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【諸永裕司のPFASウオッチ】「分からないけど、なにか数値を」と本音を漏らした座長と、新たな数値への疑念とは

「永遠の化学物質」として問題になっているPFAS(有機フッ素化合物)の最新情報を伝えているジャーナリスト、諸永裕司さんの「PFASウオッチ」。前回の記事では、食品安全委員会のもとに設けられた専門家会議「PFASワーキンググループ」がとりまとめた、PFASによる食品健康影響評価書(案)について伝えました。

そこで初めて示された「許容摂取量(耐容一日摂取量)」は、アメリカ環境保護庁(EPA)が現在提案中の値と比べると、PFOSで200倍、PFOAで666倍も大きく、欧州食品安全機関(EFSA)と比べても60倍以上になるものでした。今回はその背景についてお伝えします。

「分からないけど出さなきゃいけないという使命感」

PFASワーキンググループは1月31日、「許容摂取量(1日耐容摂取量)」をはじめて示した。

発表後の会見で、座長をつとめた姫野誠一郎・昭和大学客員教授はこう打ち明けた。

「個人的には(略)プランAはですね、『決められないんじゃないか』っていうのがずっとあったわけです」

たしかに、その1カ月ほど前に開かれた会議でも同じセリフを口にしていた。

「過剰なPFASの摂取によって何が起こるのかっていうのは本当に知りたい。知りたいんですが、調べれば調べるほどわからなくなってきたっていうのが正直なところで」

しかし、「今の時点で(略)やっぱり出さなきゃいけないだろうというある程度の使命感」から、数値を盛り込んだプランB、プランC、プランD、プランEについても検討したことを打ち明けた。

ただ、どれも決め手を欠いていたため消去法で選んだのだという。

「確実にこれだけの影響があるだろうというものとして採用したのは、古典的ではあるけれども、動物実験の(結果、わかった)『次世代への影響』は確実性の高い使えるエビデンスである、という結論にたどりついた」

PFASワーキンググループの第7回会議(撮影:諸永裕司)

とはいえ、数値は8年前に出されたものだ。「今後、(ヒトを対象とした疫学調査などの)データが増えてきたらまた変わるかもしれない」。そう予防線を張らざるをえなかった。

そこまでして許容摂取量を示さなければならなかったのはなぜか。

姫野座長は、ワーキングループのそもそもの目的は海外の論文で指摘されているリスクについて一つひとつ吟味することだったとしながら、本音を隠さなかった。

「なにか、この委員会として数値を出さないと、次のステップで水質を決める人たちが(略)たぶん困るんではないかと」

つまり、拠り所となる確かなデータは見つけられなかったものの、水質管理のための目標値見直しが迫っているため、なんらかの数値を出さざるをえなかったというのである。

食品安全委員会の入るビル(東京・港区)

背景にあったEPAの規制強化

食品安全委員会のもとにPFASワーキンググループが発足すると決まったのは1年前、2023年1月26日のことだ。

その2日前、厚労省と環境省が合同で水質基準逐次改正検討会(以下、水質検討会)を開いていた。また4日後には、環境省が「PFASに対する総合戦略専門家会議」を設けた。国がこぞってPFAS対策に乗り出すなかで焦点となっていたのは、水質の目標値の見直しだった。

その背景について、順を追って説明していこう。

厚労省が飲み水の目標値を初めて設けたのは2020年だが、そもそも算出の根拠となるデータが日本にはなかった。このため、EPA(米環境保護庁)の定める健康勧告値「PFOS、PFOAの合計70ナノグラム」をもとに、日本人の体重などを換算して「50ナノグラム」を導き出した。

EPAの本部が入る建物

ところが2年後、そのEPAが事実上ゼロといえるきわめて低い値を打ち出した。しかも、勧告値ではなく、強制力をもった規制値にするという。ただ、水道事業者が検出できる下限値を下回っていた。産業界からも反発の声があがった。そこで、実現可能なものとして最終的に以下の案が示された。

 PFOS  4ナノグラム
 PFOA  4ナノグラム

EPAが70ナノグラムを4ナノグラムに引き下げるとなれば、70ナノグラムをもとに50ナノグラムを導き出した厚労省も大幅な引き下げが避けられなくなる。関係者に衝撃が走った。

前回と同じようにEPAの規制値をもとに目標値を見直せば、一桁、それもゼロに近いものにならざるをえない。その場合の影響は計り知れない。

  • より厳しい水質管理が求められ、汚染除去のための活性炭などがさらに必要になる。

  • 国内の浄水場では検出下限値が「5ナノグラム」のため、さらに精度の高い水質管理が求められる。

  • 一部の地域では地下水源からの取水をさらに止めなければならなくなる。

結果として、膨大なコストがかかることは明らかだ。そうした事態を国が避けようと考えたとしても不思議ではない。

目標値を変えないために新たに算出根拠が作られたのではないか?

EPAの新規制値案が発表された3カ月後の2023年6月、水質検討会でPFOS・PFOAの目標値見直しが議題に上がった。

「厚生労働省、環境省といたしましては、毒性評価情報の収集、検出状況の把握を進めるとともに、WHO等の動向及び食品安全委員会における検討も踏まえまして、引き続き(略)PFOS、PFOAの取扱いについて検討してまいります」

食品安全委員会による検討とは、PFASワーキングチームが新たに設けることになる「許容摂取量」を指していた。「許容摂取量」は水や食品などを含めた全体の摂取の基準であり、上記の70ナノグラム、50ナノグラム、4ナノグラム、といった「飲み水の健康勧告値」の算出根拠にもなる。

以前の「PFASウオッチ」で「ゴールポストが動かされた」と書いたように、EPAに代わる新たな根拠が用意されることになったのだ。その理由について公式な説明はない。

こうして発表された許容摂取量は、「体重1キロあたり、水や食品から1日に20ナノグラムまでなら摂取しても健康への影響はない」というものだった。

しかし、この「20ナノグラム」という許容摂取量は、実はEPAが当初設けた「飲み水の健康勧告値」である70ナノグラムの算出根拠の数字とピタリと同じなのだ。ということは、目標値を変えないために、それに合う許容摂取量を決めたのではないか。

そうした疑念について、姫野座長は否定した。

「厚労省が水質基準を決めるのに使っていた数値(注:EPAの70ナノグラムの算出根拠)というのは、正直、欠片も考えずにやってきました」

あくまで結果として同じになった、という。しかし、許容摂取量が決まるまでの議論を聞くと、疑問は膨らむばかりだった。
(次回につづく)

*   *   *

食品安全委員会は3月7日まで、PFASの許容摂取量を盛り込んだ評価書案に対するパブリックコメントを募集しています。
https://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/pc1_pfas_pfas_060207.html


諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com