【諸永裕司のPFASウオッチ】「悪夢」と呼ばれたかつての数値より厳しいか?注目される米当局の水質新基準
「永遠の化学物質」として問題になっているPFAS(有機フッ素化合物)の最新情報を伝えているジャーナリスト、諸永裕司さんの「PFASウオッチ」。第7回は、関係者が固唾をのんで見守っている、飲み水に含まれるPFASの新基準についてです。
どうなる米当局の打ち出す新基準
このところ、毎日のようにアメリカ環境保護庁(EPA)のホームページをのぞいている。
EPAは、飲み水に含まれるPFASについての新たな基準を「2023年秋」に設けるとしているからだ。
注目度は比べようもないが、大谷翔平の移籍先が明かされるのを待ち望んだときの心境と似ているかもしれない。
大谷はドジャーズへの入団が決まったものの、秋がすぎ、冬になっても、PFASの新たな水質管理基準は公表されていない。
4年前の2019年暮れにも、ジリジリしながらホームページをチェックしていたことを思い出す。やはり、EPAが「2019年中に基準を見直す」と表明していたからだ。
トランプ政権下で採用されなかった「悪夢の数字」
当時、日本では、厚労省がPFASについての目標値を初めて設けると発表し、年明けにも専門家による水質基準逐次改正検討会で具体的な数値が示されることになっていた。
それだけに、EPAがどんな値を示すのかを注目していた。
結論からいえば、新しい値はクリスマスをへても、新年になっても、その後も公表されることはなかった。
その裏に政治の介入があるのではないか。そううかがわせる情報をスクープしたのは、アメリカの調査報道メディア「POLITICO」だった。
そんな見出しの記事では、行政管理予算局で環境問題を担当する高官から、トランプ大統領補佐官へ送られたメールの内容が明かされた。
この数字とは、米保健福祉省の傘下にある毒性物質・疾病登録局(ATSDR)が「PFASを摂取しても健康への影響はない」とする最小リスクレベルを指す。具体的な数値は明かされていないが、メールにはこうも記されていたという。
悪夢とされた値はのちに明らかになる。専門家が飲み水1リットルに換算すると、PFOS7ナノグラム、PFOA11ナノグラムだった。
しかし、それがトランプ政権下で基準に採用されることはなかった。
「悪夢」を凌駕する衝撃的な新基準が
その後、PFAS汚染対策を掲げるバイデン氏が大統領に選ばれたことで、事態は一変する。EPAは昨年6月、ついに新たな基準を示した。それは「悪夢の数字」よりはるかに厳しい、衝撃的なものだった。
PFOS 0.02ナノグラム
PFOA 0.004ナノグラム
科学的な観点からみれば、赤ちゃんを含めただれもがPFASからの影響を受けないようにするには限りなくゼロに近くすべき、というのだ。
しかし、あまりに微量すぎて水道事業者の機器では測れないことから、検出下限値に合わせた数値がのちに示される。
PFOS 4ナノグラム
PFOA 4ナノグラム
それでも、これまでの健康勧告値「PFOSとPFOAの合計70ナノグラム」と単純に比べたら、20倍近く厳しいものだ。
EPAはこれを強制力のある規制値として定める方針を打ち出し、パブリックコメントをへて「2023年秋」に正式に決定するとしていた。しかし、またも公表が遅れている。
日本も暫定目標値の見直しを検討
4年前と同じように、日本もまた来年2月の水質基準逐次改正検討会でPFASの暫定目標値の見直しをみすえている。
現在の「暫定目標値」から「暫定」を取るのか。
現在の「PFOSとPFOAの合計50ナノグラム」を引き下げるのか。
現在の「水質目標管理設定項目」から、遵守義務を負う「水質基準」に引き上げるのか。
日本での目標値の見直しに影響すると思われるだけに、しばらくはEPAのホームページから目を離せそうにない。
東京・多摩地区では一部の学校や大学で、PFASに汚染された地下水が飲み水や給食の調理などに使われていることがわかった。現在配信中のスローニュースでは、その実態を明らかにしている。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄の密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com)