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「ケタ外れに高い値」の汚染水を流した排出基準はどう決められたのか【スクープ連載『デュポン・ファイル』第5回】

国際機関から発がん性を指摘されている有機フッ素化合物、「PFOA(ピーフォア)」。三井・デュポンフロロケミカルの清水工場(静岡市)で半世紀以上にわたって使われ、工場の内外を汚染していた。その工場内の極秘データが収められた「デュポン・ファイル」を入手。5万ファイルに及ぶ膨大な資料を紐解きながら、「地下水汚染」「排水汚染」「大気汚染」「体内汚染(従業員)」の実態を4週にわたって描く調査報道シリーズの連載第5回。

地下水は高濃度で汚染され、工場周辺の魚も1983年には汚染が発覚。会社は2000年代に入ってようやく対策を本格化していく。「排水」の管理基準はどのように決められていったのか。今回はその経緯を極秘資料から検証する。

フリーランス 諸永裕司


汚染水の排出対策が「順調」は本当なのか

デュポン本社の方針に基づく「排出削減プログラム」が始まり、清水工場の関係者は工場外への汚染に神経を尖らせるようになっていた。

「C-8」はPFOAの工場内での通称だ。濃度の上昇や漏洩が発生し、管理の強化が求められていた。

連載の第2回で紹介したように、2004年作成の資料「Analytical Results Shizuoka, Japan C8 Sampling」には、こう記されている。

「末端排水」とは、工場から外に出る放流口の手前で集められた工場内のすべての排水を指す。下の地図で、製造プラントから出た「C-8  Contain drainage(C-8を含んだ排水)」を示すピンクと、「Waste fluid ditch(一般排水)」の青色の太い線が合流している地点にあたる。

末端排水の濃度は2004年に3660ppb。一般に使われるナノグラムに置き換えると3,660,000ng/l。現在の国の指針値に照らすと、7万7000倍を超えていた。

工場の末端排水が外部に出てくる放流口。後方に工場のフェンスと樹木がみえる。

さらに、その後の濃度の推移を追っていくと、「場外排水・場内井戸水調査結果」と題された2006年のメールなどで報告されていた。

2004年の3660ppbから2年後に94ppbと、濃度が二桁下がったことを指して、「活性炭吸着設備によるエミッション(注:排出)対策が順調であることを示している」と別の資料でも評価していた。 

さきのメールにもこう書かれている。

ただ、94ppbを、ナノグラムに換算すると94,000ng/l。低くなったといっても、現在の指針値の1880倍にあたる。それだけの濃度の排水が「対策済み」として工場の放流口から出て、外部の水路へと流れていたのだ。

この数値を「低い」とするデュポンの「ガイドライン」はどのようなものだったのか。具体的な数値はこのメールには見当たらない。そこで、清水工場がどのような基準で水質を管理しようとしていたのかを探った。

水質管理の基準はどう決められたのか

「デュポン・ファイル」をたどっていくと、清水工場の「水質管理規程」が見つかった。

2001年5月に改訂されたもので、「人の健康に係る被害を生ずるおそれがある物質」や「生活環境に係る被害を生ずるおそれがある物質」を対象としている。だが、「PFOA」あるいは「C-8」は自主管理の項目にも載っていない。この時点で、管理が必要な物質とは見なされていなかったことがわかる。

(画像の一部を加工しています)

末端排水は元従業員の証言にもあったように、「事実上の垂れ流し」にされていたのだろうか。

環境対策を担う部門などで交わされた膨大なメールなどを読んでいくと、基準に関わる数値が少なくとも3度登場する。

ここから先は会員限定です。結局、高い濃度のまま流されることになったPFAS汚染水。どのように管理基準が決められていったのかを極秘資料で追います。

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