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基地汚染の度に「通報遅れ」が繰り返される理由とは…日米協定に仕込まれた、基地に立ち入り調査させない「抜け道」

米軍が初めて横田基地外へのPFAS漏出を認めたのは10月3日。大量のPFAS汚染水が貯水池からあふれ、雨水溝から基地外へ流れ出たとされる日から34日後のことだった。

再三、指摘されてきた「通報の遅れ」がなぜ、繰り返されるのか。

基地による汚染が起きたときの対応について定めているのが、日米地位協定のもとに2015年に結ばれた環境補足協定だ。日本側の基地への立ち入りについて初めて、法的拘束力のある約束が結ばれたとして、当時の岸田文雄外相は「歴史的意義がある」と胸を張った。

だが、これまで基地内への立ち入り調査が実現したのは4回にすぎない。沖縄の普天間基地(海兵隊)と油貯蔵施設(陸軍)、神奈川の横須賀基地と厚木基地(いずれも海軍)だ。

協定の「現に(汚染が)発生している場合」が抜け道に

その理由は協定に仕込まれたカラクリにある。第4条は次のように定めている。

<環境に影響を及ぼす事故(漏出)が現に発生した場合(略)日本の当局が施設・区域へ適切に立ち入ることができるよう、日米合同委員会は手続きを作成・維持する>

日本側が基地内への立ち入りを求められるのは、汚染が「現に発生している場合」に限られているのだ。

日米環境補足協定では、過去の汚染の責任を問うことはできない。

「現に発生している」とは、2020年に普天間基地から漏れた綿菓子のような泡消火剤の白い泡がフェンスの外に舞い、路上に漂ったように、誰の目にも明らかなケースと言える。隠しようがないため、調査からは逃れられない。

だが、基地内で泡消火剤が漏出した場合、フェンスの外からはうかがいしれない。時間がたってから通報すれば、「現に発生している場合」に当てはまらなくなり、立ち入り調査の対象とはならないのだ。いわば、環境補足協定の「抜け道」と言える。

このため、現在の協定では「現在進行形の汚染」にしか対応できず、「過去の汚染」について日本側は問うことができない。そうした状況のもとで、通報遅れが繰り返されているのだ。

通報遅れの理由、米軍は不可解な説明

米軍は10月16日、横田基地からの漏出について通報が遅れた理由を、東京都と周辺の5市1町に対して、次のように説明した。

<通報までに時間を要した理由は、8月30日、基地の土木工事部隊が消火訓練エリアから水が溢れ出しているのを確認した後、流出した水の流れを追うために、現地調査を開始したこと。また、この調査はマンホールの位置から地下の排水管を手作業で確認することを含む複雑なものであり、現在も継続中であるが、溢れ出た水が横田飛行場外にまで至った可能性が高いと判断された時点で、米側は日本側に通報したためである>

米軍から自治体への説明

戦場では一瞬の判断が生死を分ける。そのための訓練を重ねている軍隊が、みずからの基地内の排水管から汚染水が漏れ出るのを確認するのに1カ月あまりを要したというのだ。不思議なのは、大量の汚染水が豪雨によって基地の外に押し流されていったことを、1カ月後にどうやって確かめることができたのだろう。

そう考えると、前回書いたように、米軍は「9月末まで」とされていたPFOSを含む泡消火剤の廃棄期限に合わせて汚染水を処分し、「通報遅れ」を装った可能性も否定できない。

汚染の実態を解明する方法はある!

いずれにしても、基地に張り巡らされたフェンスの内側に立ち入るには厚い壁が立ちはだかる。ただ、米側の強い抵抗が予想される日米地位協定や環境補足協定の改定を待たずとも、汚染実態の解明につなげる道がないわけではない。

ひとつは、アメリカがみずから設けたルールを守らせることだ。「米国外における環境汚染の改善」について定めた米国防総省の訓令4715.08号は、

  • 受け入れ国(日本)に米側が協力する

  • 米側が原因物質の除去などをする

などと定めている。しかも、「汚染が米軍に起因するかどうか明確でない場合も対象」とされている。

ただ、汚染の除去はおろか、過去の漏出の責任さえ米軍に認めさせられていないことを考えると、外務省や防衛省が正面切って交渉の切り札に使っているとは思えない。

「流出した疑いのある場所」を示した横田基地の地図

それでも、もう一つ可能性がある。水質汚濁防止法を使うことだ、と政府関係者は言う。

環境省は2年前、国内で泡消火剤の漏出事故が続いたことを受けて、PFOSとPFOAを同法の指定物質に加え、工場などから漏出した場合は都道府県知事に届け出ることを義務づけた。そのうえで、都道府県知事は状況確認などのために立ち入りを求めることもできるようになった。また、消防施設にも同じように対処するよう求めている。

日米地位協定16条に、米軍は「日本の法令を尊重する」と書かれていることを考えれば、水質汚濁防止法を盾に迫れるのではないか、というのだ。

しかも、米軍はアメリカ本土では、汚染の調査や浄化を義務づけたスーパーファンド法にもとづいて、基地やその周辺の汚染除去にすでに取り組んでいる。

手段はあっても政治が本気で動かなければ……

日本側が米軍基地の内側へ入れないのは、外務省・防衛省だけでなく、政治家が本気で動こうとしないからだろう。

「横田基地からのPFAS漏出」の一報を受けた翌日、東京都は周辺自治体とともに、詳細な情報の提供や公共用水域での調査と結果の公表などを防衛省に口頭で求めた。関係者によると、米軍が初めて漏出を認めただけに、周辺自治体側からは「口頭要請」ではなく、正式に「文書要請」すべきとの声が上がったものの退けられたという。

記者会見に臨んだ小池百合子都知事は、
「国の責任における調査のほか、必要に応じた立入調査への要請を行っております」
と答え、これまで通り国にボールを預けてみせた。

口頭要請を受けて、防衛省は「米軍施設・区域への立入りを含む今後の対応について、地元の皆様とよく相談してまいります」としている。

防衛省が基地周辺の自治体に伝えた「追加情報」には「流出した水は回収されなかった」と記されている。

日米のダブルスタンダードを許し、汚染者責任の追及を阻んでいるのは誰なのか。

スローニュースでは、横田基地からPFOSを含んだ大量の汚染水が漏出したことを米軍が初めて認め、多摩川へ流出したとみられる状況について、詳しく伝えています。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com