「蓮舫氏は盛り上がったのになぜ?」「石丸氏は若者頼りではなかった?」「小池氏の強さの秘訣」人流データで見えた都知事選候補の本当の「集客力」
都知事選の勝敗を分けたのは何でしょうか。多くのメディアや評論家が様々な分析をしていますが、基本は各社の出口調査のデータをもとにした、「若者に支持された」「無党派層の票を何割取り込んだ」といった分析です。
一方、今回の選挙では街頭演説について「あれだけ盛り上がっていたのになぜ敗れたのか」「あの候補のSNSでの人気ぶりは本当なのか」などの声が上がっていますが、一般に言われていることは定性的な感想のようなものばかりで、定量的に推しはかるデータはありませんでした。
そこで今回、ソフトバンクグループで「人流データ」の分析に長けた企業「Agoop」に分析を依頼。スマートフォンの位置データから、実際にどんな人がどの候補の街頭演説を、どのように聞いたのかをデータで明らかにします!
Agoop/スローニュース 熊田安伸
分析の対象としたのは、投票日前日の街頭演説
今回、分析の対象としたのは、投票日前日の7月6日土曜日の小池百合子氏、石丸伸二氏、蓮舫氏の街頭演説です。スマートフォンの位置情報データから、街頭演説付近に15分以上滞在した人を割り出して分析することで、普段の土曜日の人の流れと街頭演説当日のとの人の流れの違いを分析しました。(なお、位置情報データは、スマホのアプリより承諾を得た東京在住のユーザーからのみ取得していて、同意を得ていないユーザーからは一切収集していないとのことです)
蓮舫氏の演説は、確かに大きな盛り上がりを見せていた!しかし……
驚くべきデータを叩き出していたのが、蓮舫氏の街頭演説です。例えば正午に国分寺駅前で行われた街頭演説では、普段よりほぼ5倍もの人の流れを生み出していました。おそらく支持者であろう人が殺到した様子がうかがえます。
一方で、どんな人が来たのか、年代別に見てみると、興味深いデータが。40代~60代の人流の割合は普段より増え、特に50代は大幅に増えていることがわかります。ところが30代の人流の割合はむしろ大幅に減っているのです。
この傾向は、他の場所、他の時間帯でも同じでした。普段の人流では20代の若者が多い自由が丘駅前。ここでも普段の3倍の人流となっていましたが、50代~60代の割合が伸びて、20代の割合が縮んでいました。
最後の街頭演説が行われた午後7時の新宿駅前。こちらも普段は20代の人流が多いのですが、40代~60代の人の割合が増え、若い人の割合は圧縮されていました。
さらに男性の割合が伸びていることから、男性を多く集めたことがわかります。
このデータから推定されるのは、普段から支持者に多い50代を中心とした男性には訴えが響いたものの、やはり若者層を集めるには至らなかったということです。後に出てくる2人のデータと比べても、とりわけ60代の増え方が突出しています。
「あれだけ盛り上がっていたのになぜ」という疑問の答えは、ここにあるのではないでしょうか。盛り上がっていたのは確かですが、「内輪の盛り上がりだった」と定性的に言われていたことが、定量的なデータでも裏付けられたのではないでしょうか。
話題の石丸氏、演説を聞きに集まっていたのは「若者」ではなかった!?
