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【能登半島地震 忘れられた被災地】「自宅には住めない」「水道もまだ」…新潟被災者が苦しむ『支援格差』

スローニュース 熊田安伸

頭上を覆う一面の雲。いまの季節に限らない、いつも通りの新潟の曇天だ。

時折、霰(あられ)がパラパラと舞い落ちる。寒い。思わずジャンパーの襟を合わせ直す。

新潟市の中心街から西に10キロほどの場所に、西区の「寺尾東」地区はある。そのあたりが「能登半島地震」で大きな被害を受けたと聞いた。

最寄りのJR寺尾駅からは下り坂だ。被害を受けている様子は……見当たらない。それほどでもないのか。住民の姿もほとんど見かけない。

気づくと、目の前の道路におかしなものが現れた。ビール……いやコーラ瓶のケースか。

危ないなあ……誰が道路にこんなものを置いたんだろう。明らかに通行の邪魔になっている。たまに見かける「うちの私道に入るな」という住民でもいるのだろうか。

そんなことを思いながら坂を下っていくと、原因が分かった。これのせいか。

道路が激しくひび割れていた。坂の上からはこの被害が見えないので、さっきのコーラのケースは、この先には行ってはダメだという警告だったのだろう。

しかしこんなのはまだ序の口だった。地震から1カ月以上たった2月9日。私が見たのは、発災時からあまり変わらないまま放置されている、「忘れられた被災地」の姿だった。

唐突に出現する被災地…「再建は無理かもしれない」

新潟県の「能登半島地震」での住宅被害は、実は1万9000棟を超えている。全壊は101棟で、そのうち92棟が新潟市に集中している。(2月28日時点)

市の西区役所あたりから、弥彦街道(県道新潟亀田内野線)を東に向かうと、道沿いに「液状化」の被害が広がっていた。

大きな路面のひび割れをたどっていくと、その先にがれきの山のようなものがあるのが目に入った。

足元を気にしながら近づいていくと、コンクリートブロックのようながれきの山だった。

写真を撮っていると、高齢の男性が現れた。がれきのすぐそばにある住宅に住む安藤哲夫さん(72)だ。聞けば、家のブロック塀が地震で倒れてきたので、やむなく解体したのだという。

「自宅のほうは大丈夫だったんですか」
「いやあ、大規模半壊だって言われたよ」

築40年ほどの自宅は液状化のために基礎から被害を受けて、傾いているという。安藤さんが指さす先を見ると、何カ所も亀裂が入っていた。

「上下水道も、ようやく修理してもらうまで20日ぐらいはダメだった」

家の前の小さな駐車スペースには、工事現場にあるような仮設のトイレがあった。これでしのいだのだという。

「国と自治体から合わせて400万の補助が出るっていうんだけど、それじゃあ修理や再建は難しいかなあ……」

いまのままで住むのは危険な状態だ。かといってすでに仕事もリタイヤしている安藤さんには再建資金も足りない。この先、どうするかさえ決めかねている様子だった。

遠くにいる人が「遠目」でみると、それほど被害は大したことはないように見える。しかし近くに寄って見ると、生活再建もままならない事態になっている。過去の災害でもよく見てきた被災地の姿がそこにあった。

「こっち側も相当にひどいよ」

家の裏手から玄関側の方に案内された。そこに広がっていたのは、「液状化」という災害の恐ろしさが分かる、想像を超える被害だった。

「まだ補助がどうなるかさえ決まらないんです」

なんだこれは……道路が右に左にと、波打っているのだ。歩いていると三半規管がおかしくなり、めまいのような感覚になる。

安藤さんに別れを告げ、道の奥に入っていく。すると、一軒の住宅から重そうなポリ袋を両手に抱えた女性が出てきた。

「ちょうどいま、家の片づけをしていたんです」

古俣靖子さん(57)は、家族4人でこの家で暮らしてきた。地震が発生した当初は避難所に身を寄せ、現在はアパートを借りてそちらに移ったという。やはり自宅は基礎から被害を受けて、傾きがひどい。

「ここ、本当は車庫兼住宅があったんです」

駐車場かと思っていた手前のスペースには、地震の前には2階建ての建物があったのだという。

「1階が車庫で、2階が住居。でも傾いて隣に崩れそうになっていたので、仕方なくいったん自費で解体しました」

その建物とつながっていた母屋の玄関脇は、白いシートでふさぐ応急処置がなされていた。

自宅の中を見せてもらうと、あの液状化で歪んだ道路に出たときと同様、平衡感覚がおかしくなった。床が奇妙な感じに傾いているのだ。家全体がかしいでいるので、襖の開け閉めさえ難しい。

「電気は通るようになったんですよ。でもいまだに水道は出ないんです」

新潟市内の断水は、水道本管の修理を終えたことで1月8日で解消したと新潟市は公表している。ただ、水道メーターから建物側の下流の漏水は、被災者が自分で業者に修理を依頼する必要があり、費用もそれぞれの負担になる。

