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【スクープ】無呼吸症の医療器具、実は日本でも「健康被害」が発生していた

フリーランス記者 萩 一晶

※こちらの連載が「国際文化会館ジャーナリズム大賞」特別賞のファイナリスト2作品のうち一つに選出されました。それを記念して2023年6月20日に配信されたこちらの報道を無料公開いたします。(データなどは当時のまま)

日本で「睡眠時無呼吸症候群」に悩む患者は900万人もいるという。その治療に使われる米フィリップス製の医療器具により「健康被害が生じるおそれがある」として、ヘルスケア大手「フィリップス・ジャパン」(本社・東京都港区)は2021年7月から、日本でもCPAP装置など36万台の自主回収に乗り出していた。

日米とも同じ器具なのに、米食品医薬品局(FDA)がその回収を最も危険度の高い「クラスⅠ」に分類した一方、日本では「クラスⅡ」扱いとなっていること、そして2年近くたった今も回収が続いていることは、『無呼吸症の医療器具で「健康被害のおそれ」、いまだ回収中で被害報告も』で詳細に報じた。

日本でこの問題はほとんど報じられておらず、患者団体にすら周知されていなかった。その理由は、日本では重篤な健康被害の恐れが「ない」ことになったからだ。

しかし今回取材を進めたところ、知られざるオープンデータから、実は日本でもCPAPによる健康被害が広がっていることが明らかになった

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アメリカでは死亡事例385件との関連疑いも

情報が途絶えたままの日本に対し、米国では次々に新事実が公表されている。

FDAは2021年11月、米フィリップスへの査察をもとに『査察所見』をまとめ、ネットで公開(一部黒塗り)。防音材の劣化について、会社は実はリコールの6年前までには把握し、経営陣も1年5カ月以上前には気づいていたのに適切な対応をとっていなかった、と指摘している。2022年3月には、患者への情報提供の努力が不十分だとして、周知を徹底するよう会社に行政命令も出している。

米国には、健康被害について医師だけではなく患者自らも通報できる有害事象報告(MDR)制度があり、この件では今年3月末までに10万5000件以上の報告がFDAに寄せられている。そのうち385件が死亡事例との関連を疑うものだった。地元の報道によると、「CPAPを使っていた家族をがんで失った」とする遺族や、「器具を使って健康被害を受けた」とする患者らが、米フィリップスに賠償を求める訴訟も相次いでいる。

フィリップス・ジャパン(東京・港区)

しかし日本では、多くの患者に十分な情報が行き届かないまま、2年近くもの時が流れた。

そもそも医療器具により健康被害を受けたと思っても、患者が直接、報告できる公的な窓口が存在しない。フィリップス・ジャパンに問い合わせても、健康被害の実態については一切、口をつぐんだままだ。同社はいまもホームページで、この問題が海外製造元に報告のあった案件だと紹介しつつ、「日本国内においては、これまでに同事象と同定された報告は確認されておりません」と説明している。

日本でも起きていた「健康被害」

だが、防音材の劣化が原因と疑われる健康被害は、日本でも起きていた。

医療の「安全対策」を担うPMDAのトップページから6回クリックすると、『不具合が疑われる症例報告に関する情報』という検索ページにたどり着く。医薬品医療機器法の改正で2004年度から、製造販売業者が器具の不具合が原因と疑われる健康被害などを知ったときにはPMDAに報告するよう義務付けられ、公開されているものだ。

CPAPで発生した問題を「防音用発泡体の劣化の疑い」に限定して検索をかけると、84人分の症例がずらずらと出てきた。内訳はCPAPのうち「持続的自動気道陽圧ユニット」で83人、「持続的気道陽圧ユニット」で1人。いずれも2021年度と2022年度(2023年1月まで)に報告されたデータだ。企業名は公表しておらず、このうち何人がフィリップスのCPAPによるものかは正確にはわからない。日本のフィリップスに確認を求めても、「回答できない」としているためだ。しかし、フィリップス以外に「防音用発泡体の劣化の疑い」が発覚し、自主回収をしている企業はない

PDMAの公表資料の一部

この84人のうち、すでに健康被害が出ている患者は49人。残る35人は、器具を使い続ければ「健康被害が起こる可能性が否定できない」とされる事例だった。

すでに健康被害が出ている49人は、男性が34人、女性が12人、不明が3人。年齢別では不明の15人をのぞくと70歳代が11人、40歳代が7人、50歳代と60歳代が各6人で、大半を40〜70歳代が占めた。回復・軽快した患者は14人に止まり、未回復が20人、不明が15人となっていた。

どんな健康被害が出ているのか。「患者等の有害事象」欄をみると、こんな言葉が並んでいた。

「頭痛」「咳」「鼻炎」「喘息」「気道炎」「肺腫瘍」「腎盂がん」「肺機能障害の疑い」…

米国で警告され、確認されている症例とそっくりだった。

明日の記事では、問題のCPAP装置を独自に調べた結果を明らかにします。

【健康被害などの情報提供を求めています】

フィリップス社のCPAPや成人用人工呼吸器に関する、患者やご家族、医療関係の皆様からの情報提供をお待ちしています。取材源は必ず秘匿します。こちらをクリックするか、下記のメールアドレスあてに情報をお寄せください。(cpap2023j@gmail.com)

【用語解説】

「睡眠時無呼吸症候群」
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、就寝時にのどの緊張がゆるみ、舌の付け根が落ち込んで気道をふさぐことで何度も呼吸が止まったり、断続的にいびきをかいたりする症状。息苦しさから眠りを妨げられ、高血圧や心筋梗塞、脳梗塞を起こしやすくなる。医学誌によると、中・重症の患者は世界で4億人以上、日本では943万人いると推計されている。

「CPAP(シーパップ)装置」
圧力をかけた空気をマスクから鼻へと送り込み、睡眠時に空気の通り道がふさがれないよう気道を確保する装置。CPAP療法と呼ばれるこの治療法は対症療法で、根本的な治療方法ではない。日本では健康保険が適用され、装置はレンタル方式で普及している。フィリップスはレスメド(本社・オーストラリア)と並ぶ、世界有数のメーカー。


取材・撮影 萩 一晶
フリーランス記者。1986年から全国紙記者として徳島、神戸、大阪社会部、東京外報部、オピニオン編集部などで働く。サンパウロとロサンゼルスにも駐在。2021年、フリーに。単著に『ホセ・ムヒカ 日本人に伝えたい本当のメッセージ』(朝日新書)、共著に『海を渡る赤ちゃん』(朝日新聞社)。

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