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能登半島地震で進化したYahoo!「災害マップ」と存在感ないNHK「電子地図」はなぜこんなに差がついたか

スローニュース 熊田安伸

元日に発生した「令和6年能登半島地震」に関するコンテンツ。「サービス・ジャーナリズム」「公共性」「可視化」などの観点から、メディアなどの発信で注目したものを前回取り上げました。

その後、各社に取材したり、メッセージをもらったりしたところ、非常に興味深い現象が起きていることが分かったので、今回、続編として取り上げます。


Yahoo!「災害マップ」は当初こんな使い方を想定していなかった!

地図上に避難所の位置や、給水所の場所などが表示され、被災者にとって最も重要なライフラインの情報が、視覚的に分かりやすく発信されているYahoo!の「みんなで作る防災情報 災害マップ」。被災地のユーザーが情報を書き込めるのも特徴です。

このサイトの開発に当たったYahoo!天気・災害のサービスリード、田中真司さんから話を聞くことができました。

サイトのパイロット版ができたのが2019年。ユーザーによる試験的な利用を経て、2020年の3月に正式版がリリースされました。去年の九州や秋田での豪雨災害の時にも運用されていたとのことですが、その時は私はこのサイトに気づいていませんでした。あまり目立っていなかった気がします。

「そもそもこのサービスはユーザー同士が投稿をして、どこで大雨がひどいのか、水位が上がっているのかなどの情報を共有し、避難につなげるような使い方を想定していたんです」

当初の思想はそういうものだったので、現在のような避難所や給水所の位置情報が網羅的に入力されてはいなかったのです。

ところが、今回の能登半島地震では「想定外」が起きました。サービス開始後、初めてとなる震度7の大規模地震。突発的な地震や津波で大混乱し、被災地のユーザーは入力どころではなくなる状況が生まれたのです。

一方でYahoo!としては、避難所や給水支援の情報をユーザーに届けたいものの、そのツールを用意していませんでした。

どう届けるか、何かツールはないか。そう考えていたところ、この「災害マップ」を使ってはどうかということになったといいます。

「本来の使い方とは違いますが、裏機能的に使おうということになったんです」

信頼できる情報はどこから入手したのか、LINEとの統合がここで奏功

では情報の入手はどうするのか。slackで議論していたところ、自然と「自分たちで情報を集めよう」ということになったのだとか。

他の多くのメディアでもそうだと思いますが、こうした情報を得る際に利用するのは、自治体が発信する「Lアラート」などです。

Lアラートについて説明した総務省の文書

ところが被災地が混乱しているせいなのか、どうもLアラートの提供さえ遅い。これではダメだということになり、それぞれの自治体が公表する情報を、直接取るようにしたとのことです。

「役に立ったのが、LINEでの自治体の公式アカウントからの情報だったんです」

公式の発信なら信頼できるだろうと、利用したといいます。LINEとの統合が、ここで奏功しました。

被災地の自治体では、七尾市の公式アカウントの情報発信が早かったという

メンバーは交代制で、常時5人~10人で回しているとのこと。全員オンラインで、なんと田中さんは名古屋から。他のメンバーも、東京、大阪、北海道など日本各地にいて、オンラインで作業に当たっているとのことです。

現在進行形で進化を続けるマップ

前回スローニュースの記事を配信した時、Yahoo!側で入力したアイコンは「避難所」と「給水所」だけでした。しかし被災地で必要とされているのはそれだけではありません。水を使えないということはトイレも使えないということ。これは深刻です。

そこで、被災者に必要な情報をどんどん増やしているというのです。5日時点での下の画像をご覧ください。「トイレが制限されている」という黄色で示したユーザーのつぶやきの下にある濃いめの青色のトイレマーク、これは「使えるトイレ」を示しています。さらにその下の茶色いアイコンは「支援物資拠点」、一番下の水色のアイコンは「入浴・シャワー」を示しています。いずれも被災者にとって重要な情報ですよね。

「ニーズに合わせて改修が必要なので、チームにはエンジニアもいるんです。ただ、無尽蔵に増やしてもかえって使いにくくなるので、何が一番必要とされているのかを見極めながらやっています」

また、もともとの機能として大雨が降るようならそのレイヤーは重ねられますし、河川の氾濫情報や土砂災害危険区域もデフォルトで表示されるので、今後の新たな災害にも備えられるということです。

