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日本で流通している無呼吸症の医療器具、安全なのか独自に調べてみた

フリーランス記者 萩 一晶

※こちらの連載が「国際文化会館ジャーナリズム大賞」特別賞のファイナリスト2作品のうち一つに選出されました。それを記念して2023年6月20日に配信されたこちらの報道を無料公開いたします。(データなどは当時のまま)

フィリップス・ジャパン(本社・東京都港区)が日本で回収中のCPAP装置は約34万台。「睡眠時無呼吸症候群」の患者が毎日使う医療器具で、すべて米フィリップス製だ。

日本では、米国で確認されたような防音材の劣化は本当に起きていないのだろうか。劣化で生じる微細な粒子を、患者が吸い込むことで健康被害を受ける心配はないのだろうか。手がかりを求め、回収前のCPAPからどれほどの粒子が排出されているのか、独自に調べてみた。


どのように検証をしたのか

空気中にはたくさんのホコリや微粒子が浮遊しているため、CPAPから排出される粒子が器具の内部から出てきたものであることを証明するには、ホコリや微粒子を取り除いたきれいな空気環境が必要だ。

そこで関東の研究施設を訪ね、常に清浄な空気を保つ「クリーン・ベンチ」という装置を3日間、使わせてもらうことにした。

アクリル板で囲われた、浴槽ほどの大きさの装置の上部に特殊フィルターが備わっている。そこから外気を取り込むときに微粒子を取り除き、装置内部を常にクリーンな状態に保つ仕組みだ。

この中に、フィリップスが回収する予定のCPAP(回収品)を1台置き、粒子の数を測る「パーティクル・カウンター」も用意した。毎分2.83リットルの空気を取り込み、その中に含まれる0.3μm(マイクロメートル=ミクロン)以上の粒子の数を1分単位で、大きさごとに表示してくれるリオン社の計測器だ。

まずは、クリーン・ベンチ内の空気を測り、粒子の数がゼロであることを確認する。CPAPを稼働させると、器具の後ろにある丸い筒から空気が流れ出てくる。そこにパーティクル・カウンターの先端からのばしてきた細いチューブを差し入れて空気を取り込み、15分間の毎分計測を開始する。

すると、カウンターの数値はみるみる上昇し、あっという間に毎分1万個を超えた。

「小さい粒子」を検出、健康被害との関係は?

すべてCPAP内部から排出された粒子であることに疑いはない。驚いたのが、その大半を1μm以下の小さい粒子が占めていたことだ。

米フィリップスは当初、劣化により生じる粒子の大部分は8μm以上と「大きい」ために、肺組織の深くに入るとは考えにくいと主張していた。日本のフィリップスが健康被害の恐れは「ない」と判断した根拠の一つでもある。

今回、計測できた粒子が何に由来するものかはわからないが、もし防音材の劣化により生まれた粒子が含まれているとすれば、フィリップスが主張する「大きすぎる説」とは矛盾することになる。

改善品。2023年1月10日に防音材を取り換えた記録がある

CPAPを回収したフィリップスは、防音材の素材をポリウレタンからシリコーンに取り換え、「改善品」として患者に再び配っている。そこで同じ患者に届いた改善品でも、回収品と同じ計測をし、結果を比べてみた。

配られた改善品でも計測、比べてみると

すると、改善品から排出される粒子の数は、回収品よりかなり少ない3000~4500個程度。数値は上下してやや減る傾向を見せたものの、10分程度で急減した回収品と違って、あまり大きな変動はなかった。改善品から出る粒子の数は、防音材の劣化の疑いが出ている回収品の半分以下だった。

回収品は改善品の2〜4倍を排出していた

2日目も再度、10分間の毎分計測をした。粒子の数はやや減ったものの、1日目と同様の傾向を見せ、回収品から出る粒子の数は改善品の3〜8倍に及んでいた。

2日目は3~8倍に

回収品の計測で気になったのが、一定時間がたつと粒子数が急減する傾向だ。そこで今度は、20分間続けて毎分計測をしてみた。すると、粒子数はやはり途中から急減して1000個以下にまで下がるものの、10分目以降は横ばいになって、ほぼ安定することが分かった。

急減し、10分目で1000個以下になった後はほぼ安定していた

途中で粒子の数が急減するのは、CPAPの風速が弱まるからではないか。そう考え、3日目には風速計も用意して、回収品の20分間の毎分計測を3回行った。

すると、粒子数はさらに減ったものの、稼働直後に多めの粒子を噴き出したあと急減し、数百個程度で安定するという傾向に変わりはなかった。

予想に反し、風速は稼働直後にはやや上下するものの、2分目以降はずっと安定していた。つまり、粒子の数が急減するのは風速の問題ではなく、何か別の理由があるということだ。

念のため、改善品でも同様に20分間の毎分計測を3回行ったところ、不可解なことが起きた。3回目のみ数値がグンと跳ね上がり、7000個近くに達したあと激しく上下したのだ。

3回行った実験で3回目が飛び抜けて多かった

この間、クリーン・ベンチ内の計測機器類は少しも動かしておらず、CPAPのスイッチをいったん切り、再びONにしただけだった。改善品の数値が回収品を大きく上回ったのは、この1回だけだ。

