調査報道大賞③デジタルでこそ発信できた理由とは 優秀賞 デジタル部門
「調査報道大賞2022」の受賞式が9月2日に開かれました。選ばれた報道は何が評価され、受賞者たちはどんな取材の苦労や思いを語ったのでしょうか。今回から優秀賞にデジタル部門が設けられました。選考委員による講評と、受賞した記者のことばのほぼ全文を、こちらで公開します。
『「キッズライン」不祥事報道』
中野円佳/Business Insider Japan他
講評: 三木由希子さん
「報道が信頼されると情報が集まる好循環。1人で発信するデジタルの可能性を示した」
キッズラインをめぐる報道というのは当初、大手メディアが社名を出さず、ともすればそのままサラッと流されそうなところを、中野さんがオンラインメディアで社名を明らかにして発信をしたということから、大きく社会問題として認知されるようになったと。その意味では、この一連の調査報道は大変大きな意味があったと思います。
特に、調査報道をする上でとても重要な要素だったのだと思うのが、報道の内容、調査報道が信頼されると情報が集まるという好循環が生まれたということが、よくわかる一連の記事であったということだと思います。
それにデジタル媒体という特性から、長い記事を比較的頻繁に更新ができるという意味では、ともすれば整理をされて削ぎ落とされてしまう情報が、かなり生々しい状態で社会に問われるということもこの記事の大きなインパクトとなったのではないかと思いました。
それに加えて、やはり重要だったなと思うのは、常に一歩先の情報が現場からきちんと上がってきているということから、会社側の対応をきちんと見極めて、二の手、三の手の調査報道を続けられたということが、この記事の持つ大きなインパクトだったのだろう、と思います。
これを、お一人の発信でずっと続けてこられたということに大変敬意を表しますし、デジタルジャーナリズムの可能性を示したという意味では、顕彰に値するということで、今回選考させていただきました。どうもおめでとうございました。
受賞のことば:中野円佳さん
「権力だけが監視の対象ではない。フリーのジャーナリストのサポートも今後の重要な論点」
キッズラインをめぐっては、今年の8月15日からキッズラインが受けていた内閣府の補助金の新規停止処分が解除されたり、8月30日にはわいせつ行為を働いた1人目の加害者である橋本被告への懲役20年の判決が出たりするなど、色々な節目がありました。
一見、一段落してしまう、あるいはもう2年も経つとですね、ベビーシッターを頼んでいた世代っていうのが、また入れ替わったりしてるので、事件が風化しつつあるところに、このような賞をいただけて、また再発防止を呼びかける良い機会になったと感謝しております。
本件は三木さんに言及していただいたように、元々SNSを通じて1人の被害者のご家族と繋がって、1人目の加害者についてはマスメディアが社名を出さずに報道していたわけですけれども、もう1人加害者がいるということを、会社が発表したり、警察が逮捕したりする前に、私が報道しています。また、好循環と言ってくださいましたけれども、全部で50人を超える告発が次々と集まってきて、それに応じて取材を進めて様々にずさんな実態を明らかにしていった経緯があります。
ここで感じたのは、企業とかそれにお墨付きを与えているように見える行政だとかに、利用者だとか働き手、一般の消費者の人たちが、個々人で声を上げても聞いてもらえない。時には法律では対処できない、あるいは警察に子供の性被害なんかだと調査してもらいたくないというようなことがあるっていうことですね。本件に関して「報道実務家フォーラム」でお話させていただいた時にも、なぜ逮捕前に書けたのかというような質問を、マスコミにいらっしゃる方から受けたんですけれども、公的な動きがないと書けない、あるいは裁判所が判断しないと書けないと思っている記者さんの多さを感じました。
でも、今日いらしている皆さんの報道は全てそうだと思いますけれども、アメリカの#MeTooの動きなどでも、ジャーナリストが警察の後追いではないといけないことはなくて、むしろその先を行くということをしていく。そういうのが、役割の1つだなと思います。
報道の役割として「権力の監視」がありますけど、国家権力とか政治権力だけではなくて、そういう個々人が声を上げていることに耳を傾けて、今回はある種、福祉のような顔をした企業ということだったんですけども、そういった企業の問題だとか、あるいはプライベート領域の話だと捉えられやすい性犯罪だとかを暴えていくことも1つの重要な役割ではないかなと思ってます。
今回、取材と調査、発信拡散にSNSと、デジタルを大いに活用することができたので、そこをご評価いただいたと思います。調査報道がフリーランスであってもネットメディアであってもできるっていうことをご評価いただけたのは、大変光栄なんですけども、やはり、そこに結構困難もありまして、たまたま優秀な編集者とタッグを組めたことだとか、顧問弁護士のような存在がない中で友人の弁護士が支えてくれたりとか、そういうところもありますので、今後、日本のジャーナリズムがマスメディア、主流メディアじゃないところで、いかにそういうフリーのジャーナリストを組織的にサポートしていくかということも大事な論点ではないかなと思っています。
私自身もこの受賞を励みに、そういったところにも貢献できたらと思っております。この度は本当にどうもありがとうございました。
(次回は選考委員特別賞の受賞者のことばです)