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福島原発事故を描いたNetflix『THE DAYS』盛り込まれなかった最新スクープの“事故原因”とは

東京電力・福島第一原子力発電所の事故を描いたNetflixドラマ『THE DAYS』が話題だ。日本の評価サイトではポイントが高く「息をつめて見た」「再現度が高い」などの感想が寄せられている。海外では英紙ガーディアンのサイトに「事実に執着し、人物像もストーリーもないがしろにしている」との評が載るなど、事実にこだわった作品だという評価が目立つ。実際、「事実に基づく物語」との文字が、エピソードの冒頭に毎回浮かび上がる。

しかし、事故の経緯に関する重要な部分で、実際とは違う点があることをご存じだろうか。今回、ドラマを味わいつつ、事故のことをより深く知ってもらうため、発災以来取材を続け、最近、事故深刻化の引き金になった新事実を独自の調査でスクープした、奥山俊宏さん(上智大教授、元朝日新聞記者)に寄稿してもらった。

「事実に基づく物語」の3つのシーンが

ここで史実と違っていていいのいだろうかと、どうしても気になってしまうシーンが『THE DAYS』にはいくつかある。

もちろん、実在しない「東央電力」を舞台にしたフィクションであり、娯楽作品でもあるのだから、その事実相違に目くじらを立てるのは、粋ではないだろう。

光石研の演ずる本店の副社長が本当は、藤本孝副社長、高橋明男フェローら当時の東電首脳陣を寄せ集めた架空のキャラクターであることなど、演出上、構成上の乖離は致し方ないと思う。

主人公の吉田昌郎・福島第一原発所長に、がんになったことについて「マスコミは事故で被曝したせいだと報道した」と語らせているが、実際はそうでない。主要マスコミは逆に「被曝と関係なし」との見解を報じたのが事実だ。だが、そういった細かなことで重箱の隅をつつくのは大人げないだろう。

Netflix『THE DAYS』のサイトより

しかし、事故進展のキーとなる重要な事実関係について、史実と異なる描写を注釈なしで視聴者の目や耳に届けられるのには抵抗を感じる。主人公が最後に語る通り、「あの大事故を後世に伝えるということ」は重要であり、それは史実に反しないものであるべきだからだ。

ここでは、3つのシーンについて、『THE DAYS』と現実の相違を指摘し、注釈しておきたい。それを踏まえてドラマを観れば、視聴者にとって、ずしりと来るものはより大きく、より深くなるだろう。

実は「扉が開きっぱなし」で被害が深刻化

まずは冒頭だ。ドラマの第1回、「THE DAYS」の日々は3月11日午後2時46分に東北地方太平洋沖地震の揺れに見舞われる直前の福島第一原発の無傷の勇姿を鳥瞰するシーンで始まる。

海に面する1号機を見てほしい。建屋の中に物を運び込む時の台詞のなかにも出てくる「大物搬入口」という大きな入り口が見えている。下の写真は、ドラマのものでなく、実際に津波に襲われたあとの福島第一原発1、2号機の建屋群だ。赤い丸を付けたところが1号機の「大物搬入口」である。

東京電力ホールディングスが2020年12月22日に公表した被災14日目の写真

ドラマでは、その「防護扉」が閉まっている。地震によって原子炉が緊急停止したあと、所員らがぞろぞろと高台に向かって避難していくシーンも同様で、防護扉は閉まっているのだ。

ところが実際には地震発生時、原子炉運転中であるにもかかわらず、この防護扉は「作業のため」開けられていた。そして、構内放送で高台への避難指示が屋外の作業員に呼びかけられるなか、作業員は防護扉を閉じることなく、避難した。だから津波襲来時、扉は開いていた。

1号機が特に大きな浸水を許し、わずか1分で全電源喪失となり、最初にメルトダウンに至ったのはそのせいだ。「扉の開きっぱなし」が実はこの事故の発生にあたっての重要なファクターなのだ。

津波に襲われた後の大物搬入口とその防護扉(上の写真からトリミング)

この大物搬入口の内側から先、原子炉制御の中枢であるコントロール建屋まで遮るものは何もない。隣接する2号機コントロール建屋との間には仕切り壁があったものの、その壁の扉には水密性はなかった。だから、侵入した海水が、それら中枢部にあった直流電源のバッテリー(電池)を放電で使いものにならなくして、2つの原子炉の状態把握、制御を不可能に陥らせたのは、当然の成り行きだった。

防護扉をあけっぱなしにして避難した作業員を非難することはできない。津波警報時には屋外作業者は作業を中断して避難を優先するのが、当時の当たり前の動作だったと思われるからだ。東京電力の原発ではそのとき、津波警報が出たとき、こうした扉を閉めなければならないとのルールはなかった。

あるべきルールの欠如、そして、その背景にあるリスク感度の鈍さが、福島原発事故の真因であると筆者は考える。

ここで責められるべきなのは、現場の屋外作業者ではなく、ルールや壁配置を定める権限を持ち、それらを適正なものとする職責を負っていた歴代の東電幹部らだ。

現に、福島の隣の茨城県にある日本原電の東海第二原発では当時すでに、津波警報発令時に扉を閉じるルールを明文化している。関西電力も、1993年の北海道南西沖地震の津波被害を見て、そうしたルールを原発の操作所則に追加していた。つまり東電は、同業他社がやっていたリスク軽減策を採っていなかったのだ。

事故発生5年あまりを経た2016年夏、柏崎刈羽原発の地元、新潟県が設けた福島事故検証の場で、実は東電は「1号機の扉の開けっ放し」を認めて明らかにしている。ただし、このことはこれまで報道機関や一般の人にそれと分かる形で積極的に発表されたことはなかった。だから『THE DAYS』にその事実は反映されていないのだろう。しかしオープンにされている資料を徹底的に調べれば、気づくことができる。

『THE DAYS』にいくら目をこらしても、防護扉あけっぱなしの事実を見つけることはできず、逆に、防護扉がきちんと閉まっていることしか認識できないから、筆者が事故発生の真因と考える背景事情を知ることはできない。
(文中一部敬称略)

『THE DAYS』ではほかにも事故拡大の大きな要因である2つの出来事が、史実とは異なった形で描かれている。現在配信中のスローニュースでは、「原子炉を冷やすための装置の作動を誤認したのはなぜか」「3.11に所員の車のバッテリーをかき集めたというのは本当なのか」について、詳しく解説している

奥山俊宏(おくやま・としひろ)

1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部原子力工学科卒、同大学新聞研究所修了、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナルAsahi Judiciary』の編集も担当。2013年、朝日新聞編集委員。2022年、上智大学教授(文学部新聞学科)。
著書『秘密解除 ロッキード事件田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。