とにかく街頭演説の「数」を多くこなしていたのが、石丸氏でした。最終日は公表されているものによると、10カ所で街頭演説をしています。
出口調査の分析などから「若者の支持を集めた」と言われています。では街頭演説を聞きに来たのも、若い人が多いのでしょうか。実は人流データでは、思わぬ結果が出ました。
普段から若者の多い、渋谷の宮益坂下。ここのデータを見ると、確かに20代の人流の割合は多いままですが、ぐっと増えているのは40代なのです。割合にして普段の3倍以上増えていました。
自民党の候補者が「若者にアピール」する時に街頭演説を行う、秋葉原の電気街。ここではなんと40代に加え、50代の人流が増えていました。20代はむしろ割合としては普段の半分になっています。しかも男性の割合が20%近くも伸びています。
石丸氏はSNSなどで演説する場所を告知しているので、わざわざ見に来たのが40代を中心とした層だったのではないかということが推定できます。
そして石丸氏が「東京駅がまるでフェスの会場」と言っていた、最後の東京駅前の丸の内側はどうだったでしょうか。
普段よりプラス3100人、3倍もの人流になっていました。確かにかなりの盛り上がりがあったことを裏付けています。
ただ、データを見ると、どうやら、「フェス」に来た人で最も多かったのは、さらに年齢層が上がって50代の男性のようです。
「20代の人は支持していたとしても街頭演説をわざわざ見に行かない」ということもあるのかもしれませんが、少なくとも街頭演説を聞きにくるほど興味がある人は、40代、50代が中心だったと見られます。
逆にいえば、ネットの動画で若者に訴求していた石丸氏が、街頭演説を多数こなすという戦術によって、中高年への接点も増やしていたということがうかがえます。
この日の街頭演説のデータの総計でみても、石丸氏が数多くの街頭演説をこなしていたことの効果が浮かび上がってきます。
30代、40代を増やしていた小池氏の強さ
さて、選挙結果では圧倒的な強さを見せた小池氏ですが、街頭演説でも多くの聴衆を集めていたのでしょうか。
人流データは、他の2人と比べると必ずしも圧倒的に人流を増やしていたわけではないものの、強さの一端を浮かび上がらせていました。
小池氏は最終日に銀座4丁目の交差点と池袋駅の西口で演説をしています。確かに着実に聴衆は集まっていますが、普段の1.8倍と1.5倍。蓮舫氏や石丸氏のように、何倍もの人流を招いたわけではないようです。
ただし、もともと人流が多い場所を選んでいるので、数字としては1000人超の人流の増加は起きていて、着実に人を集めていることはうかがえます。特に池袋では、雨が降っている時間帯でした。
興味深いのは、他の2人と違って幅広く聴衆を集めていたことがうかがえる点です。銀座では30代が最も増え、40代も増えていました。政策として強調していた「子育て世代への支援」とは関係があるのでしょうか。
また、この会場では一部の聴衆から「やめろコール」が上がっていましたが、映像を見る限りコールをしている人たちの年齢層は比較的高いとみられるので、そういった人たちが「押し寄せた」というほどの規模ではなく、それ以外の方が多かったこともうかがえます。
池袋では若年層が若干割合を減らしていますが、どの世代もほぼ同じような割合になっていることが見て取れます。万遍なく人を集めたということでしょうか。
演説のやり方にも戦術の差が
人流の増減を時間で見ていくと、興味深いことが見えてきました。
典型的なのが石丸氏の演説データです。多くの人が演説が始まる前から訪れて、聞いていることがうかがえます。これもSNSでの予告の効果でしょうか。
同じようなことは小池氏でも見られました。最後の池袋での演説は、雨のせいかここまではっきりと見えていませんが、銀座での演説では、やはり始まる前から待ち構えている人がいることをうかがわせています。
一方の蓮舫氏。始まる前から多くの人が集まるというより、演説が始まるにつれて徐々に増えてくる感じです。この差はどこからくるのでしょうか。
石丸氏がすぐにしゃべり始めるのに対し、蓮舫氏の場合は、本人が話し出す前に延々と何人もの立憲民主党の幹部などが演説をします。蓮舫氏にマイクが回ってくるのは、始まってから30分以上たってからということもありました。だから、なかなか人が集まらない、そして蓮舫氏が話すころにはむしろ会場を離れてしまった人もいるのではないかとさえ見えるデータになっています。
今回、初めて街頭演説を人流データで分析してみましたが、非常に興味深いことが見えてきました。ただ、1日の限られたデータの分析しかしていないので、より多くの日時や候補者のデータが比較できれば、もっと多様な分析ができるかもしれません。今後の選挙戦分析にも使える手法ではないでしょうか。
スローニュースでは、データサイエンティストでマーケターの松本健太郎さんが独自のリサーチから都知事選を分析した記事も配信しています。