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工場の汚染水は「垂れ流し同然」だった…排出削減は成功したのか【スクープ連載『デュポン・ファイル』第4回】

国際機関から発がん性を指摘されている有機フッ素化合物の「PFOA(ピーフォア)」。三井・デュポンフロロケミカルの清水工場(静岡市)で半世紀以上にわたって使われ、工場の内外を汚染していた。その工場内の極秘データが収められた「デュポン・ファイル」を入手。5万ファイルに及ぶ膨大な資料を紐解きながら、「地下水汚染」「排水汚染」「大気汚染」「体内汚染(従業員)」の実態を4週にわたって描く調査報道シリーズの連載第4回。

地下水の汚染源をたどっていくと、フッ素樹脂の製造工程で規格外となった廃棄物が地中に捨てられ、深刻な地下水汚染を招いていた可能性が浮かび上がった。さらに周辺の魚から高濃度のPFOAが検出されていたこともわかった。果たして汚染水はどのように排出されていたのか。第2週は「排水汚染」の実態を追う。

フリーランス 諸永裕司


工場の排水が一般の排水溝に

汚されていたのは、清水工場の下を流れる地下水だけではなかった。

たとえば、「デュポン・ファイル」には、「清水工場エミッションの影響調査」と題された記録(2006年)がある。フッ素樹脂の製造工程で使われたPFOA(通称C-8)に汚染された水の濃度について、清水工場から場外へ排水される放流口など3カ所の測定結果が記されたものだ。(注:エミッションは放出物という意味)

その結果をみた担当者が、こんな評価をしている。

専門的に書かれているのでかみくだくと、こういう意味だ。

公共排水溝、つまり工場の敷地外にある一般の排水溝での汚染濃度が、工場から放流した時の水の濃度とほぼ同じだった。だから、MDF(三井・デュポンフロロケミカルの会社名の略)の排水が敷地外の排水溝にそのまま流れていると考えられる、ということだ。

この測定は、新たに行われた汚染除去対策によってC-8の濃度が落ちているかを確認するもので、「デュポンの定めたガイドラインに比べて十分低い」としている。しかしそのガイドラインとはどんなものか。そしてそれまでにどれほどの濃度の排水が流されていたのかは明らかにされていない。

そこで今週のシリーズでは、
「工場の排水基準はどう決まったのか」
「汚染水の管理はどのようになされていたのか」
「PFOA除去は十分に行われていたのか」

この3つのポイントを解明するため、「デュポン・ファイル」を読み解く。

マスコミ報道に敏感になっていたデュポン

こうした排水汚染の対策を急いだ背景事情を記した記録も、「デュポン・ファイル」には収められている。

「マスコミ報道と衛生学レポート」というフォルダがある。この中身を見ると、フッ素化合物の危険性についてのメディアの報道ぶりに敏感になっていた様子がうかがえる。

保存されていたファイルにはこんなものがある。

「分解しづらいフッ素化合物 体内・環境に蓄積確認」

朝日新聞(2002年12月31日付・大阪本社版)の1面トップ記事の切り抜きだ。pdfファイルで収められていた。

約40年間、無規制のまま身近な製品に使われてきた難分解性の有機フッ素化合物が、国内で人体や閑居に蓄積していることが複数の研究機関の測定で分かった。政府は今月、この化合物を生産・輸入量の届け出が必要な「指定化学物質」にした。(略)健康への影響はよく分かっていないが、大半を製造してきた米スリーエム社(3M)は特殊用途をのぞいて自主的に生産を打ち切った。

デュポンと同じ大手化学メーカーで、ライバルでもある3M(スリーエム)の製品について報じたものだ。3Mは2年前の2000年に、有機フッ素化合物のひとつであるPFOSの製造から撤退すると宣言していた。その余波が、日本にも及んだのだ。

PFOSは当時、「スコッチガード」の商品名で知られる防水スプレーなどに使われていた。(現在の同名の商品には使われていない)

3M社(米ミネソタ州)

そしてデュポンについての記事も収められていた。約1年半後、2004年の記事だ。

「テフロン『製造時、有害物質』 米環境保護局 未報告に処分検討(毎日新聞2004年7月9日付夕刊)

