小池知事が約束した「都政の透明化」はどこへ?「黒塗り」を「白塗り」に変えてごまかす「PFAS情報非公開」
フリーランス 諸永裕司
東京都知事選の告示まで2週間あまり。
立憲民主党の参院議員・蓮舫氏、広島県安芸高田市長の石丸伸二氏などが候補に名乗りをあげ、小池百合子・都知事の動向に注目が集まっている。
8年前、東京都庁を「伏魔殿」と呼んで当選した小池知事は、就任から約5カ月後の記者会見で、こう語った。
「かねてより東京大改革、その一丁目一番地には情報公開があるということを申し上げてまいりました。都政を見える化させるという点、透明化ということであります」
情報開示請求にかかる手数料を無料に、コピー代は20円から10円に引き下げると発表し、実現している。だが、請求する都民の経済的な負担が軽くなったことだけで、「見える化」が達成されるわけではない。
肝心の情報公開は進んだのだろうか。
「黒塗り」から「白塗り」へ
じつは、東京都はある「改革」に組んでいた。残念ながら、全面的に情報を明らかにする方針へと転じたわけではない。では、どうしたのか。
「黒塗り」をやめ、代わりに「白塗り」にすることにしたのだ。
非開示とする部分があまりに広いと、一面真っ黒に塗りつぶされた文書が「のり弁」と呼ばれ、情報を閉ざしているイメージを増幅させるからだろうか。
2期8年に及ぶ小池都政のいつ、どこで、この転換が行われたのか。それはどのような理由からだったのか。
東京都総務局の情報公開課にたずねると、担当者は「課長から折り返し連絡する」と答えた。だが、まもなく、課長は応対できないと前言を翻し、「業務が多く、おたずねの点について調べるのに時間がかかる」と言った。
誰が「白塗り」を指示したのか
そこで都庁内部を取材すると、昨年12月21日付で総務局通知が発出されていたことがわかった。
<公文書等の写しの交付等における不開示部分のマスキング方法について>
情報公開請求を受けた際、不開示とする部分について、原則として白色でマスキングしたうえで黒枠で囲み、内部に「不開示」と表示するよう指示している。その理由も書かれている。
<視認性の向上をはかるため>
この通知に沿った対応をしている部局の職員は、通知の背景に(白塗りに関する)知事発言があったようだ、と打ち明けた。別の職員は、こう話す。
「職員は定規で黒枠を書いたり、枠に応じた大きさの『不開示』という文字をラベルプリンターで打ち出して貼り付けたりしています。私たちは『負担だ』とは口にできませんが、作業工程が増えたのは確かです」
一方、一部の知事部局や、知事部局から独立している水道局では従来通り、黒塗りを続けている。担当職員が言う。
「もともと線で囲われた定型の書類などではとくに、通知どおりにマスキングしたら、かえって見づらくなるので、そのまま黒塗りにしています」
不開示の部分が多くなればなるほど職員の手間がかかり、受け取る方も見づらくなる。優先したのは請求者の「視認性」ではなく、小池都政のイメージではないのか。
「存在しない」と言い続けたデータが7カ月後に出てくる
というのも、もっとも肝心な情報の公開が進んでいるようには見えないからだ。少なくともPFASをめぐる請求について、東京都の対応は「閉鎖的」と言わざるをえない。
たとえば、小池都政1期目の2019年、私は多摩地区にある浄水所ごとの水質検査結果(PFOS・PFOA)を求めたところ、水道局は当初、「2011年度以降のデータしかない」と説明していた。
だが、3度目の請求の末、ようやく古いデータが存在することを認めた。最初に請求してから7カ月後のことだった。
新たに存在を認めたデータは2829件。2005年度から2010年度まで11カ所の浄水所などで調べていたのだ。それでも担当者は「参考に調べていただけなので、正式な結果ではない。だから開示する必要はないと考えていた」と言い、問題を認めようとしなかった。
しかも、本来であれば、当初の「開示決定」という行政処分を取り消したうえで再度、2829件を含めて開示の対象とする決定をしなければならないが、それもしなかった。
つまり、恣意的とも言える情報隠蔽の痕跡は公文書に記録されない形で処理された。
調査にも公表にも後ろ向きの姿勢
小池都政2期目の2023年秋には、こんなこともあった。
都民のひとりが23区内の浄水所の水質検査結果について開示請求したところ、PFOS、PFOA、PFHxSの3物質のデータしか開示されなかった。
東京都は少なくとも2015年以降、12〜13物質のPFASについて測定していたが、水質管理のための目標値ができた2020年以降、3物質以外は測らないようにしたというのである。担当者は「厚労省・環境省で測定を求められているのは3物質なので、それ以外はとっていない」と話した。
多摩地区ではすでに数十年にわたって高濃度の汚染が続いてきたと見られるだけに、3つ以外の物質も含めてどのように濃度が推移するかを継続してみることが重要だ。
しかも、海外では規制の対象を広げるだけでなく、PFAS類をまとめて規制しようとする流れもある。東京都は世界の潮流に背を向けるばかりか、汚染の実態を見えないように封じているとも言える。現在、情報審査会に不服申し立てがされている。
データに限らず、政策決定にかかる過程で作成されているはずの文書もない。
昨年7月、東京都は突然、「横田基地でPFOS・PFOAの漏出事故が過去に3件起きていた、と防衛省から知らされた」と明らかにした。小池都知事が対外的な発言をするために作成・取得された文書を請求した。
防衛省とやりとりしたメールや記録、所管課が小池都知事にレクチャーした記録、さらに対応方針をめぐって検討した記録、防衛省・外務省・環境省などと協議した記録などを想定していた。
ところが、横田基地を所管する都市整備局やPFAS汚染対策を担う環境局が漏出事故をめぐる背景について説明した文書は「存在しない」というのである。小池知事のぶらさがりの発言記録と記者会見での想定問答が示されただけだった。
しかも、組織で共用された文書や記録はすべてが開示の対象となるが、東京都からは、他省庁・市町村、さらには職員間でやりとりされたメールが開示されることはまずない。
総務局情報公開課に、白塗りへの変更を求めた通知を見せてほしいと求めたところ、当初、取材に応じなかった課長から電話がかかってきた。
「通知については開示請求などの手続きをしていただけますか」
文書は提供できないという。では、通知を出すきっかけは何だったのか。そうたずねると、課長は言った。
「視認性の向上のため、ということです」
知事の発言があったからと聞いていると伝えると、課長は言下に否定した。そのうえで、初めて白塗りができるようにしたのはコロナ禍にあった2021年2月で、今回の通知は白塗りを原則にするよう徹底させるために出した、と説明した。
「改革の1丁目1番地」はどこへ消えたのだろう。
スローニュースでは、多摩地区での学校で汚染された水が飲まれていた実態などを独自の調査で明らかにしています。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com)