記者出身者の3つの強みはコレだ!ヒューマン・ライツ・ウォッチ笠井哲平さんが考えるキャリアの活かし方「メディア×人権で社会を変える」
メディア出身で職種を変えても活躍している人たちがいます。彼ら彼女は記者や編集者として培った技術や知識をどう活かしているのでしょうか。
メディア出身者のキャリアについて考える企画「私のメディア転職」。この連載では、まず業界や職種を変えた「越境型パーソン」を取り上げます。
第1回目は国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」で働く笠井哲平さん(33)。笠井さんがジャーナリストを志した理由やロイター通信での働き方について振り返った前編に続き、後編ではHRWへの転職を決めた理由や記者時代に培ったスキルの活かし方、転職のための具体的な準備方法、人権領域で働きたい人向けのアドバイスについて伺います。
1人で進めることが多い記者の仕事は「独りよがり」だと捉えられがち。しかし、外資系を渡り歩いてきた笠井さんは、この「1人で仕事を進めることができる力こそ重要だ」と言い切ります。その理由とは──。
聞き手 韓光勲
芽生え始めた葛藤
──2014年から2018年までロイター通信記者として働いた後、HRWへ転職した理由を教えてください。
笠井:
そもそも記者になったのは「社会的に脆弱な人の事情を世の中に伝えたい」「権力を監視して伝えるべき問題を発信したい」という思いからでした。この2つはジャーナリズムの使命だと思っていて、ロイター通信でもそこに資する仕事が自分なりにできたと考えています。
一方で、私の中である種の葛藤が芽生え始めていました。通信社であるロイターには世界各国のニュース媒体から映像の提供依頼があるのですが、そこで「上野動物園で新しいパンダが生まれました」などといったソフトな話題を求められることが増えていったのです。
当時はソーシャルメディア(SNS)でのニュース消費が急増していた時期で、日本の支社ではシリアスな内容よりもソフトなニュースへの需要が高かった。通信社としては加盟社からの期待に応える必要があります。そのためソフトな話題の取材の比重が次第に大きくなっていました。
もちろん、こういったニュースに価値がないというわけではありません。ただ、自分がジャーナリストを志した理由とは違っていた。「こういう仕事がしたかったのだろうか」と葛藤を持ち始めていました。
そんな頃、イスラエル・パレスチナ情勢についての本を読み、HRWのレポートが多く引用されていることに気付きました。欧米でイスラエル批判はある種タブーになっている中、HRWはイスラエルによる人権侵害を鋭く批判していた。そこからHRWについて調べ始めました。欧米でイスラエルを批判すると反ユダヤ主義に見られる傾向がありますが、そんなことは恐れずにイスラエル政府の政策とイスラエル軍の行動についてファクトベースで情報発信し、人権侵害を批判していました。その勇気やHRWの活動に強く感銘を受けました。「自分もこういう仕事がしたい」と思って応募を決めました。
2度目の転職にためらいも「やりたいことを」
──笠井さんはアメリカに長く住み、日本よりも転職が一般的な環境で育ったと思います。ロイター通信からの転職に抵抗はありませんでしたか。
笠井:
いえ、そういうわけではありません。正直、20代で2度目の転職ということで、ためらいがありました。新卒で入ったグーグルにいたのは9ヶ月でしたし、ロイター通信にも4年しかいなかった。「コツコツやれない人」と思われるかもしれないという不安があったのです。
収入に関しても、ロイター通信では右肩上がりでしたが、HRWに転職すると1~2割程度給与が減ることが確実でした。ただ、人権活動をやる人がずば抜けた収入を求めることには違和感がありますし、国際NGOでも普通に生活するには十分な給与を頂いています。
転職というと、一般的には収入や肩書きが上がることを求めると思うのですが、私は自分のやりたいことに注力しようと転職を決意しました。
日本は「偏差値の高い大学に入って、良い企業に就職して、結婚して、家庭を持って……」というような価値観を是とする傾向や同調圧力が強い社会だと思います。そういう生き方を否定するわけではないですが、誰もがその価値観に従う必要は無いでしょう。むしろ、私の中ではそこに抗いたいというか、「抗うからこそ見える景色」が絶対にあると考えています。
ファクトで人権侵害を批判するHRWの調査術
──HRWでの現在の仕事内容を教えてください。
笠井:
HRWは人権保護活動に資する分野に焦点を当てながら活動しています。環境問題や難民、ビジネス、子どもや女性の権利、報道の自由など対象とする分野は多岐にわたります。その中で私のミッションは、アジア局プログラムオフィサーとして、アジア各国の人権問題を調査し、問題の改善に向けた政策提言をすることです。
直近では、2024年10月に「日本:中国当局が海外にいる政権批判者に対して嫌がらせ」と題した調査レポートを発表しました。
日本国内の問題としては「『人として扱われていない』──日本の女性受刑者に対する人権侵害」という報告書を出しました。元受刑者や刑事政策の専門家など70人にインタビューし、女性受刑者の収監後の処遇に関する状況を調査しました。
調査項目の1つは出産時の手錠の使用に関するものでした。日本では2014年、上川陽子・法務大臣(当時)が出産時の手錠の使用を事実上禁止する通知を発出していますが、本当に変わったのかを調べたいと思いました。
結果、ある元女性受刑者らから通知発出後も「出産時に手錠が使用されている」という証言を得ました。そこで法務省に面会し、事実確認を求めました。法務省は2024年2月の国会で、2014年から2022年の間に6件の通知違反があったと認めました。さらに2024年3月、HRWが提言した国際基準に沿って、通知の対象を拡大させました。