“国直轄”である公安警察の不正経理は「未解明」 それが意味するものとは【広島県警「カラ出張」解説】
取材・執筆 フロントラインプレス
2019年から2020年にかけて広島県警の福山市内の警察署でカラ出張が繰り返されていたとされる問題。フロントラインプレスによる先行報道の後、地元の中国新聞や広島テレビが報道し、反響はさらに広がりつつある。広島県警のカラ出張問題は何を投げ掛けているのか。「公安、国費。ここが今回のキーでしょう」と語るのは、東京の清水勉弁護士だ。
「警備・公安の不正経理システムは過去にも明らかにされていない」
清水弁護士は、広島県警の不正を公益通報した警察官(2022年3月末退職)の代理人を務めている。また長年、警察不正の解決に取り組み、「明るい警察の実現を目指す全国ネットワーク」の運営委員も担ってきた。
「1990年代後半から2000年代前半にかけ、警察の不正経理問題が吹き荒れました。少なくとも26の道府県警察で不正が明らかになった。その頂点が、組織的裏金づくりを日本警察で初めて公式に認めざるを得ない立場に追い込まれた北海道警察です」
当時明るみに出た不正経理には大きな特徴があった、と清水弁護士は言う。
特徴の一つは、不正に捻出した金を組織全体で蓄えるという「裏金化とプール化」にあった。このシステム下では、裏金の使途は幹部によって自在に決定され、多くは幹部らへの月々の分配に使われたとされている。これは、正規の給与ではないことから“ヤミ給与”と呼ばれていた。
2003年から2005年にかけ、調査報道キャンペーンによって北海道警察の裏金問題を追及した地元紙・北海道新聞の報道によると、道警の元釧路方面本部長だった原田宏二氏(故人)は生前、「ヤミ給与をもらう立場になってからは毎月、7万〜8万円の現金を封筒でもらっていた」と証言している。毎月のヤミ給与とは別に、警察署長の転勤に際してはプール金のその時点での残額が“署の餞別”として渡される習慣もあり、札幌中央警察署などの大規模署では“餞別”の額が数百万円に達したこともあるという。また、原田氏は自らの体験をもとに、キャリア警察官である道警本部長にも裏金は渡されていた、と語っている。
北海道警察は最終的に不正使用した9億6000万円(利息含む)を国・北海道に返還したが、これほど巨額の公金を裏金にするには、十数万〜数十万枚の経理書類を偽造する必要があると言われた。こんなにも大量の書類を偽造するには、組織総出になる。道警では新人など一部を除く全員が偽造に関わったとされ、最終的には3000人が処分されている。
「それでも裏金システムの全容が解明されたとは言えませんでした」と清水弁護士は言う。
「なぜなら、北海道に限らず、これまでに明らかになった裏金は、刑事、生活安全、交通などの非・警備公安部門です。警備警察、公安警察の不正経理システムは基本、手つかずのままでした。刑事や生活安全などが都道府県ごとの自治体警察であるのに対し、警備・公安は、公安関係予算が国庫から支出されることもあり、建前は自治体警察でも事実上は警察庁直轄。いわば国家警察です。広島で警備・公安の不正が明らかになれば、当然、『他の都道府県の警備・公安はどうなの?』となるでしょう」
広島のカラ出張は“配分型” なぜそれが必要だったのか?
広島のケースでは、もう一つ見逃せない点がある。
2000年後に明らかになった「裏金化・プール化」では、末端警察官は書類の偽造をひたすら担うだけであり、不正によって捻出された金を直接手にすることはなかった。経費の振込は各部署で1本の口座に集約されたり、個人の経費口座の通帳と印鑑を組織で一括管理したりしていた。これに対し、広島のケースでは、カラ出張による旅費や時間外手当が個人口座に振り込まれ、組織への“バック”“上納”も指示されていない。
今回、公益通報した巡査部長が「とにかく不正に得た金を返したい。いったん、不正に加担したとはいえ、そのままにしたくない」と懸命に訴えているのも、カラ出張の旅費が個人のものとされたからだ。この点をとらえ、清水弁護士は「かつての裏金づくりは“上納型”だった。今回はいわば“配分型”であり、最初からより深く、共犯関係に組み込まれている」と言う。
では、広島県警の上席らは何のためにカラ出張を命じていたのか。最初から公金を“チマチマ”と不正に得るためだったのか。これについては、警察問題に詳しい関係者が「もっと大きな不正支出を隠すためではないか」と推察している。
公安警察は、過激派などの組織内に協力者を送り込んだり、育成したりして重要な情報を組織から得る。協力者を守るために巨額の費用を使うこともある。2000年前後に明らかになった捜査費(国費)・捜査用報償費(都道府県費)では、協力者に渡す現金(協力謝礼)は1件3万円程度だったが、この関係者は「公安警察は協力者の人生の面倒を見ることもあり、金額も桁違いに大きいケースがある。痕跡を残さないため、資金を渡す際も現金が多いはず」と言う。仮に、そうした協力者との接触や資金供与が架空であり、そこで使用されたことになっている捜査費が本当は別のことに使われていたとしたら、どうか?