主力製品であるフッ素樹脂「テフロン」の製造に使っていたPFOAが健康上の問題を引き起こす深刻なリスクがあることを知りながら、デュポンが20年以上、報告を怠っていたとして、米環境保護庁(EPA)が罰金などの行政処分を検討している、と報じられたのだ。

この報道の3日後、清水工場の工場長とみられる人物が、親会社であるデュポン会長のメッセージを幹部たちに伝えていた。「PFOAに関する新聞報道」と題されたメールだ。

EPAが問題としているのは、報告義務についてであり、PFOAやPFOAを使用された製品の安全性を問うものではありません。PFOAの安全性については、50年に亘る経験と研究によって、人間と環境に悪影響を及ぼすものでは無いとデュポンは信じています。

社員の動揺を抑えるためか、問われたのは報告を怠ったことであり、製品の安全性でも健康への影響でもない、と強調するものだった。しかし、情報提供すべきと指摘された、肝心の内容については触れていない。

実は、社内の研究所による動物実験で、1981年にはラットに先天性異常が起きることが確認されていた。その後も、危険性を裏づける結果がいくつも出ていた。(ロバート・ビロット『毒の水』より)

それでも、さすがに無害と言い切ることはできなかったのだろう。人間と環境に対して悪影響を及ぼすものではないと「信じています」と書いている。「科学の奇跡」を掲げる巨大化学メーカーが根拠も示さず、科学とはかけ離れた表現を使わざるをえなかったのは、それほどまでに追い込まれていた、と読むこともできる。

この会長メッセージから2年後の2006年、世界の主要化学メーカー8社は「PFOAを2015年までに全廃する」ことで正式に合意する。EPAの主導のもと、業界として撤退を決めたのだ。もちろん、3Mもデュポンも加わり、日本からは三井・デュポンフロロケミカル、ダイキン工業、旭硝子(現AGC)の3社が名を連ねた。

排出削減は「回収」を重視、かつては「垂れ流し」

ただ、デュポンはそれよりも早く「PFOA排出削減プログラム」を打ち出していた。

清水工場でも環境汚染防止のための本格的な取り組みが始まった。その概要を記した資料群のなかに、「マテリアルバランス」と呼ばれる分析があった。C-8が最終的にどのような形で扱われたかを示したものだ。

「C-8_Balance_Fore_7」より

そこには、2002年から2004年までの実績値と、それ以降、使用を全廃するとした2014年までの推計値が示されていた。

「全廃する」という計画でありながら「推定使用量」はゼロにはなっておらず、削減が簡単ではない状況がにじみ出ている。

数字を比較すると、圧倒的に「回収」が多いことが見て取れる。2003年以降は60%以上を回収で処理する計画だ。回収とは、フッ素樹脂を製造する過程で使った排水を専用の設備に送ってC-8だけを取り出し、その後、再利用することを意味している。

環境対策にたずさわった経験のある元従業員はこう話す。

「回収して再利用できる量が増えればコストを抑えられ、利益に直結する。それだけに、いかに回収率を上げるかに腐心していました。また、製造工程で使われた廃液やC-8を取り除くために使った活性炭などは業者に委託して焼却などの処分してもらっていました」

「ポリマー排水処理設備概略フロー」より

環境対策の主な目的は「一般環境への排出」(排水)と「大気への放出」(排気)を減らすこととされ、確かにその二つはゼロに近づけていく計画にはなっている。

だが、かつては桁違いに多かった、と元従業員はいう。

「規制がなかったこともあり、以前は事実上、垂れ流していたようなものです」

元従業員の証言を裏づけるように、2002年のデータでは「排水」と「大気」を合わせると33.5%を占めている。

PFOA処理に関する写真も多数「ディポン・ファイル」には含まれている

その結果、静岡市の調査で明らかになったように、20年あまりが過ぎたいまもなお工場周辺だけでなく、広い範囲で地下水から高濃度のPFOAが検出されているのだろう。

その後、排出削減は進んだのだろうか。「デュポン・ファイル」には、担当者たちの悪戦苦闘ぶりが記録されていた。

(続く)

会社は2000年代に入ってようやく対策を本格化していく。「排水」の管理基準はどのように決められていったのか。スローニュースではその経緯を極秘資料から検証している。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
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