「傍聴ブロック」スクープの背景には記者たちの「見えざる連携」があった!尾行して取材した記者の知られざるエピソード
5月23日に『裁判の「傍聴ブロック」を教育委員会が組織的にやっていた!わいせつ教員事件裁判の裏で行われた工作を暴いた執念の取材』というタイトルの記事を配信しました。
しかしその後、指摘を受けて調べたところ、東京新聞ではなく、共同通信のスクープであることがわかりました。ただ、それでも東京新聞の記者の取材はその価値が決して色あせるようなものではなく、熱意と執念で取材した記者たちの「見えざる連携」ともいうべき素晴らしいエピソードが背景にあったことが分かりました。
当時、共同通信の横浜支局で取材にあたった團奏帆(だん・かなほ)記者と、三吉聖悟(みよし・しょうご)デスクがインタビューに応じてくださったので、単に訂正するのではなく、改めて記事を書き直しました。
スローニュース 熊田安伸
きっかけは「公表されていない教員の性犯罪」の情報
このスクープは、「横浜地裁で審理された教員による複数の性犯罪事件の公判で、横浜市教育委員会が多数の職員を動員し、第三者が傍聴できない事態が相次いでいた」というものです。
共同通信の記事をサイド記事も含めて丁寧に載せていたのが信濃毎日新聞だったので、以下にリンクを張っておきます。(信濃毎日新聞は社説まで書いて熱心に報じています)
團記者によると、取材のきっかけは「いま公表されていない教員による児童への性犯罪事件の裁判が始まっている」という情報がもたらされたことでした。
傍聴に行ってみると、なぜか法廷は満席。別の日に開かれた同じく教員の性犯罪事件の公判でも同様のことが相次ぎ、これはおかしいと感じて三吉デスクに相談したのが3月のことだったといいます。
「まず一つめは、誰が動員をかけているかを明確にしなくてはいけない。動員をしていたことの裏が取れたとしてもその目的が何なのかが取材の焦点になると感じました」(團記者)
傍聴していた人に話を聞くと、言葉少なだったり、うつむきがちだったりで、埒があきません。
「目立たないようにするためバラバラに行くことになっているはずなのに、裁判所の中に入ると並んでしまっている。同じ職場の人もいるはずなのに、目配せも会話もしないのは、なんとなく後ろめたさがあるんじゃないかなと」(三吉デスク)
そこでまず、傍聴していた人を尾行してみることにしたといいます。
尾行して向かった先には、なんと…
4月のある公判の閉廷後に、尾行を開始。ただ、何度も傍聴に来ている團記者が尾行をすると警戒されるおそれがあるので、別の記者にお願いしたといいます。
法廷から出た人を記者が追跡すると、向かった先には横浜市南部学校教育事務所が入るビルがあり、その中に入っていきました。これで動員がかかっていることはほぼ間違いないと確信できました。
実は尾行での追跡中、ある人物の姿が記者の目にとまりました。
それが、同じく横浜で裁判を取材している東京新聞の森田真奈子記者だったのです。
「あ、森田さんも尾行している、って気づいたそうです。向こうも、あ、共同さんいるねという表情だったとか」
尾行していたのはそれぞれ別の人物だったのですが、結局、終着点も同じだったようです。森田記者の取材の経緯については、以下のリンクの記事に詳しく書かれていて、まさしく團記者と同じような経緯をたどっていたことがわかります。
どうやって詰めたのか、道を分けた二つの選択
動員はほぼ間違いない。しかし、どういう目的で動員をかけているのかが分からなければ、記事は出せません。市教委の関係者に取材しようとしても、これまで横浜市政や教育関係者を取材した経験がない團記者には人脈もなく、なかなかうまい手が見つかりません。
そこで考えたのが、正面から聞く手です。
「なぜ市教委がそういうことをしたのかは、市教委に聞くしかありません。責めるようなトーンではなく、市教委としてのお考えを聞きたいと、質問状を送ることにしました。この時点で、市教委が動員をかけていたとみられる裁判は全てトレースできていて、それを指摘できたのも大きかったと思います」(團記者)
團記者は、この事件の前から匿名で審理されている事案や性犯罪の事案についてはきめ細かく傍聴し、難しい場合でも判決の内容は確認していたといいます。疑問を抱いた3月以降は、時間が許す限り傍聴をしていました。市教委に質問状を送ったのは、5月7日のことでした。
一方、東京新聞の森田記者は尾行のあと、すぐに市教委に対し地裁への職員の出張記録や具体的な指示が分かる文書の開示を求めたということです。しかしなかなか開示の通知はなく、5月15日に「期間内の開示決定が困難」と延長の連絡がきたといいます。(上記リンクの記事内容より)
「私たちも情報公開も手かなと思ったんですけど、公判が続いている間にかたをつけたいと思ったんです」(三吉デスク)
社を超えた取材現場の「見えない連携」
その後、共同通信には口頭での説明を経て、5月17日に正式な回答がありました。「不特定多数が傍聴すると被害児童・生徒が特定される恐れがある」として職員を傍聴に動員していた事例があったと認めたうえで、「今後はしない」という内容でした。
出稿を検討していたところ、5月21日の昼ごろ、團記者に市教委から突然の電話が入りました。午後2時半から記者会見を開くというのです。
「会見のお知らせは全社に出ますが、事前に発表することになったという連絡はこちらにだけだったのではないかと思います。というのも、やりとりをしていた教職員人事課長になぜ発表になったかと尋ねたところ、共同通信から質問状が届いて以降、内部で対応の適切性について検討を進めてきたと。その結果として発表することになったという回答だったのです」
すぐさま、用意していた原稿をスクープとして配信したといいます。そして記者会見後、多くのメディアがこの問題を取り上げました。
こうした経緯で発信されたスクープでしたが、お二人は実現できたのは紙一重の差で、他のメディアとの「見えない連携」があったからこそだと強調します。
「東京新聞さんが情報公開請求をしたことをはじめ、マスコミに狙われているというのを市教委は意識し、もはや逃れられない、ならば自発的に発表したほうがいいだろうと思ったのではないでしょうか」(三吉デスク)
「異様な行列を見ておかしいなと思っても、1人で取材を続けるのは結構難しいことです。社内の協力もありましたが、他社の記者たちも同じ問題意識を持ってこの行列を見ているんだなと感じることができたのは、取材をするうえで心強かったです」(團記者)
今回は共同通信のスクープという形になりましたが、熱心に取材していた他社の記者たちの営為も決して無駄ではなく、大きな意味を持っていたということではないでしょうか。発信の時間差があったとしても、どの記事にも価値はあります。
そしてこれも一つの、メディアどうしのコラボレーションですよね。