フィリップスは「オゾン洗浄のせい」とするが…

米フィリップスは昨年12月と今年5月、CPAPに関する総合的な検証結果を発表している。北米で回収した器具のうち6万847台を「目視」で検査したところ、防音材が明らかに劣化していたのは約2%の1105台。そのうち「オゾン洗浄をした」と申告のあった装置は、「オゾン洗浄をしていない」と申告のあった装置に比べ14倍の高い割合で劣化が見つかったという。

しかし、排出される粒子の量についてはいずれも「許容限界値以下だった」として、「明らかな健康被害を招きそうにはない」と結論づけた。ちなみに、日本から返送された1964台も目視で調べたが、明らかな劣化は1台も見つからなかったという。また、CPAPから放出される揮発性有機化合物についても、「患者の健康に長期に及ぶ影響があるとは思えない」としている。

フィリップス・ジャパン(東京・港区)

米フィリップスの検証を、どう評価しているのか。FDAに尋ねたところ、「現時点でこの問題の健康被害リスクに関するFDAの考え方に何ら変更は生じていない。まだ米フィリップスのデータを検討中であり、私たちは違う結論に達するかもしれない」という回答がメールで届いた。まだ最終的な結論は出ていないのだ。

一方、「日本では心配はない」と考える医師には「オゾン洗浄説」を信じる人が少なくない。CPAPを直接、業者から購入し、自己判断で消毒する患者が目立つ米国と、医師に処方され、その管理下で使う患者が大多数の日本の事情は異なるからだ。

だが、FDAは「オゾンは劣化を加速させたかもしれないが、リスクが生じた原因とは言えない証拠がある」(医療器具部門)と指摘している。その理由として、この素材が「高温多湿の環境に1年程度置いただけで劣化する潜在的なリスクがある」との報告を米フィリップスが受けており、2016年の試験でも高温多湿の環境に対する抵抗力の弱さが確かめられていた、というのだ。

これが事実なら、高温多湿の日本の夏は、いい環境とは言えないのではないか。

計測でわかったこと、わからなかったこと

3日間の計測で明らかになったのは、CPAP内部からは常に、1μmにも満たないような小さな粒子が排出され、その数はポリウレタンを使った回収品のほうが、シリコーンを使った改善品より明らかに多かった、ということだ。

これが何に由来する粒子なのか。その正体はわからない。防音材の劣化と関係があるのか、そもそも防音材の劣化が日本でも起きているのかどうかも、フィリップス・ジャパンが一貫して説明を拒んでいる状況では、よくわからない。

ただ、日本で防音材の劣化が起きていないのなら、なぜ回収品からは改善品より多くの粒子が出てきたのか、という素朴な疑問が浮上する。両者の違いは、取り換えた防音材にあるからだ。

今回の計測では、患者がマスクを装着する状態では測れないため、空気の出口を「全開」する形で粒子の数を測った。このため送風機構はフル回転しており、強めの風にあおられて、出てくる粒子の数はふだんの装着時より多かったはずだ。

しかし回収品は毎回、計測のたびに、最初に多くの粒子を排出し、急に数を減らして安定する特異な傾向をみせた。これは、内部にたまったホコリのような粒子が出てきたというよりも、器具を稼働させるたびに内部で生成される何かが排出されたもののように見える。

しかも、排出される粒子の数は一定ではなく、大きく変動した。改善品であっても回収品の数値を上回ることがあった。これは何らかの条件がそろえば、内部で小さな粒子が大量に生成、排出される可能性もあるということではないのか。

企業としての説明責任を

今回の計測について、CPAP装置に詳しい関東の専門医は「器具の振動により内部では何らかの粉塵は発生するはずで、使われている素材が違うとその特性によっては生じる粒子が多かったり少なかったりも考えられる。出てくる粒子の数は問題の一つではあるが、結局はそれが何の粒子なのか、その粒子に毒性があるのか、許容限度を超えた量なのかがわからないと、健康に害をおよぼすかどうかまではわからない」と話す。

フィリップス・ジャパンは、自社が販売したCPAPから排出される粒子が何なのか、その正体を突き止め、なぜ「重篤な健康被害の恐れがない」と言えるのか、装置を使っている患者に対して丁寧に説明する責任があるのではないか。

しかも、「本家」の米フィリップスに先立って2年近くも前から、重篤な健康被害の恐れが「ない」と言い切れた根拠については、患者の不信を取り除くためにも、ぜひ明らかにしてほしい。

そう願って、今回の計測に用いたCPAP2台はフィリップス側に送り、粒子の正体と装置の安全性について説明を求めた。

驚いたことに、フィリップス・ジャパンが唯一、社会に開いている取材の窓口はeメールだけだ。そこで、CPAPの安全性に関する11の具体的な質問はメールで送った。

待つこと1カ月。ようやく届いた返事は、すべて、回答拒否だった。

【健康被害などの情報提供を求めています】

フィリップス社のCPAPや成人用人工呼吸器に関する、患者やご家族、医療関係の皆様からの情報提供をお待ちしています。取材源は必ず秘匿します。こちらをクリックするか、下記のメールアドレスあてに情報をお寄せください。(cpap2023j@gmail.com)



取材・撮影 萩 一晶

フリーランス記者。1986年から全国紙記者として徳島、神戸、大阪社会部、東京外報部、オピニオン編集部などで働く。サンパウロとロサンゼルスにも駐在。2021年、フリーに。単著に『ホセ・ムヒカ 日本人に伝えたい本当のメッセージ』(朝日新書)、共著に『海を渡る赤ちゃん』(朝日新聞社)。

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