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公害工場からの大気汚染…静岡と同じように汚染が発覚したオランダでは、なぜこうも対応が違うのか

テフロン製品で知られる、米大手化学メーカー・デュポン(現ケマーズ)はかつて、主要な生産拠点を世界3カ所にかまえていた。

まず、米ウェストバージニア州にあるワシントン工場。製造過程で使ったPFOAを廃棄し、周辺の飲み水などに深刻な汚染を引き起こした。映画「ダーク・ウォーターズ」で描かれた舞台として知られる。

ほかに、スローニュースで報じてきた日本の清水工場(静岡市)がある。そしてもう一つが、オランダのドルドレヒト工場だ。

独自に入手したデュポンの内部文書によると、2004年から2006年にかけて、デュポンは傘下にあるすべての工場の一部の従業員、800人あまりを対象にひそかに血液検査を行った。その結果、最大値11,387ナノグラム(血漿1ミリグラムあたり)が検出されたのはドルトレヒト工場の従業員だった。

デュポン内部文書には、各工場ごとの血液検査結果が記されている

その工場をめぐり、オランダの独立系メディア「Zembla」は昨年、ドキュメンタリー番組を発表した。「PFAS隠蔽」。危険性を知らせずに長年使われたことで、工場労働者だけでなく工場周辺の住民にも白血病やがんが見つかっていることを明らかにした。

「PFAS隠蔽」と題された「Zembla」の番組。デュポン内部では、40年以上前に工場周辺への深刻な影響が指摘されていた。

制作者は「Dark Waters in Dordrecht(ドルドレヒトの『ダーク・ウォーターズ』)」と表現し、番組では、1982年のデュポンの内部文書に記された医療責任者のコメントが紹介されている。

<工場周辺への排出によって地域住民が、現在または将来曝露する可能性が高いことは明らかだ>

「大気でPFOAが拡散し、土壌を汚染した」とする調査結果

その言葉どおり、PFOAは労働者の体内に蓄積されただけでなく、工場の周辺にも撒き散らされていた。そうした実態を示す複数のレポートがある。

地元ドルドレヒト市が2017年に調べたところ、大気によってPFOAが拡散し、広い範囲にわたって土壌などを汚染している可能性が浮かび上がった。このため翌年、さらに調査を重ねた。

ドルドレヒト市による調査結果。工場からの汚染が広がりがわかる
ドルドレヒト市の調査報告書に記された、PFAS拡散モデル

すると、工場から約10キロ圏内にある北、北東、東、南、南西、西の方向にある26地点のうち、土壌はすべての地点(表層20センチ)で、地下水は76パーセントの地点からPFOAが検出された。

汚染物質が大気に沈着することによって、広い範囲の土壌に舞い降りたのち、地下水に流入することが確かめられたのだ。

さらに、工場のとなりにある廃棄物発電所もまた汚染源になっていた疑いが浮上する。

ここでは、工場から持ち込まれたPFOAなどが900度で焼却されていたというのだ。日本の環境省が「分解して無害化できる」とする温度は1100度。つまり、PFOAが分解されないまま大気に放出されていた、と考えられる。

それを裏付けるような研究もある。アムステルダムにある大学研究者による、草や葉などの植物についての調査だ。

工場から離れた地点でも、草や葉からPFOAやGenXが検出されたとする研究

対象となったのは、有害性が指摘されて使用禁止となったPFOAと、代わりに使われるようになったGenXの2物質。後者もやはり有害性が認められ、アメリカでは今年4月から規制対象の一つに指定されている。

調査の結果、ドルドレヒト工場から北東3キロ以内にあるプラタナスやシラカバのほか、85キロ離れたところでも草木から微量ながら検出されたという。工場からの距離が遠ざかるにつれて濃度が下がっていた。

また、別の研究でも、PFOAが大気によって拡散され、土壌や地下水に含まれた後、草や木の葉に移行している可能性が高いことが示されたという。

静岡市の清水工場でも、大気によって離れた場所が汚染されたことが指摘されている(SlowNewsでの連載『デュポン・ファイル』より)

オランダでは国が動いたが、日本では……

こうした一連の結果を受けて、オランダの食品・消費者製品安全庁(NVWA)は、工場から半径1キロ以内で栽培された作物について、

<消費は適度にする必要がある>

つまり、慎重に摂取すべきだと注意喚起したというのだ。

オランダでは、2016年に住民2人の血液から高濃度のPFOAが検出されたことを受けて、国務大臣が取り上げるなどして社会的に注目を集めた。地元自治体はPFOAやGenXの排出量や削減実績などを報告するようケマーズに求め、それ以外のPFASについても監視を続ける。そのうえ、2023年には損害賠償などを求める訴えも起こした。

ドルドレヒト市の調査報告書にある、ケマーズのPFOA排出量

一方、日本では、汚染を引き起こした企業の責任は事実上、問われないままだ。

清水工場のある静岡市は、工場に隣接して市が所有する三保ポンプ場の汚染除去をめぐり、三井・ケマーズフロロプロダクツ(MCF)と密室で協議を重ねている。MCFが取り組むという汚染除去について、交渉過程などの詳細は明らかにしない。そのうえ、地下水や土壌、大気による汚染については不問にしている。

静岡市議会もMCFに議会や記者会見での説明を求めるなどの動きはない。

国の腰はさらに重い。

SlowNewsの報道で、清水工場の下請け労働者の深刻な体内汚染が明らかになったものの、厚労省は動かない。労働安全衛生法は「厚労大臣は(略)労働者の従事する作業と労働者の疾病との相関関係をは握するため必要があると認めるときは、疫学的調査その他の調査を行うことができる」(108条)と定めているが、「過去に調べた事例はない」。

環境省も傍観を決め込んでいる。

汚染した企業が当然、責任を問われるアメリカやオランダ。企業が口をつぐみ、それが許される日本。それどころか、行政は健康への影響さえ調べようとしない。

歴然とした「いのちの格差」が目の前にある。

現在配信中のスローニュースでは、清水工場の周辺の大気汚染に関するデータが、あまりの高濃度のために封印されてしまったことなどを独自に報じている。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com