【内部文書入手】7万人市民の飲み水を汚した「犯人」は誰か?航空自衛隊が封印した「岐阜基地のPFAS汚染」
フリーランス 諸永裕司
岐阜県各務原市で、飲み水に発がん性が指摘される有機フッ素化合物のPFOS・PFOAが高濃度で含まれていたことが昨年、明らかになった。
市民から不安の声が上がるなか、汚染源と疑われる航空自衛隊・岐阜基地で、基地内の井戸水から目標値を超えるPFASが検出されていたことが、独自に入手した内部資料から新たに判明した。
一般には公表されておらず、求められている厚生労働省への報告も行われていなかった。
7万人が汚染された水を飲んでいた各務原市
編隊を組んだ6機のブルーインパルスが空を駆け、機体から吐きだされた煙がゆるやかな航跡を描く。横向き、宙返り、急上昇、急降下……。
秋の航空祭に10万人以上が集まる航空自衛隊の岐阜基地。その所在地が岐阜県各務原市だ。
初めて明らかになった基地内での汚染に触れる前に、各務原市での水質汚染について説明しておこう。
昨年7月、飲み水に高濃度のPFOS・PFOAが含まれていたことを市が明らかにした。
2020年度 99 ナノグラム
2021年度 ―
2022年度 130 ナノグラム
2023年度 110ナノグラム
国が水質管理の目標値と定める「PFOSとPFOAの合計で50ナノグラム」(水1リットルあたり)の2倍〜3倍に近い高さだった。
市は過去3年にわたり、この水質調査の結果を公表していなかった。PFOSとPFOAは、数値の公表を義務づけた「水質基準項目」ではなく、その次のカテゴリーの「水質管理目標設定項目」にあたるため必要はないと判断していたという。昨年ようやく公表したのは、岐阜県からの指摘を受けたからだ。
汚れた水を飲んでいたのは、給水人口の約半数にあたる7万人。しかも、2020年に目標値が設けられる前は測定していないため、いつから、どれくらい汚染された水を飲んでいたのかもわからない。昨年12月、数値を公表していなかったなどとして市の水道部長ら7人が処分を受けた。
汚染源と疑われた自衛隊基地で、実は目標値超えの数値が検出されていた!
なぜ飲み水が汚染されていたのか。市が汚染源と疑ったのが、市内にある航空自衛隊・岐阜基地だ。
各務原市では飲み水の水源を100パーセント地下水に頼っていた。
複数の水源井戸を組み合わせて供給していたが、井戸ごとに濃度をみると最大値は550〜790ナノグラム。汚染がひどい水源井戸は、いずれも航空自衛隊・岐阜基地の西約500メートルにある。
基地には航空機事故が起きたときに使う泡消火剤があり、12の消火水槽からは最大で19000ナノグラムのPFOS・PFOAが検出されていた。地下水脈はおおむね東から西へ流れていることから、基地に疑いの目を向けられたのだ。
各務原市からの問い合わせに、基地はこう説明した。
「PFOSが規制対象となった2010年4月以降、PFOSが含まれる泡消火剤を使った訓練はしていません。また、実際の火災が起きて消火活動に使ったこともありません」
ただ、2010年より前については記録がなく、消火水槽にある高濃度の消火水を使っていないとは断言できない、と答えた。
その後の8月17日、基地の担当者から市の環境室長のもとに電話が入った。「基地独自に行った水質調査の結果をお伝えします」
1号井戸 45ナノグラム
2号井戸 86ナノグラム
いずれも専用水道と呼ばれる飲用井戸で、5カ月前の3月に測っていたものだという。
2号井戸は86ナノグラムと、目標値の50ナノグラムを超えていた。この数値を、いまだに岐阜基地も管轄する東海防衛支局も、一般には公表していない。各務原市としては把握したとはいえ、国の機関の情報を勝手に公表するわけにもいかない。
基地内の井戸で再び目標値を超えても、国への報告をせず
連絡を受けた各務原市は9月、汚染がどこまで広がっているかを確かめるため、市内全域の95カ所で水質調査を行った。基地内にある2カ所の井戸も対象になった。
その結果、1号井戸は33ナノグラム、2号井戸は38ナノグラムだった。ただ、濃度は季節によって変動し、夏場は水量が多いため低く出やすい。
11月、基地はあらためて独自に調査した。すると、2号井戸から55ナノグラムが検出され、再び目標値を超えていた。この数値も、公表はされていない。
さらに、国への報告も行われていなかった。
厚生労働省は「健康に影響を及ぼす(おそれのある)水質事故の発生」が確認された場合には、厚労省水道課あてに報告するよう通知で求めている。しかし、厚労省は「自衛隊基地内の井戸からPFASの目標値を超えたという報告は受けていない」としている。
岐阜基地を管轄する防衛省東海防衛局は、基地内の井戸で目標値を超えるPFASを検出しながら市民に公表しないばかりか、国にも報告していなかったのだ。
公表しない理由について、防衛省は「基地内にある井戸(専用水道)は隊員が飲むためのもので、市民の健康には影響しないため。目標値を超えたことは市には伝えている」と説明する。
だが、86ナノグラムという結果が市に伝えられたのは、検査から5カ月もたってからだった。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
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