東京・多摩地区での体内汚染の実態が明らかに~PFAS血液検査650人分を可視化した
取材・撮影 諸永裕司
くっついて分解されず、ずっと消えない。しかも、台所から宇宙までどこにでも使われ、発がん性やこどもの発達など健康への影響が指摘されている。
そんな有機フッ素化合物(総称PFAS)による体内汚染が東京・多摩地区のほぼ全域に広がっていることが、市民団体による血液検査で明らかになった。
この結果を、別のデータとクロスすることで、今回、次のようなことが初めて判明した。
住民の血液に含まれるPFAS濃度は、地下水汚染が深刻な地域で高い
飲み水に含まれるPFASの濃度が低くても、血中濃度が比較的高い地域も
飲み水以外からも体内に取り込んだ可能性がある
「想像よりはるかに複雑で深刻」と専門家が嘆く汚染の深層について、独自のデータから探り、可視化する。
「体内への蓄積が裏付けられた」
「永遠の化学物質(Forever Chemical)という名前のとおり、PFASは、すでに地下水などの汚染が明らかになっている多摩地区の人々の体の中にかなり蓄積されていることが裏づけられました。PFASは消えずに、今も体内に残っているのです」
PFAS汚染について20年前から研究している原田浩二・京大准教授(環境衛生学)はパソコンの画面に並ぶ数字を見ながら、こう続けた。
「血液検査を受けた半数以上が、アメリカで健康観察が必要とされる値を超えていたことに驚きました」
調査は、市民団体「多摩地域のPFAS汚染を明らかにする会」が昨年11月から今年3月まで26市町村の650人(世田谷区の1人含む)から血液を採り、原田准教授が、すでに製造・使用が禁止されているPFOS、PFOAに、PFHxSとPFNAを加えた4物質について調べた。
51%が「健康観察が必要」
650人の平均値は、4物質の合計で血漿1ミリリットル当たり23.4ナノグラム。環境省による全国調査(2021年度)の約2.7倍だった。
また、アメリカの学術機関「全米アカデミー」が「健康観察が必要」とする指標(PFAS7物質の合計で20ナノグラム)を335人が超えた。割合にすると51%にあたる。
東京都は、PFASの代表的な物質であるPFOSとPFOAの危険性が指摘された2000年代初めから、水道水とその水源となる地下水の濃度を測っていた。しかし、2019年に一部の浄水所で地下水からの取水を止めたときにも、みずから公表することはなかった。
その理由について、東京都は当時、「健康影響についての国際的な評価が定まらず、厚労省が水質管理の目標値も設けていなかったため」と説明する。こうして、多摩地区では住民に知らされないまま、PFASに汚染された飲み水が数十年にわたって提供されてきた。
その結果、「永遠の化学物質」はどれくらい体の中に蓄積しているのか。
調査結果を自治体別にみると、国分寺市では、94%が「健康観察が必要」とされる20ナノグラムを超えていた。84人の平均値は45.0ナノグラムと突出している。ほかにも、PFAS汚染で取水停止となった浄水施設のある立川市、国立市、府中市、小平市などで住民の血中濃度が高かった。
「国分寺の数値は、米軍基地による汚染が広がる沖縄を大きく上回っています。汚染された地下水を水道水として飲んできた影響でしょう。東京都は、汚染された水はもう使っていないから安全だと説明していますが、PFASは体の中には確かに残っているのです」(原田准教授)
血中濃度の高さは飲み水の影響なのか
どこまで水道水の影響があるのかを見極めるには、浄水施設の配水区域ごとに調べる必要がある。
今回、血液検査を主催した「明らかにする会」から、個人を特定できない形で配水区域ごとに分類したデータの提供を受け、体内汚染MAPとチャートを作成した。
「取水を止めなければならないほど飲み水や水源のPFAS濃度が高かった区域では、血中濃度も高い傾向が見られます。ただ、血中濃度が高いからといって必ずしも飲み水の濃度が高いとは限らないことも見えてきました」(原田准教授)
たとえば血中濃度がもっとも高かった国分寺北町配水所では、飲み水の濃度は2019年度までの9年間の平均で43ナノグラムと、水質の目標値を下回っていた。一方、水源を100%地下水に頼り、同じ期間に水質目標値の2倍から3倍近い値(101〜141ナノグラム)で推移していた東恋ヶ窪配水所の配水区域では、国分寺北町配水所よりわずかだが血中濃度は低かった。
また、5人以上のデータがそろう33配水区域のうち、血中濃度が28.2ナノグラムと6番目に高かった武蔵野市の第二浄水場でも、飲み水の濃度は目標値の半分を下回っている。
こうした結果をどう見るのか。原田准教授は言葉を選んだ。
「農作物など、飲み水以外から体に取り込んでいるのか、公表されている浄水の数値が実態を正確に表していないのか。いずれかということになるでしょうが、現時点ではわかりません」
米軍・横田基地の西側でも血中濃度が高い
さらに、もう一つの疑問が浮かび上がった。
多摩地区では、地下水はおおまかには西から東、あるいは南南東などへ流れており、取水を止めた12カ所の浄水施設はいずれも、米軍・横田基地の東側にある。