直せば住めるのか、そうだとしてもいくらかかるのか。支援はどれくらい出るのか。いっそ解体してしまったほうがいいのか――今後の暮らしをどうするか、それさえ決めきれない中で、住民は次への一歩を踏み出せないでいる。

この記事を出す直前の2月27日に古俣さんの娘の美月さん(27)に電話で話を聞いた。やはりまだどの支援策を利用するかは決めきれてないようだ。

「罹災証明では結局、全壊とされました。ただ、住宅を修繕したりその場に再建したりするなら、そもそも地盤そのものを根本的に改良しないと、また地震が襲ってきたら同じように液状化の被害を受けてしまいます。市や県も、議会でどのような支援策を設けられるのかをまだ検討しているようで、どう利用できるのかさえ分かりません。それなのに国の支援の申請期限が3月の末に迫っていて、時間ばかりが経っていく。国で出てくるのは能登半島の一部の自治体への追加支援の話ばかりで、液状化で多くの被害が出ている新潟のことは聞こえてきません。市も県も、もっとアピールしてほしい」

古俣さんの住宅の周辺の家も、大きく傾くなどの被害を受けていた。この地区では、すでに住むのを諦め、家を出て行った人も多いという。

「店は支援を受けられない」

再び道路を戻り、弥彦街道側に出る。そこで最初に会った安藤さんの息子、哲史さん(47)に出会った。街道に面した床屋を経営している。
「元気に営業中 負けません」という張り紙が出ていた。

店の前の駐車場は本来、店より低くなっていたそうだ。それが液状化のせいで同じ高さに。現在は一面を土で覆って応急の補修がしてある。店も床が傾き、水が使えなくなった。水道を修理してお湯が通るようになるまで20日以上かかったという。

「水が使えなかったら床屋は致命的ですからね。下水道が復旧したのは、ほんの2、3日前ですよ」

できることから徐々に仕事を再開してきたという。ただ、他の店と比べると、一つだけよかったことがあるという。

「ここは住居で、2階に住んでいるんですよ。だから国や市から補助がもらえることになった。店舗だと受けられないので」

補助の対象になるのはあくまで住宅だ。店舗の修繕は被災者の負担となる。安藤さんの床屋の隣にある薬局も被害を受け、地震以来、営業を取りやめているとのことだった。

住宅と認められるには、単に「住めるようになっている」だけではダメなようだ。安藤さんの店から区役所側にしばらく歩いたところにある自転車店。いまだに入り口の自動ドアは開かない。

経営する柳谷孝一さん(79)によると、店の建物全体が道路側にせり出すほど大きく動いたという。

「ここ見てよ。タイルのところ、前は隣のブロックと並んでいたんだよ」

店の裏にも大きな亀裂が走っていた。道路側にせり出した分、土砂が表面に出て、柱も歪んでいる。周辺の住宅のブロック塀も歪んだままだ。

「裏が斜面だから、液状化でぐっと押し出されたような感じになったんだろう」

実はこの店の2階は住めるようになっている。だが、それをもって住宅だと補助を申請することはしていない。仮に出たとしても、「併用住宅の業務専用部分(店舗、事務所等の内装等)に係るもの」は補助の対象にはならないので、あまり意味がないのだろう。隣にある自宅の建物もやはり被害を受けていて、そちらの補助が出るのをひたすら待っているという。

「それにしても対応が遅いよね。もっと早くやってほしい」

手をこまねいている店主たちがいる一方、店を自分で修理している人も出始めた。「食べログ」での評価が3.52というなかなかの人気ラーメン店。こちらも床が傾くなどの被害が出て、ちょうど修繕工事が行われているところだった。

四半世紀の歴史があるこの店、実は前の年の夏に店舗をリニューアルしたばかりだった。大野サダ子さん(83)によると、自費で店を修理することにしたが、店の前の駐車場の被害には手をつけることはできなていない。それでも3月には営業を再開したいという。

「店も心配だけど、知っているだけで3世帯がここで暮らすのを諦めたのか、引っ越してしまった。地区のこれからが心配」

通っていた病院も被害を受けた。今は外科の診療はやめて、かかりつけの患者に処方箋を出している。移転の噂も出る中で、不安が募っているという。(病院に取材したところ、今後のことは特に決まっていないとのこと)

「忘れられた被災地」の支援格差

能登の被害は甚大だし、支援の手を差し伸べなくてはらなないのは間違いない。

しかしその一方で、液状化による「遠目で見ると分からないけれど深刻な災害」は、忘れられているかのように全国メディアではその詳細は報じられていない。

国の支援にも明確な線引きがなされている。地元の新潟日報は、「高齢者世帯や障害者のいる世帯に最大300万円を上乗せ支給」する支援から新潟県が外れたことに対し、問題だと主張する報道を続けている。

災害が大きく、地域が広いほど本当は手厚い支援が必要なのに「忘れられた」かのような現場が出てしまう。過去の災害でも何度も起きてきたことが、繰り返されようとしている。

次回は液状化した土砂の量ではより大きな被害が出た、新潟市西区の善久地区の現場の様子を伝えます。