偽情報・誤情報対策はどうしているのか

一点、気になっていたのは、ユーザーの投稿が本当に正しいものなのかということです。偽情報、誤情報を投稿されたら、信頼性を失っています。

もちろんそれは当初から想定していて、いくつかの対策をしているということです

  • 投稿できるのは被災地に現在地情報がある人だけ。これでイタズラをかなり防げる

  • 「ありえない投稿」を機械的に抽出するシステムを実装

  • 人の目でも投稿の真実性をチェックしている

「取り除かなければならないユーザー投稿は、1000件のうち1件ぐらいに収まっています」

画像の投稿もありますが、実はこれ、ユーザーが直接投稿したものではなく、パートナーであるSpectee社が真贋判定をしたものを投稿しているのだとか。

そういえば、Specteeは自分のところでも、こんな発信をしていましたね。

「実は、国や自治体に情報を直接入力してもらえるやり方もあるのですが、まだ利用を広めることができていないんです」

なんと。それが実現したら、本当に災害時の「公共プラットフォーム」になってしまいますね。これからどう進化していくのか、目が離せません。

NHKが目指す「公共」もそこにあった

実は全く同じようなことを、NHKも2017年ごろから進めていました。

NHK内では「電子地図」と名付けられていました。ゼンリンの地図とも結びついたシステムで、災害が発生すると、「どこでどんな被害が起きたか」をマッピングしていったので、思わぬ発見に結び付き、実際に報道にも役立ちました。

当時は地図そのものはユーザーが使えるようには公開していませんでしたが、テレビの画面やウェブ記事には何度か画像を出したことがあります。

以下はおととしのNHKの公表資料です。「インターネットでの社会実証」というタイトルが付けられていますが、要は「NHKが公共メディアとして、テレビだけでなくインターネットでのサービスを提供していくとしたら、こういうことをやっていきます」ということを、広く知らしめるものです。その中でも「災害マップ」というものが紹介されています。当初開発していた「電子地図」そのものとは少し仕様が違うようですが、同じような思想を受け継いでいます。

NHK資料「インターネットでの社会実証(第一期)結果報告(2022年6月2日)」より

「電子地図」は、NHKだけが運用するのではなく、ゆくゆくは国の省庁や自治体、被災者、そしてあらゆるメディアも利活用できるようにしていき、「災害時の新たなプラットフォームにしていこう」という大きな理想がありました。NHKは単に間違いが発信されないようにするための運用事務局で、縁の下の力持ちでいいと。それこそが「公共メディア」としての使命だという考えです。

しかし、今回の災害では地図表現として出てきているのは、昔ながらのテレビ的な大ぐくりで静的な画像だけで、被災者が直接利用して役に立つようなものは出ていません。NHKがデジタル分野を大幅に縮小することを決めた中で、また一つ、「公共メディア」進化へのカギとしていたものを自ら放棄してしまうのでしょうか。

Yahoo!がそれに代わる「公共」を担うのか、どこまでのビジョンがあるのか、注目しています。

実はデスク不在で有志だけでサイトを立ち上げた読売新聞、それこそが成長につながる萌芽

前回の記事では、読売新聞のコンテンツのことも紹介し、スピーディーな発信が評価されていることと、一方で視認性や、初期に発信するコンテンツとして誰を対象とするのかなど、課題も見えてきていることを紹介しました。

記事の発信後、関係者から内幕を明かされました。なんと、主導するデスクさえ不在の中で、「何かやらなければ」と、有志の記者たちでサイトを立ち上げたというのです。

さらに、メンバーを指導してきた東京大学の渡邉英徳教授からネットでの評判を伝え聞いて、すぐさま改修した「平面版」も発信したのだとか。(平面版ってタイトルがちょっと…)

それにしても凄い行動力です。関係者は、前の記事で指摘したような課題は把握しているものの、とにかくまずは出してフィードバックを受けることが大事だと話していました。

そして「被災地の方や支援関係者にダイレクトに役立つものを工夫して、次の段階に進みたい」とのこと。こうした「誰に言われなくてもやる」実行力こそが、メディアを進化させていくのだと思います。

引き続きコンテンツの発信、注目していきます。

スローニュースでは、被災地で取材するジャーナリストに役立つ『災害前線報道ハンドブック』を連載しています。発災時にまず何を取材するべきか、記者の配置はどうするのか、避難所や仮設住宅での着目点は、防災計画などの検証は。こうしたテクニックを実例をもとに連載しています。

※続報です。NHKが動きました。こちらも合わせて読んでいただけると嬉しいです。

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