横田基地では、2012年にPFASを含んだ泡消火剤が大量に漏出する事故が起きただけでなく、泡消火剤を使った訓練を2016年まで行っていた、とされる。基地による汚染を監視する東京都のモニタリング井戸では、少なくとも2008年以降、地下水からきわめて高い濃度のPFOS・PFOAが検出されている。米軍が公表している基地内の井戸から汲んだ飲み水の数値を含め、横田基地が汚染源であることは客観的なデータでも裏づけられている。
ところが、血中濃度の分布からは、横田基地を汚染源とするだけではとらえきれない実態が見えてきた。基地の西側にある、あきる野市の戸倉浄水所で30.2ナノグラム、上代継給水所では19.5ナノグラム、さらに基地の南にある昭島市の東部・中央配水場では19.0ナノグラムなど、血中濃度が高い区域がある。いずれも飲み水の濃度は検出下限値以下か一桁と、きわめて低い。
調査は全体の平均年齢が66歳と高く、体内汚染MAPの対象は自治体別で10人以上、配水区域別では5人以上と、サンプルは逆に少ない。とはいえ、調査結果は多摩地区の汚染状況を映したものになっていると、原田准教授はいう。そのうえで、こう話した。
「汚染源が別にある可能性は否定できないが、摂取経路を含めて現時点ではわからない」
「継続的な検査と汚染源の特定を」
650人分の解析を振り返って、原田准教授は次の3点を指摘する。
まず、行政による血液検査の重要性だ。
「PFASは体内で半分になるまでの半減期が4、5年なので、汚れた水を止めたからといって、体内からすぐに消えるわけではありません。それがデータで明らかになった以上、東京都のように『安心』とは言い切れない。今後、多摩地区で血液検査を継続的に行い、血中濃度が下がっていくのかどうか、取水停止の効果を見極めるべきでしょう。血中濃度の変化をみるのであれば、血中濃度を評価する基準が日本にないことは検査をしない理由にはならないはずです」
つづいて、健康観察の重要性だ。
「国分寺をはじめ日本でもっとも汚染がひどい地域であることがわかった以上、東京都や多摩地区の自治体は、住民の健康状態を継続的にみていく体勢をつくることが重要でしょう。それが、汚れていると知りながら長年、水を飲ませてきた行政の責任ではないでしょうか」
そして、汚染源の調査だ。
現在、多摩地区で取水を止めている12ヶ所の浄水施設では、水源として使ってきた地下水の汚染は消えていない。一部ではいまも、目標値の10倍を超えている。体の中だけでなく、地下水の中でもPFASはなかなか消えないのだ。
それだけに、こうした汚染を引き起こした原因を特定することこそが必要だと、原田准教授は指摘する。
「米軍・横田基地に限らず、工場などほかの汚染源もあるかもしれません。地下水だけでなくPFASの利用状況なども調ベて汚染源を特定し、浄化を求めるのもまた、汚染を見過ごしてきた行政が取り組むべきことでしょう」
「飲み水の影響が一部で推認された一方、一部では相容れない数字も出ました。それだけ実態は複雑だということです。それが明らかになったことに意義があったと思います。同時に、腰を据えて取り組んでいかなければならない長期的な課題であるという思いを強くしています。国や東京都や自治体も本気で向き合ってほしいですね」
現在配信中の「スローニュース」では、多摩地区にある大学や学校で、PFASを含んだ専用水道の地下水が学食などで長年使われてきた実態と、各校が対応に追われている現状を独自の調査で明らかにしている。
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【用語解説】
「PFAS」
5千種類とも言われる有機フッ素化合物の総称。水をはじき油もはじく特性から、フライパンや炊飯器、レインコートや防水スプレー、キャンプ用品といった生活用品をはじめ、多彩な用途に使われてきた。自動車部品や半導体の製造工程のほか、基地や飛行場の消火訓練用の泡消火剤にも含まれている。
健康影響は、胎児の低体重出生やこどもの発達に影響をもたらすほか、腎臓がんや精巣がん、コレステロール値の高い脂質異常などが明らかにされつつある。
国内では、PFOSが2010年に製造・使用が禁止され、PFOAは15年以降、製造・使用されておらず、PFHxSも近く製造・使用禁止となる見込み。
米環境保護庁(EPA)は、飲み水の基準を現在の勧告値(1リットルあたりPFOSとPFOAの合計で70ナノグラム)を見直し、強制力のある規制値とする方針を示している。検討されている案はPFOS、PFOAそれぞれ4ナノグラム。2023年中に決めるという。
日本では、米勧告値をもとに目標値50ナノグラムとしているが、厚労省が現在、見直しを含めて検討している。なお、日本には血中濃度や土壌、食品については指標がない。
取材・撮影 諸永裕司
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄の密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。