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【諸永裕司のPFASウオッチ】飲み水の目標値、なぜ根拠となる指標を変えるのか

「永遠の化学物質」として問題になっているPFAS(有機フッ素化合物)の最新情報を伝えているジャーナリスト、諸永裕司さんの「PFASウオッチ」。新年も注目の情報をお伝えしていきます

新しい年のはじまりに能登半島を襲った地震では、発生から10日になるいまもライフラインの確保がままならないという。支援金を送るくらいしかできないのがもどかしい。

そして、暖をとり、情報をつなぐための電気とともに、生きるための水の重要さをあらためて思い知らされている。

その飲み水に含まれるPFASについて目標値の見直しが迫っている。

そもそも現在の暫定目標値はどうやって決まったのか

現在の暫定目標値は、水1リットルに含まれるPFOSとPFOAの合計で50ナノグラム。1ナノグラムは、1グラムの10億分の1。微量に抑えなければならないということは、それほど毒性が強いことの裏返しでもある。

目標値はいくつになるのか。そこに、国内であらたに製造・使用が禁止されたPFHxSも加わるのか。

初めて暫定目標値が設けられたのは2020年春。このとき、厚労省傘下の水質基準逐次改正検討会(以下、水質検討会)が参考にしたのはアメリカ環境保護庁(EPA)の健康勧告値だった。当時、1日2リットルを飲み続けても健康に影響がないのは「PFOSとPFOAの合計で70ナノグラム」とされていた。

この数値を、日本人の平均体重を「50キロ」、水から摂取する割合(割当率)を「10%」などとして導き出したのが「50ナノグラム」だった。

EPAのサイトより

目標値の根拠となる指標を変更したのはなぜか

しかし、今回の見直しにあたり、水質検討会は別の指標を参考にするとしている。内閣府の食品安全委員会が新たに設ける「食品健康影響評価」だ。PFASを毎日、食べることで体のなかに取り込んでも健康への影響がない量(耐容一日摂取量)をもとに、そのなかで水が占める割合から算出するのだという。

EPAの勧告値から、食品安全委員会の食品健康影響評価へ。

試合の途中でゴールポストを動かすようなものではないか。目標値の根拠となる指標を変えた理由について、水質検討会で明確な説明はされていない。

考えられるのは、これまで参考としてきたEPAが基準を大幅に引き下げようとしていることの影響だろう。

アメリカでは2022年、PFASによる健康への影響がない値が公表された。「EPAショック」とも呼ばれる衝撃的な数字だった。

PFOS  0.02 ナノグラム
PFOA  0.004ナノグラム

食品安全委員会がPFASの食品健康影響評価を設けるとしたのは、「EPAショック」の後だった。つまり、EPAが規制を大幅に引き下げる方向が見えたため、それに代わる指標づくりに踏み切ったのではないか、との疑いが残る。

内閣府 食品安全委員会のサイトより

新指標の「算定が難航」2月にも結果公表か

EPAはその後、パブリックコメントなどをへて、「PFOS 4ナノグラム」「PFOA 4ナノグラム」とする案を示している。あまりに低いと測定できないため、検出下限値を充てることにしたのだ。ただし、勧告値ではなく、強制力をもった規制値にする。2023年中に正式決定するとしていたが、いまだに発表されていない。

ちなみに、WHO(世界保健機関)も2023年春までとしていた見直しについて検討を続けている。

実は日本でも、新たな指標となる「耐容一日摂取量」の算定が難航している、と関係者はいう。そもそも、日本には独自のデータがないため、19人の専門家が250ほどの海外論文を読んだうえで検討を進めているが、どの論文の評価を採用するかをめぐって議論が続いているという。

今後、目標値を引き下げるとなれば、「50ナノグラム未満」なら健康への影響はないとしてきた、これまでの「安全」は崩れる。まさか引き上げられることはないだろうが……。

PFASの評価が揺れるなか、水質検討会は2月にも見直しの結果を公表するとみられる。

岡山・吉備中央町では少なくとも3年間、PFOAに汚染された飲み水が供給されていた。その濃度は、現在の国の暫定目標値の16~28倍。飲んでいた住民のうち27人が、京都大学の血液検査を受けた結果の衝撃的なデータを、現在配信中のスローニュースで明らかにしている。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄の密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
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