「架空の捜査をでっち上げ、架空の捜査報告を行い、捜査費は別のことに使う。それがバレないよう、事情を知らない捜査員にカラ出張させ、架空の捜査現場に臨場していたと装う……。あり得ない話ではないと思います」(関係者)
「報道にも責任」「警察庁はしっかり対応を」
北海道警察の組織的裏金づくりは国会でも大問題となり、その後は各地の不正経理もなくなっていたと思われていた。ところが、各メディアの報道を丹念に拾うと、この間も不正はあちこちで明らかになっていたことが分かる。新聞記事データベースからいくつかを拾ってみよう。
◆捜査協力者との接触に使うと偽り、捜査費(国費)約74万円をだまし取ったとして、警視庁公安部公安2課の巡査部長が詐欺と業務上横領で書類送検された。警視庁は逮捕せず、免職(2010年12月)
◆協力者への謝礼に使うとして捜査費(国費)約3万5000円を詐取したとして、長野県警の巡査部長が書類送検された。巡査部長は停職6カ月の懲戒処分を受けた後、依願退職。巡査部長は不起訴(2018年2月)
◆捜査費(国費)約54万円を詐取したとして、京都府警の警部補ら6人が書類送検された。全員が懲戒処分。警部補は免職、他の5人は懲戒後に依願退職。6人は全員、不起訴(2022年1月)
このほかにも埼玉県警(2014年2月)、北海道警(2014年5月)、警視庁(2015年1月)、兵庫県警(2015年12月)、和歌山県警(2016年6月)などの捜査費不正が報道された。しかし、新聞での扱いはいずれも小さい。地方版にだけしか掲載されていないケースも多く、警察発表をなぞっただけと思われるものが大半だ。
捜査費などに関する不正支出は、戦前の特高警察において「領収書の裏付けのないカネ」が奔放に支出されていたことに源流があるとされる。また昭和30年代には「警察の二重帳簿」問題が国会や各地の地方議会でも噴出。1984年には警察庁キャリア組の第1期生で、警視監にまで上り詰めた松橋忠光氏(故人)が著書で組織的な裏金づくりの実態を暴いたことがある。しかし、「本給の6万円以外に毎月50万円程度を受け取っていた」「内閣調査室を離任する際は200万円強を受け取った」といったことを告白しても、不正経理の根絶には至らなかった。
清水弁護士は言う。
「予算が足りないからやむを得ないとか、警察官は昼夜を問わず頑張っているからある程度はやむを得ないとか、そういうことではありません。戦後から何度も問題になっているのに根絶できない、その自浄作用のなさこそが最大の問題です。根絶には、国民が大きな関心を持つことが第一です。そのためには一部のメディアが報じるだけでは不十分。依然として影響力の大きいテレビや新聞、通信社などが本気で報道を続けない限り、結局、こういうことは繰り返されていくでしょう」
「今回の広島の問題についても、告発者は自分の立場で体験したことしか言えない。しかし、公安のカネが国費である以上、警察庁に報告が上がっているはず。一部の上席が部下におかしなことをさせたというだけなら、関係者をさっさと処分して終わりにすればいいのに、そういう動きになっていないのは、警察庁も“どこまで明らかにすべきか”で困っているからではないか。いずれにしろ、一部の上席が異常だったということでは済まない可能性がある。警察庁はしっかり対応すべきです」
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