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【詳細解説】真実相当性に関する兵庫県の判断の問題点について

兵庫県の前西播磨県民局長が作成した4ページの告発文書「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為等について(令和6年3月12日現在)」をめぐり、兵庫県議会は、真実解明のため地方自治法100条に基づく調査権限を発動して、特別委員会(百条委員会)を開催しています。この文書に対する斎藤元彦知事らの対応が公益通報者保護法に違反するのではないか、との問題が社会の関心事となっています。内部告発の実情を長年研究してきた上智大学の奥山俊宏教授が、同委員会で参考人として陳述するのに合わせ5日に同委員会に提出した文章を以下に紹介します。

奥山俊宏

いま、この告発文書の送付が、公益通報者保護法が保護の対象とする「公益通報」に該当するのか、それが大きな論点となっています。

公益通報者保護法3条、5条による保護の対象となる「公益通報」や正当な内部告発と言えるためには、いくつか要件のハードルがあります。中でも大切なのは、真実性もしくは真実相当性があるかどうかです。真実性もしくは真実相当性があれば、公益通報者保護法によって不利益扱いを禁止される対象となる可能性があります。真実ではなくても、真実と信ずるに足りる相当の理由(真実相当性、言い換えれば、誤って真実と信じたことについての誤信相当性)があれば、この対象となる可能性があります。真実であれば、真実相当性は検討するまでもありません。

あの文書を第三者として一読したとき、真実性や真実相当性がないと断定できるかというと、私ならば断定できません。人の名前、企業の名前、そういった固有名詞を多々明確に示していて、具体性に富み、迫真性がある、これは真実だと思わされるだけの具体的な内容となっているように見受けられます。そんなふうに受け止めるのが、客観的な第三者による冷静な読み方だろうと私には思えます。したがって、「公益通報」該当性をただちに否定するべきではありません。

告発文書の内容について、警察など捜査当局が立件するほどの強い違法性がないとしても、また、それが完全な真実であるとまで断定できず、誤りや思い込みが若干含まれていたとしても、贈収賄、横領、暴行、傷害など刑法に抵触すると信ずるに足りる相当の理由(真実相当性)があったのならば、その文書を警察、報道機関、県議会議員に送る行為は、公益通報者保護法が法的保護の対象とする「公益通報」に該当する可能性があります。

この真実相当性がこの告発文書にあるかどうかは、結局のところ、告発文書の内容が真実かどうかについて客観的な調査を経た上でなければ判定できないものと思われます。一見して嘘八百であることが明らかな文書が世の中にはありますが、この告発文書は、第三者から見てそうではありません。ですので、白黒をはっきりさせるにはやはり調査が必要です。

調査の結果、真実性も真実相当性もないという結論になれば、保護されるべき「公益通報」ではなかった、ということになります。その結論が出るまでは、「公益通報」に該当するものと仮にみなし、不利益扱いを厳に慎むべきです。保護される「公益通報」に該当するかもしれないと認識し得たはずなのに、無理やりに、該当しないと決めつけて通報者を不利益に扱ったのだとすれば、そして、それが実際には客観的に見て「公益通報」だったのだとすれば、そんな決めつけをした人や事業者は、公益通報者保護法に違反したということになります。

知事の説明

斎藤知事の8月7日の記者会見での説明によりますと、西播磨県民局長だった男性職員は事情聴取に対し、告発文書について、「噂話を集めて作成・配布した」と認めたとのことです。これに加え、「真実であることを裏付ける証拠、そして関係者による信用性の高い供述などは存在しない」との報告が知事のもとに寄せられたとのことです。「こうした状況から、信ずるに足りる相当の理由が存在したというのは認められず、法律上保護される外部通報に当たらない」と判断したとのことです。

しかし、この判断には問題があります。

証拠添付は不要

第1に、告発文書に証拠資料が添付されていたり、「関係者による信用性の高い供述」や証拠がただちに示されたりしなければ、真実相当性がないと否定できる、との知事の説明は誤りです。文書の中に真実相当性の根拠は示される必要はありません。真実相当性は必要ですが、その根拠がその場で示されることが「公益通報」該当の要件であるというわけではありません。

文書の作成者において、いわば「手の内」として証拠を留保しておいたり、情報源保護の必要性からその存在を秘匿したりすることがあり得ます。告発の内容についての真摯な調査には協力するべきだと一般論として言うことができますが、告発者をつぶそうとする意図が明らかな調査に証拠書類や情報源の氏名を教える義務はありません。最終的な決着は民事訴訟の場となりますので、その法廷で証拠や供述を初めて出すということもあり得ます。

今回の告発文書の内容について、西播磨県民局長だった男性が、その内容を直接知っていたり、何らかのルートで知ることのできたりする気心知れた同僚から体験談として直接聞いたものであるならば、それだけでも、信ずるに足りる相当の理由(真実相当性)が存在したと判断される可能性があると思われます。

真実相当性をめぐっては、実は、「行政機関の側において…、真実相当性の要件を硬直的に解釈することにより、通報の放置など不適切な対応が行われている」というような事例が従来見られ、2016年ごろ、公益通報者保護法の改正の検討の過程で問題視された、という経緯があります。そのため、公益通報者保護法を所管する消費者庁が主導し、2017年、国の行政機関や地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(外部の労働者等からの通報)を改正し、次のように明確化しています。

