トランプ氏再選でPFAS政策の行方は? 前回の任期中には飲み水の規制値を「先送り」していたが…
5日に投開票された米大統領選で、共和党のトランプ氏が大統領に返り咲くことが決まった。大幅な政策転換が進められるなかで、PFAS(国際機関が発がん性を指摘する有機フッ素化合物)対策も例外ではなさそうだ。
それが象徴的に現れるとすればEPA(米環境保護庁)の動きではないか。なぜなら、EPAは大統領直属の機関だからだ。EPA関係者と親交を重ねてきた科学者はそう指摘して、つづける。
「EPAが大統領のもとにあるのは、アメリカ大統領が米軍最高司令官の立場にあるためと言えます。もっとも深刻な環境破壊をもたらすのは戦争だからです。このため、環境問題に対する責任者を直接の配下に置いているのでしょう」
気候変動や環境についての公約を見るまでもなく、過去の言動を考えれば、第2次トランプ政権のもとでPFAS汚染が後退するのは間違いないだろう。
前回の任期中には飲料水の健康勧告値の見直しは見送り
なにより、トランプ氏には大統領任期中の「実績」がある。
2019年2月、EPAは「PFAS行動計画」を打ち出し、飲料水に含まれるPFASについて「年内の見直し」を打ち出した。
「PFOSとPFOAの合計で70ナノグラム」としていた健康勧告値がどこまで引き下げられるのか。注目を集めたものの、公表は先延ばしになった。その裏にはトランプ大統領(当時)の意向が強く働いた、とされる。
当時、健康への影響をあらためて検討していた毒性物質・疾病登録局(ATSDR)は、「PFOS 7ナノグラム、PFOA 11ナノグラム」に相当する基準への引き下げが必要だと考えていた。
だが、この数字が実現すれば、産業界は大きなダメージを受けることは間違いない。政権の本音を、アメリカの調査報道メディア「POLITICO」がスクープした。
行政管理予算局の環境担当から大統領補佐官へ送られたメールには、こんな言葉が記されていたのだ。
<悪夢>
結局、数値の見直しは見送られた。
規制値は今年4月にようやく設定
飲料水に含まれるPFASをめぐる新たな規制が設けられたのは、バイデン政権下の今年4月のことだった。
PFOS 4ナノグラム
PFOA 4ナノグラム
ほかに、PFHxS、PFNA、PFBS、GenXの4物質も対象に加えられた。これまでの勧告値に代わり、遵守を義務づける規制値になった。
発表のセレモニーはノースカロライナ州フェイエットビルで行われた。ケマーズ(旧デュポン)の工場がある、汚染の象徴ともいえる町だ。
会場にはEPA長官だけでなく、州知事、NGOや市民の代表も顔をそろえ、代わる代わるスピーチした。旧デュポン工場によるPFAS汚染を暴き、汚染対策の象徴的な存在となったロバート・ビロット弁護士の姿もあった。
そして、遺族の女性が最後に演台に立ち、「過去は変えられないけど、未来は変えられる」と声を上げた。そして、規制強化の実現に欠かせなかったというEPA長官の名前を読み上げた。そして、拍手のなか、ふたりは互いに歩み寄ってハグをかわした。
それは、行政とNGOと市民がそれぞれの役割を果たしたことによって、この歴史的な転換点が生まれたことをうかがわせる光景だった。
一方で、登壇者のだれもが民主党の貢献について言及するセレモニーは、大統領選を前にした民主党のための演出のようにも映った。
米政府主導で浄化する仕組み
ところで、アメリカが世界でもPFAS規制でもっとも厳格な国の一つとなったのは、汚染の深刻さの裏返しともいえる。
米国防総省によると現在、アメリカ国内にある700カ所あまりの米軍基地・施設などでPFAS汚染が確認されている。このうち、約50カ所はすでに「スーパーファンド法」にもとづく汚染浄化プログラムの対象となっている。飲み水の規制とともに、PFOSとPFOAが同法の有害物質に指定されたからだ。
スーパーファンド法のプロセスは次のように規定されている。
予備評価・現場調査
修復調査・実行可能性調査(フィージビリティー・スタディ)
修復計画・修復着手
修復措置・履行
長期的管理
しかも、汚染者が特定できなくても、汚染除去にかかる費用は政府が基金(ファンド)から拠出する。そして、有害物質を発生、所有、管理、輸送した責任者とそこに融資した金融機関に後に負担させる。
いわば、政府が主導して浄化を進める仕組みだ。
それでも汚染は「半永久的」か
ただ、浄化を完了するまでの道のりの困難さを指摘する論文がある。ハーバード大のブリッジャー・ルイル博士などが米国立環境研究所などの支援を受けて、米軍基地の泡消火剤の影響を探った研究だ。
<世代を超える消火訓練場のフォエバーケミカル>
マサチューセッツ州のケープゴッド基地にある消火訓練場では1970~1985年まで泡消火剤が訓練に使われていた。使用をやめてから40年近くなっても、地下水からは、同州が定める飲用水の規制値(20ナノグラム)の2千倍を超える濃度が検出されたという。
つまり、放出された泡消火剤の大半が地表に近い土壌に溜まったまま、事実上「PFAS貯蔵庫」となっているというのだ。
さらに深刻なのは、泡消火剤の半分ほどを占める、前駆体と呼ばれる物質の存在だ。
土壌中で微生物などによって化学変化を起こして、のちにPFASになる。つまり、この前駆体が時間をかけてPFASとなり、さらに深いところを流れている地下水へと移行していくと見られている。
<土壌の浄化・修復が行われなければ、地下水の濃度は2500年までに州規制値を下回ることはない>
このままでは半永久的な汚染がつづくというのである。
本土と運河で分けられた半島にあるケープゴッド基地のように特殊な地理的要件がなくても、放出された泡消火剤が地中に「汚染プルーム」をつくるメカニズムは共通している。
はたして、米国外の米軍基地ではどう対処されているのか。次回、報告する。
現在配信中のスローニュースでは、日本国内の米軍基地からも汚染が広がっている問題を明らかにしています。横田基地からは大量のPFOSを含んだ水が多摩川に流出したとみられています。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
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