7回会議。

「日本語の解釈的な問題なのかもしれませんが(略)多少、違和感があって」と切り出したのは、毒性研究の第一人者である広瀬明彦・専門委員だった。文中の「(注:健康影響を評価する)モデルが確立した状況にない」という表現について、評価モデルは国際機関ごとには確立されているとして、こう話した。

「妥当なモデルがまだ国際的に確立されていないといった意味ではないかと思いました」

口調はやわらかいが、事実上の事実誤認、あるいはあきらかなミスリードを指摘した。257の論文について検討した公表する目前に、前提となる認識が誤って記されていたのだ。

PFASワーキンググループ第7回会議(撮影:諸永裕司)

また、研究結果を評価する方法が統一されていないことも浮かび上がった。

<強い証拠が得られているとは言い難い>
<関連ありとする研究はなかった>
<関連の有無を判断する証拠は限定的である>

こうした表現がどれくらいの確からしさを示すものなのかがわかりづらい。「証拠は十分」「証拠は限定的」「証拠は不十分」と分けられるのではないか、との指摘が出た。一方で、文中で使われている「不十分」には、「情報の量が不十分」なものと、「情報はある程度あるが、証拠の強さが不十分」という2種類が含まれているため意図がわかりづらい、との懸念も示された。

論文の読み解きこそがワーキンググループの目的にもかかわらず、論文を価値づける分類手法が整理されていなかったことが露呈した。

「まとめ」に記された長い「言い訳」

さらに、研究成果の評価そのものでも齟齬が見えた。

広瀬委員が、動物実験でPFASを大量に投与すると胎児が死亡するような事例があることに触れて、こう発言した。
「ヒトで起きるようなわずかに体重が下がってくるのとはメカニズムが違う」

すると、中山祥嗣・座長代理(国立環境研究所 環境リスク・健康領域 エコチル調査コアセンター次長)が反論する。
「必ずしも『わずか』ではない。50-150gあたりの低下なんですけれども(略)出生体重が低下しているということは事実ですので(略)主観的な表現は入れないほうがいいのかなと思いました」

座長の姫野誠一郎・昭和大学客員教授は、
「たしかに、『わずかな』というのはサイエンティフィックには曖昧な表現だと思います」
と引き取った。

許容摂取量を決めるにあたり最も重視したはずの「出生体重の減少」をめぐっても評価が揺れていたことがうかがえる。率直な意見交換が行われることは歓迎すべきだが、評価書案が承認される直前まで、こうしたやりとりが重ねられていたのだ。

第7回会議の議事録

その混乱ぶりは「まとめ」の文章をめぐる議論に端的に現れていた。

終盤にさしかかったところで、広瀬委員はこう語った。
「『まとめと今後の課題』というところがわりと繰り返し出てくる部分がけっこう多くて、こんなにボリュームがいるのかなという感じは率直な感想として思っているところです」

その理由について、こう続けた。
「言い訳とは言わないですけれども、これだけのことを書かなければならないというのは、動物の実験をとらざるを得なかったということころが少しあるから、こういうふうになっているかなと思うところではあります」

前回、前々回の「PFASウオッチ」で触れたように、許容摂取量を求めるにあたり、最新の疫学研究は一貫した知見がないとして退け、8年前までに行われた動物実験の結果にもとづいて決めた。そのために「言い訳」が必要になったと、みずから明かした。

PFASについては、動物での実験とヒトでの研究で結果が異なることが報告されている。

たとえば、コレステロールは実験動物ではPFASによって下がるが、ヒトでは上がる。また、ヒトでは腎臓がんが報告されているが、実験動物では腎臓のがん報告されていない。つまり、データが違うだけでなく、逆の結果が出ている。

「(動物とヒトでは)非常に大きな違いが(略)あるので、『外挿』という単語が危険な感じがしないでもないのです」

姫野座長は、動物実験での結果をヒトに「当てはめて推測する」ことを指す「外挿」という言葉に触れ、言葉の使い方にとどまらない、評価が孕む危うさを示唆した。

(イメージ)

血中濃度のデータがあれば議論できたとしながら、検査は「慎重に」の矛盾

気がかりな点はまだある。

この許容摂取量は一般の人々に向けたもので、国内各地で見つかった高濃度汚染地域(ホットスポット)の人々に適用できるものではない。

その理由について、姫野座長は会見でこう話した。

「ホットスポットで血中レベルがこうで、健康影響がこうでっていうデータが日本ですでに報告されていたら、そういう議論ができたかと思います」

データがないのはなぜか。

全国各地で地下水や飲み水の汚染が見つかっても、汚染地域の人々がどれくらい体内に取り込んでいるかを調べる血液検査について、環境省や自治体は後ろ向きだ。

評価書案では「継続的な情報収集及びその充実が必要である」としながら、こう記していた。

<国や自治体等が、血中PFAS濃度測定を実施する場合は、その目的や対象者、実施方法等について慎重に検討する必要がある>

環境省の言い分をなぞり、あえて「慎重に」という文言を挿入して釘を刺しているのだ。まず血中濃度を測らなければ、その後の健康影響を追跡する疫学調査が行われるはずもない。矛盾に満ちた指摘というよりほかない。

実態解明に踏み込まず、ひたすら証拠採用を拒否するかのよう

国は十分な検査を行わず、データを持っていないため、目標値などをみずから打ち出すことができず、海外の研究を参考にするほかない。ところが、評価にあたっては、あれが足りない、これが足りないと指摘し、最新の科学的知見を「一貫性がない」と退ける。

ワーキンググループの委員たちはまるで、みずからは実態解明に踏み込まず、証拠採用を拒み続ける極端な裁判官のようだった。

食品安全委員会は「リスク評価」と「リスク管理」を分離させることで安全が担保される、と説明している。

しかし、PFASのリスク評価を担う食品安全委員会のPFASワーキンググループと、リスク管理でもっとも重要な飲み水の目標値を決める厚労省の水質基準逐次改正検討会(以下、水質検討会)では、4人の委員が兼任している。

その1人で、PFASの政策決定における中心的な存在が広瀬明彦氏だ。

国立医薬品食品衛生研究所の安全性予測評価部長だった4年前は、水質検討会の委員として飲み水の目標値の設定にかかわった。現在は一般財団法人「化学物質評価研究機構」の技術顧問を務めながら、ワーキンググループだけでなく、水質検討会でも引き続き委員を務めている。

広瀬氏に取材を申し込んだが、「食品安全委員会や他の各種委員会等の議論も継続中」という理由で取材に応じてもらうことはできなかった。
(了)

*   *   *

食品安全委員会は3月7日まで、PFASの許容摂取量を盛り込んだ評価書案に対するパブリックコメントを募集しています。


諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com