「真実相当性の要件が、通報内容を裏付ける内部資料、関係者による供述等の存在のみならず、通報者本人による供述内容の具体性、迫真性等によっても認められ得ることを十分に踏まえ、柔軟かつ適切に対応する」

これは、「行政機関によるより適切な対応を促すため、真実相当性の要件の解釈や同要件を満たしているかどうかが直ちに明らかでない場合の対応のあり方について明確化すべき」との指摘を踏まえたものです。

消費者庁のウェブサイトに掲載されている国の行政機関向け通報対応ガイドライン(外部の労働者等からの通報)の説明資料には、「真実相当性がないと判断していた通報について後に真実相当性があることが判明した場合、速やかに所定の義務を履行する必要」、「真実相当性の要件の硬直的な解釈により通報の放置等不適切な対応となることがないよう柔軟に対応」とも記載されています。

これらは今回の兵庫県のケースにとても参考になる考え方です。

「噂話」を真に受けてはならない

第2に、真実相当性を否定する県の判断の問題点の二つ目として、西播磨県民局長だった男性が副知事の事情聴取に対し、情報源の秘匿や保護の必要性から「噂話」とあえてぼやかして答える局面があった可能性を無視ないし軽視している点があります。

片山副知事は、あの文書によって告発されている当人であり、3月25日、西播磨県民局長は、その片山副知事による事情聴取に情報源をすべて包み隠さず答える義務はありません。内部告発をつぶす目的であることが明らかな事情聴取に対して、大切な同僚である情報源の名前を答えるなどというのは、むしろ、信義則上、あってはならないことです。

私はかつて新聞記者をしており、その際、核心を突く事実を明らかにしたときは、どこで聞いたのかと情報源を尋ねられるものでしたが、そういうときはたいてい、「風の噂ですよ」とごまかす、そういう受け答えはこの社会でよくあることです。(週刊文春電子版で副知事による事情聴取とされる音声を聴きましたが、ここまでの私の推測は当たっているようです。)

副知事らによる事情聴取の結果をもとに、県が、あの文書の内容について「噂話を集めて作成した」と事実認定したのだとすれば、ここまで申し述べてきたことからお分かりいただけるように、それは誤った事実認定です。

知事の説明はずさん

第3に、真実相当性を否定する県の判断の問題点の三つ目として、西播磨県民局長だった男性が今年3月に県の事情聴取に述べた内容について、県の説明はあまりにずさんであり、とうてい信用できないという事情があります。

すなわち、知事は3月27日の記者会見で、「ありもしないことを縷々並べた内容を作ったことを本人も認めている」と説明しました。これに対して前西播磨県民局長は5日後の4月1日にコメントを記者たちに出し、「私自身がそのことを認めた事実は一切ありません」と知事の発言を否定しました。そしてそれ以後、「ありもしないことを縷々並べた内容を作ったことを本人も認めている」と知事が主張することは二度とありませんでした。先週金曜日(8月30日)の証人尋問で知事は「そこは私の言葉足らずのところもあったかもしれないです」と答えています。このように、西播磨県民局長が述べた言葉に関する知事の説明はずさんであり、信用できません。

なかでも、3月25日の初回の事情聴取は、告発文書で名指しして告発されている当事者である片山副知事がおこなったというのであり、以後の事情聴取も、片山副知事を含め告発された人たちの指揮下でおこなわれたとみられ、その観点からも、それら事情聴取に関する県の報告は信用できません。事情聴取にあたった片山副知事らの「この文書は噂話のみを根拠に書かれたことにしたい」との願望によって、事情聴取の内容やその録取、その報告にバイアスが入り、ゆがめられた可能性があります。

西播磨県民局長だった男性の供述内容について、録音や調書など客観的に信用性が高いといえる証拠が何も開示されず、外部の検証が不可能な状況で、斎藤知事が、文脈不明のその片言節句の一部のみを勝手に外部に小出しにし、それを根拠に告発文書の真実相当性を否定し、ひいては男性を貶めようとするのは、卑怯です。「死人に口なし」を悪用しようとするものです。

まとめ

以上、第1から第3まで三つ、真実相当性に関する知事の判断が不適切だと思われる理由を説明しました。

思い込みや誤解で結果として事実と異なる内容になってしまったところがあの告発文書にあったとしても、それだけで真実相当性が否定されるわけではありません。公益通報の内容について、真実性を否定しつつ、真実相当性を認め、公益通報者保護法に基づいて懲戒解雇を無効とした裁判例もあります。

その通報によって害される利益がもしあるのだとすれば、それと比較衡量して、「信ずるに足りる相当の理由がある」の程度を設定していく、という考え方を採るべきだというのが私の意見です。

※この記事は兵庫県議会・百条委員会に招かれた奥山俊宏教授が、意見陳述の際に別添1として提出した文書です。


奥山俊宏(おくやま・としひろ)

1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部原子力工学科卒、同大学新聞研究所修了、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナルAsahi Judiciary』の編集も担当。2013年、朝日新聞編集委員。2022年、上智大学教授(文学部新聞学科)。
著書『秘密解除 ロッキード事件 田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。公益通報関連の著書としては、『内部告発の力: 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年)、『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』 (共著、朝日新書 、2008年)がある。