実は絞り込まれていた千葉、神奈川の「汚染源」…自治体研究所のPFAS調査はなぜ黙殺されたのか
「汚染源の99%はわからない」
環境省がこうした見解を示すなか、興味深い動きがあった。
千葉県が7月末、周辺の川や井戸から高濃度のPFAS(有機フッ素化合物)が検出されている海上自衛隊・下総航空基地(千葉県柏市)に立ち入り検査をした。
県環境生活部は「PFOS・PFOAの使用履歴があるかどうかを、流域にあるすべての事業所に聞いている」と言い、対象となる約50カ所の一つと説明するが、基地が汚染源である可能性はきわめて高い。
「汚染源」は17年前から絞り込まれていた
じつは、その疑いは17年前から指摘されていた。
千葉県の出先機関である「千葉県環境研究センター」が2007年度に調査したところ、柏市と白井市の市境を流れる「金山落(かなやまおとし)」でPFOSの濃度が高かった。
「有機フッ素化合物の千葉県内公共用水域における汚染実態」と題された報告をみると、
1回目の調査で高濃度だった地点④に着目
2回目は<上流部④から最上流⑥の間>の2地点を調査
3回目は範囲を狭め、<上流部④と北の丸公園脇⑤>の間の4地点を調査
こうして汚染源を絞り込んでいったことがわかる。
報告は「発生源の特定には至っていない」としながらも、「発生源からの負荷は定常的に流入していると推察された」と指摘している。調査地点から下総基地まで100メートルほどしか離れていない。
だが、この報告を受けた行政が動くことはなかった。
最初の調査から12年。2019年になって再び汚染に光が当てられる。環境省の全国調査で、千葉県環境研究センターがかつて地点①としていた金山落の名内橋から349ナノグラムが検出されたのだ。
それでも、地元自治体は動かない。
千葉県やこの流域に立地する鎌ヶ谷市、柏市、白井市が本格的に調べ始めたのは今年に入ってからだ。その結果、下総基地のすぐわきを流れる水路の3地点で15,000〜21,000ナノグラムが検出された。また、基地周辺にある13ヶ所の井戸で指針値(50ナノグラム)を超え、最大は35,000ナノグラムだった。
この結果を受けてようやく、千葉県は自衛隊基地へと踏み込んだのだ。
黙殺されたケースは神奈川県でも
このように、自治体の研究機関が早くに汚染を確認しながら、事実上、黙殺されてきたケースはほかにもある。
たとえば、神奈川県環境科学センターは、米軍および自衛隊の厚木基地周辺の汚染について2016年に報告していた。
同センターは、2007年と2008年に、相模湾に流れ込む17河川についての調査を行っている。そこでPFOS濃度の高かった引地川に注目し、2011〜2014年にかけて調べたところ、大和市環境管理センター前と福田1号橋の間で濃度が高くなっていることを突き止めた。この間には、厚木基地から流れ出る排水口があった。
それから10年。神奈川県は今年5月、同センターの報告をなぞるように、二つの地点の間で濃度が高くなっていることを確認したとする報告をまとめた。だが、その結論は次のようなものだった。
<引地川で検出されているPFOS等について原因を特定することはできませんでした>
神奈川県環境課は、高濃度が検出された地点から200メートル西にある厚木基地について「PFOS等を含む泡消火剤を保管していた」としながらも、「訓練時には使用していない」という基地側の言い分を記すにとどめ、それ以上の調査はしていないという。
具体的な汚染源が推定されているにもかかわらず、あたかも確定させまいとしているかのように映る。
東京や札幌のケースでは
似たような事態は東京都でも起きている。
東京都環境科学研究所は2008年に発表した「都内水環境における PFOS の汚染源解明調査」という論文で、汚染源として「飛行場(注:横田基地)」に言及したものの、東京都はその後、汚染源調査をしていない。それどころか、もっとも高い濃度が検出されたモニタリング井戸での測定をやめている。
また、北海道では、札幌市衛生研究所が市内の丘珠空港によるとみられる汚染について2010年に指摘していたが、札幌市はその後の調査で空港周辺を対象に入れていなかった。
北海道新聞が独自の調査を行って、丘珠空港周辺で目標値を超える濃度のPFASが検出されたと報じたのは今年7月のことだ。
同紙によると、丘珠空港近くの丘珠川(PFOS 320ナノグラム、PFHxS 1200ナノグラム)や丘珠2号川(PFOS 370ナノグラム、PFHxS 2700ナノグラム)などで汚染が確認された。さらに、空港排水からはPFOS 18,000ナノグラム、PFHxS 13,000ナノグラムなどが検出されたという。
調査結果が放置されていた背景とは
自治体の研究所による調査結果が放置されたまま、最近になって各地で汚染が「発見」される背景を、ある研究者はこう話す。
「国が2020年に目標値を設けるまで、大半の自治体は、汚染源とは関係なく設定された定点での測定しかしていませんでした。そのため、多くの地域で検出される数値は低く、『汚染はない』と思われていました。研究所による調査で仮に高い値が出ても、目標値もないので自治体は動こうとはしませんでした。こうして汚染源の存在を示した研究所の調査結果は事実上、黙殺される形になったのです」
その後、一部の自治体は高濃度で検出される地点があることは認識するようになったものの、汚染源特定の動きが鈍かったのは環境省の姿勢によるところが大きい、と環境省関係者は解説する。
「当初は、汚染源の可能性の高い場所を調べさせたものの、実際に汚染源が特定されて、原因者が汚染除去や賠償などを求められる事態が相次げば、環境省が後始末を押しつけられることになる。深刻な汚染が全国各地で明らかになるにつれ、そうした事態は避けたい、との思いに変わってきたのです」
このため、いま改訂作業を進める自治体向けの「対応の手引き」も、「汚染源の特定が難しい場合」を前提にした書きぶりになっているという。
表向きPFAS対策に取り組みながら、その根本にある汚染源からは目を背けようとする風潮はほかの省庁にも通じる。
経産省は10年以上前までにPFOS、PFOAを使用していた企業を明かさない。
防衛省も基地内での過去の泡消火剤の使用実態を説明せず、汚染源と疑われても土壌調査などに取り組まない。それどころか、周辺自治体からの調査要請を封じ込めるケースもある。自衛隊基地による汚染を認めると、米軍基地の汚染に対処せざるをえなくなるから、という倒錯した姿勢を指摘する声も聞こえてくる。
科学的な調査結果に目をつぶり、汚染源の解明が進まければ、汚染が除去されることもない。「99パーセント不明」とされる状況に風穴を開けることになるか、千葉県の取り組みに注目したい。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
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