統合失調症の姉を家に閉じ込めて20年以上 治療を拒んだ高学歴両親、説得し続けた弟がカメラでありのままを記録
よく分からないことをわめきながら家中を歩き回る、自室で大声を出しひとりごとを言う。そんな家族がいたらどうしらいいのだろうか──。
映画『どうすればよかったか?』は、統合失調症の女性と、その家族との20年以上にわたる日々を記録したドキュメンタリーだ。藤野知明監督は女性の弟。「我が家は統合失調症の対応としては失敗例でした」と、自問しながらカメラを回し続けた藤野監督。
そして、精神障害当事者や家族を支援する団体にも映画への受け止めを聞いた。
佐藤えり香
精神科の受診を拒んだ両親
主人公の女性は監督の8歳上。統合失調症とおぼしき症状が現れたのは24歳のときだ。
大学の医学部に進学後に変調をきたした。映画では、大声で叫んだり、何かに取りつかれたようにぶつぶつと小声でつぶやき続けたりする姉の姿が映し出される。
食事や団らんでは、家族のやりとりが淡々と描かれる。こわばった表情で奇妙な言動を繰り返す姉と、そのふるまいに困惑したり、やりすごしたりする両親。成り立っていないような会話に、時にはカメラを回す監督も割って入る。
そうかと思うと、落ち着きを取り戻して家族でドライブに出かけたり、クリスマスや年末年始を静かに過ごしたりしている穏やかな姉の日々も記録されている。
藤野監督は姉の発症後18年たってから、帰省するごとにカメラを回し始めた。撮りためた映像は80時間あまり。監督は「(姉が)激しい言動をしているところは『なぜそれが必要なのか』を考えてできるだけ少なくしようとした」と話す。
映画で見せたかったのは姉の症状や病気の深刻さではなく、「藤野家の中で起こっていたこと」。つまり、両親が姉を精神科に受診させず、家に閉じ込め続け社会から遠ざけたことの是非を問いたかった、と言う。
「病気になってしまったのは誰のせいでもない。それはしょうがないこと。だけども、その対処の仕方をわが家の場合は間違えた。それを伝えたいと思った」(藤野監督)
姉が発症したのは今から40年以上前のことだ。当時は統合失調症ではない違う病名で呼ばれ、社会の理解も治療も今ほど進んでいなかった。もちろん、今のように病気について簡単にインターネットで検索できる時代でもない。
「姉が発症した当時、私は高校生。病気について知りたかったので図書館で本を借りようとも思ったけれど、姉が見つけちゃうかもしれない。結局、病気について理解できたのは、大学4年の時、一時的に1人暮らしを始めて精神医学の本を読むようになってからです」
両親はともに医師免許を持ち、細胞膜を研究する研究者だ。精神医学の知識もある程度は持っていたが、娘の病気を認めようとせず、精神科を受診させなかった。
監督は病院に連れて行った方がいいと考えていたが、「姉の尊敬の対象は父親。だから父親が病院に行くことを認めない限り、姉も病院に行こうとしなかった」と振り返る。
映画を観た有識者から「(親が拒んでも、弟である藤野監督が)無理やり病院に連れていけばよかったのではないか」との指摘を受けたという監督。実際には、何度もそう考えたことがある、と言った。
「姉は過去に、父が運転していた車から走行中に飛び降りたことがあった。そもそも入院させたとしても両親が連れ帰る可能性が高かった」
両親の高齢化でやっと医療につながる
自力で病院に連れていくことが現実的には実行不可能であることを悟った監督が導き出したのが、「父親を説得して、姉を受診させる」という“答え”。だが、最終的に両親を説得するのに25年という時間がかかってしまう。
状況を変えたのは、両親の高齢化だった。
「正直な話、母親が認知症のような症状が出てきたときに、(姉を受診させる)チャンスかもしれないと思いましたね。実際、父親は母親と娘の世話で寝る時間もなくなって、疲れ切っていました」
もう自分ではどうしようもない状況になったのか、最終的に父親は娘の受診を許し、姉は入院した。入院中に行った投薬治療のおかげで、症状がコントロールできるようになって家に戻って来た。