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データ不足が問題なのに「血液検査はかえって不安を」と後ろ向きな環境省。PFAS対策の「戦略」はどこへ

水道水のデータは3年前、川や地下水は2年前

21世紀型の公害である有機フッ素化合物(PFAS)汚染をめぐっては、飲み水に含まれる基準を決めるにあたっても、体内に摂取できる量を設けるにあたっても再三、データ不足が指摘されている。

全国的な汚染の広まりを受けて、環境省がPFAS対策の司令塔となる組織を立ち上げたのは昨年1月。「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」には、16人の専門家が名を連ねている。

8月1日に開かれた会議で、環境省はこの1年半の取り組みについて説明した。一般向けの「PFOS、PFOAに関するQ&A集」や自治体向けの「対応の手引き」を作成したほか、新たに有害性や分析法に関する研究を進めているなどとした。

8月1日に開かれた「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」(撮影:諸永裕司)

専門家からは「ずいぶん進捗した」「多くの進展があった」などと評価する声が相次いだ。

しかし、議論の前提となる全国調査のデータは、水道水は3年前、川や地下水は2年前のものだ。会議で配られた資料の題名が「『PFASに関する今後の対応の方向性』を踏まえた対応状況について」とあることに象徴されるように、議論の大半は目先の汚染対策に終始し、課題解決に向けた長期的な取り組みが話し合われることはなかった。

会議終了後、PFAS関連の別の会議にも名を連ねる委員のひとりは、こう漏らした。
「戦略会議という名前がついているけど、やっているのは、どう対処するか。残念ながら、戦略とは言えないですね」

「血液検査はかえって不安を」と後ろ向きの環境省

そうしたなかで、方向性が明確に示されたのは血液検査についてだった。環境省は委員に事前に示した「対応の手引き」修正案に「地域住民の健康不安への対応」という項目を新たに加え、こう記していた。

<血液検査については、かえって不安が増す可能性がある>
<血液検査を受けた人の精神的な面を含めたフォローの手法が確立されていないなどの多くの懸念点が指摘されている>

環境省が作成した「対応の手引き」修正案には、血液検査に否定的な記述が大幅に加えられた

不安に思う人がいるならば、対象を希望者に限ればすむことではないか。アメリカのATSDR(有害物質疾病登録局)では、汚染が発覚した地域では血液検査をするよう医師に推奨している。

それでも、環境省は、血液検査はすべきでないとの立場をあらためて打ち出したのだ。

また、血中濃度がドイツの公的機関やアメリカの学術機関の定める指標を上回った場合について、

<必ずしも健康障害が起こるとも限らない>
<将来、健康影響が発生することを意味しない>

と強調し、そのうえで、

<これまでに行われた特定健診やがん罹患情報などの統計から地域の健康影響の傾向を把握できる>

と結論づけた。汚染地域のデータは不要だ、と宣言したに等しいだろう。

なぜか「汚染されていない地域では検査」

会議では、原田浩二委員(京大准教授)が手を挙げた。

「血中濃度によってどのような健康影響があるかわからないのは確かですが、血中濃度によってどれくらい曝露(摂取)したかを知ることに意義があるのはでないでしょうか」

一方、新田裕史委員(国立環境研究所名誉研究員)は慎重論を唱えた。

「疫学研究というのはしっかりした設計のもとで、どのような要因とどのような結果に関連があるかを考えて進められるもの。(「対応の手引き」に)安易に書くべきではない」

しかし、環境省は、全国の汚染されていない地域では血液検査(化学物質のヒトへのばく露量モニタリング調査)を行っており、対象を大幅に拡大するとしている。汚染がないところでは測り、汚染されているところでは測るべきでない、というのは自己矛盾ではないか。

全国で初めて、行政による血液検査が秋に実施予定の吉備中央町(撮影:諸永裕司)

曝露量を知ることにまず意義がある。原田委員はあらためてそう繰り返したうえで、「対応の手引き」を修正するとしたら消極的な書きぶりにすべきではない、と釘を刺した。

これを受けて、環境省の担当者がマイクを握った。
「消極的に書こうとは思っておりません。科学的に正確に、誤解のないようにと思っています」
血液検査に科学的な意味はない、とあてこするような表現だった。

データをとらないだけでなく、汚染を放置するかのような姿勢もうかがえる。

汚染を引き起こす場所は分かっているのに……

汚染を引き起こすのは、①泡消火剤を使用していた基地・空港、PFASを製造または使用していた工場、③使用済み活性炭などの産業廃棄物、に大別されることがわかっている。

にもかかわらず、環境省ははじめから汚染源の特定は難しいと結論づけるかのように、「特定することが難しい場合には、飲用からの曝露防止を」との留保を書き添えている。あたかも飲まなければ問題ないとも受け取れるような意図がにじむ。

これに対して、柴田康行委員(国立環境研究所名誉研究員)が声を上げた。
「過去に使われたころに発生源があると想定して集中的に調べるべきではないか」

世界の化学メーカーがかつて結んだ「PFOAの製造・使用禁止」に関する協定に加わっていた企業は国内に4社あり、泡消火剤を製造していた工場も判明している。基地や空港以外にも、半導体や繊維、自動車製造などの工場で使われてきたことは明らかだ。

PFOS・PFOAは少なくとも10年前には使われなくなっているにもかかわらず、経産省は「競争上の地位を損なう恐れがある」として、企業名を明らかにしていない。

平田健正座長(和歌山大学名誉教授)は「(汚染源調査にあたる自治体に)より具体的に示すことは考えらないかと」と問い、企業を所管する経済産業省、基地を担当する防衛省、食品を担う農業水産省などと省庁横断の連絡会議を開いてはどうか、と投げかけた。

環境省は「各種の課題に応じて情報共有している」と答えた。

環境省が消極的な理由とは

消極的とも言える理由について、ある環境省関係者はこう解説する。
「事実上、産業廃棄物の後始末を担うだけで、許認可権をもたない環境省は霞ヶ関でもっとも弱い省庁のひとつです。その環境省がイニシアチブを取って省庁横断的な組織をつくるかというと現実的ではない。政治にその意思があれば別ですが」

データに加え、戦略の欠如を印象づける指摘は、ほかにもあった。

「PFOS・PFOA以外のPFASの規制こそ、一番やらなければならない。研究者に任せていては限界がある。国がサポートしてほしい」(広瀬明彦委員=化学物質評価研究機構顧問)
「対策が多岐にわたるため、経済的な視点からの検討が必要ではないか」(谷保佐知委員=産業技術総合研究所・環境計測技術研究グループ長)

環境省の入る合同庁舎(撮影:スローニュース)

会議終了後、専門家会議の委員のひとりはこう漏らした。

「これだけの研究が海外で行われながら、まだ健康への影響が明確に示されていないということは、それほどまでに毒性の強い物質ではないということでしょう」

こうした認識が、環境省のPFAS対策にも通底しているのだろう。

環境省によると、有害性などに関する7件の研究が走り始めている。ただ、いずれも2024年から3年間に及ぶため、結果がでるのは先になる。また、妊婦とこどもを対象とした「エコチル調査」は採血から7年たっても成果は2件しか発表されておらず、血中濃度のデータは公表されない。

データ不足が解消されないなか、「PFASに対する総合戦略」はいつ検討されることになるのだろう。


諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。スローニュースで『諸永裕司のPFASウオッチ』を毎週連載中。(https://slownews.com/m/mf238c15a2f9e
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