【諸永裕司のPFASウオッチ】なぜPFAS分析検査は1人に集中するのか…「断らない男」原田浩二・京大准教授
「永遠の化学物質」として問題になっているPFAS(有機フッ素化合物)の最新情報を、フリージャーナリストの諸永裕司さんが伝える「PFASウオッチ」第4回は、いまやあらゆるメディアで見かける研究者、京都大学の原田准教授についてです。
スヌーピーが大好き
京都大学医学部の正門脇に、ノーベル生理学医学賞を受けた本庶佑博士を顕彰する碑がある。このキャンパスに、PFAS汚染をめぐっていま引っ張りだこの研究者がいる。
原田浩二・京大准教授、44歳。
研究室は、大学院医学研究科の研究棟2階にある。スヌーピーが描かれた表札のドアを開けると、中もスヌーピーであふれていた。壁にかかった振り子時計、椅子のクッション、机の上のマグカップ、そして大きなぬいぐるみ。
「なんでと聞かれても……なんか好きなんですよね。ウッドストックも悪くないですけど」
扉でつながる実験室の手前には、マジックで場所と日付がかかれたペットボトルが数十本、ひしめき合うように並んでいる。飲み水、地下水、土、食物など、さまざまな検体が全国各地から送られてくる。
全国から依頼が殺到、でも1日に30人分しか…
なかでも、このところリクエストが多いのは血液だ。東京都・多摩地区、愛知県豊山町、岐阜県各務原市、大阪府摂津市など、依頼が絶えることはない。
「そうですね、今年に入ってからでも1000人以上の血中濃度を調べたでしょうか。スタッフの手を借りながら、いまも毎日やっています」
血液(1ミリリットル中)に含まれるPFASを調べるときに使う単位はナノグラム。1ナノグラムは、1グラムの10億分の1にあたる。逆に言えば、それほど微量でもなかなか分解されずに体の中に残り続けるため、健康への影響が指摘されている。
1検体にかかる時間は、準備に3分、分析装置にかけて50分、出てきた30種類ほどのPFASのデータを見るのに10分ほど。1人分に約1時間かかるため、機器を回し続けても1日30人に満たないという。
独自の分析方法にこだわる理由
分析に使うのは「ガスクロマトグラフィー」と呼ばれる質量分析装置。環境省が奨励し、自治体などで一般に使われる「LC/MSMS(エルシー・マス・マス)」とは異なる。
なぜ、原田准教授は独自の方法にこだわるのか。
「LC/MSMSは1億円ほどするので大学には共用のものが1台しかありませんでした。まあ、飽きるまでやるっていうのが私の性分みたいなもので、いつでも好きなだけ調べられるようにするにはどうしたらよいかを考えて、たどりついたのです」
2000万円ほどの装置と市販されている試薬を組み合わせて検査方法を確立させたのは5年前。それまでに10年ほど試行錯誤を重ねて編み出したという。
PFASは1万種類以上あるとも言われる。それぞれの物質には、木にたとえると幹にあたる「直鎖体」と、枝葉にあたる「分岐体」(異性体)がある。
「もともと微細な物質のさらに細かい枝葉まで測るには、この方法のほうが精度が高いんです。これならば、汚染の発生源をより正確に見極めることができます」
徳島県出身。京大の薬学部で学びながら、社会と接点のある環境にかかわる研究がしたいと、大学院で公環境衛生学に転進した。当時、研究室を率いていた小泉昭夫・京大名誉教授のもとでPFAS汚染に取り組みはじめて約20年。
独自の検出・分析方法を手にしたことでデータを積み重ね、大阪で、沖縄で、東京で、愛知でなど、知られざる汚染の実態を次々と明らかにしてきた。
「ここにきてようやく行政も問題に向き合うようになりましたが、それでも血液検査には後ろ向きです。私が断ったら、不安をかかえる市民は事実を知ることができなくなってしまう。データがなければ、汚染は見えないままです。だから、依頼があれば断らないことにしています」
20日夜、京都・四条河原町近くの割烹で食事をともにした。3時間ほどの会食の間、瓶ビールから、芋焼酎、そして日本酒と盃を重ねた。だが、淡々とした口ぶりも、顔色も変わらない。まるで酔った様子がない。
9時半すぎに店を出ると、「断らない男」は言った。
「まだ宿題が残っていますので」
そしてその足でまた、研究室へと戻っていった。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄の密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
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