削除された「ガースー」と、スクープになった「訃報」、そしてついに達成した100万PV記事の裏側【NHK政治マガジンの興亡③】
6年の歴史に幕を下ろした「NHK政治マガジン」。話題を呼んだウェブメディアは最終的には「民業圧迫」の象徴とまで言われました。どのように生まれ、どのような役割を果たし、どうして廃止されたのか。その秘話を数回にわたってお届けしています。
第3回は、いよいよ有名政治家に焦点を当てた記事を配信、内容や演出にどのような工夫をしていたのか。そしてついに100万PVを超えた「NHKらしからぬ記事」とはどんなものだったのかなどについて。
ジャーナリストの須田桃子さんが、「政治マガジン」を立ち上げ、3年間編集を担当した、熊田安伸・元NHKネットワーク報道部専任部長に聞いています。
いよいよ有名議員の記事に…パンケーキ記事から「ガースー」は削除されていた
須田 政治マガジンの記事は政治家の顔が前面に出る記事が特徴的でとても面白かった。それはどんな風に作っていたのですか。
熊田 有名議員をフォーカスする記事は当初は避けてきました。そういう議員には番記者がついていて、記事を書くとしたら番記者になる。番記者の中には問題意識が担当する政治家と一体化してしまっている人もいて、そうなるとどうしても忖度感が出てしまうのではないか。それを懸念していました。
しかしどこかで踏み切らなくてはならない。編集のノウハウがだんだん見えてきたところで、ローンチから4カ月の7月から出していきました。
どれもやはりとてもよく読まれました。中でもこの菅さんの記事。内容には賛否がありましたが、政治家の生活や思想信条を書いた記事は、その政治家のファンであれアンチであれ、知っておくべき情報だと思っています。
当初の原稿では、普天間基地の移設に関する部分で、かなり一方的な表現があったのでその点を修正しました。しかし政治部とそのことで少々もめて、あくまで「菅という人物がそう考えているんだ」という表現に落ち着きましたが、今読み返すとまだ十分ではなかったと、忸怩たるものもあります。一方で「首相案件ならぬ菅案件」という部分や石原元官房長官へのインタビューなど、きちんと批判的な視点も入っています。
裏話としては、おそらく菅さんがパンケーキ好きだということを報じたのはこの記事が最初だと思います。ある民放が「ぜひ写真を使わせてくれ」というので、「記事の引用としてならどうぞどうぞ」と。でも「ところでどういう報道に使うのですか」と尋ねたところ、「バラエティー番組の中のクイズです」というので、「それでは報道での引用に当たらないのでは」と指摘した経緯があります。それがあってか、結局使われませんでした。
そして、実は政治部のデスクが手を入れる前の原稿も僕のところには届いていたんですが、そこには「ガースーと呼ばれている」と、ガースーを連呼しているところがありました。しかし政治部のデスクを通った後の原稿からは、その部分がきれいさっぱり無くなっていました。
もやもや感のある滑り出しでしたが、その後も毎週のように政治家にフォーカスしていき、やはり記事はよく読まれました。
公明党の山口代表のことを書いた「なっちゃん 煙突になる」という記事は、なんと放送番組の適正化のために意見を求める「中央放送番組審議会」でウェブ記事なのに激賞され、全く予想外のことだったので驚きました。
テレビだからこそできるサムネイル作り
須田 政治マガジンではサムネイルなど政治家の顔の映像もとても印象的でいいものでしたよね。
熊田 テレビカメラを一眼レフに持ち替えて、丁寧に取材してくれた映像取材部のカメラマンたちのおかげです。しかしそれとは別に、もう一つ、大きな強みがあったのです。
例えばこちらの小泉さんの記事。当時、彼がすごく注目されていたのですが、自民党の総裁選で誰を支持するのかを黙して語らない。その彼の姿勢を象徴的に表した一枚をサムネイルにしました。
実はこれ、テレビニュース用の映像素材からの「切り出し」なんです。囲み取材を終えて、歩き出そうとする一瞬の表情を切り取り、色味を調整しました。これはテレビ局ならではの強みですよね。
特集記事を編集するにあたって、原稿が届いてからそれに合う画像を探すのですが、これが大作業なんです。膨大なアーカイブの中からコマ送りで決定的な一瞬を探すわけですが、下手したら1本編集するために映像探しだけで10時間以上かかってしまう。毎週、水曜日に記事を出すのだから、少なくとも月曜の朝までには原稿がほしいと言っているのに、ぎりぎりの火曜日になることも多々あって。そうなると徹夜に近い作業になることもしばしばありました。その上に、前に話したように「原稿を一から書き直す」必要があるクオリティのものが届くと、もう本当にパニックでした。
漫画の技法、こんなところに使っています
熊田 もちろん与党だけではありません。他の政党や地方の注目政治家の記事も発信しています。
沖縄県知事の玉城デニーさんが初当選した時の記事も、政治家の「一瞬の表情」で状況を表現できるようにと心がけました。読むより見る、で。見てもらうとわかりますが、最後の方は4コマ漫画的な演出を意識しています。
演出ではこんなことも気にしていました。人物を撮影する際、多くの場合は顔の前に空間ができます。これは「ルッキングキングルーム」と呼ばれるものです。テレビでのインタビューではまずそうなりますし、だからウェブ記事もみんな、「ろくろ回し」になっちゃうわけですよ。
一方で、人物が向いている方向とは逆、頭の後ろなど反対側に作る空間を「ビハインドスペース」というそうです。これがあることで、人物が「思い出している」「苦悩や不安、怒りなど強い思いを抱えている」演出ができます。視線の方向も重要です。これは漫画で使われる演出法なんです。
以下の2枚も、元々の映像では人物は画面の真ん中あたりにいるのですが、それをビハインドスペースを作るように切り出しています。
もう一つは「集中線」ですね。これも漫画では本当によく使われますが、画像に描いてしまうと品が悪くなるか、コミカルになってしまう。
しかし、テレビカメラって遠方から撮影していて、急に人物をズームアップして撮ることがあるじゃないですか。その映像をズームアップの途中で静止させると、人物にはピントが合っているので鮮明に写っていて、周囲がまるで集中線を描いたようなぼやけ方をするんです。これは発見で、よく使いました。
政治マガジンは他のウェブメディアと比べても「読了率」はかなり高く、平均で60%以上はいっていましたし、ヒットしたものはやはり非常に高かった。途中で読むのをやめさせないために、どんな画像をどんなタイミングで張るのか、小見出しとパラグラフの長さをどうしたらいいかを強く意識していたことが背景にあったのだと分析しています。