「環境基準」見送りで「PFAS汚染水を排出している業者に指導ができない!」
水質基準は決めたものの「環境基準」は見送り
「PFOSとPFOAの合計で50ナノグラム(1リットル中)」
この数値が今後、二つの指標として使われることになる。
飲み水については基準値。PFOS・PFOAを水質管理の分類でもっとも厳しい「水質基準」に引き上げ、遵守を義務づける。
一方、川や地下水といった水環境では指針値。これまでの暫定指針値から「暫定」を取るものの、「環境基準」への引き上げは見送ったため、努力義務のままだ。
昨年末、環境省のもとにある「水質基準逐次改正検討会」と「PFOS・PFOAに係る水質の目標値等の専門家会議」の合同会議で、この方針が決まった。
環境基準にあたるのは27物質で、水質基準の52物質より少ない。つまり、水質基準に位置づけられても、必ずしも環境物質になるとは限らない。
とはいえ、全国各地でPFAS汚染が確認されるなか、なぜ、遵守を義務づける環境基準に引き上げなかったのか。
会議後の記者会見で、環境省水大気環境局の担当者はこう説明した。
「環境基準にしないと決めたわけではありません。引き続き、さまざまな知見の集積をはかりながら検討してはどうかと提案させていただきました」
では、今後どういう場で検討されるのか。そう問うと、言葉に詰まった。
「検討の場についてはいまのところ……」
「環境基準にならないと業者に指導できない!」
環境省によると、2019年度~2022年度までに、川、湖および地下水の延べ2,735地点で水質調査をしたところ、延べ250地点で50ナノグラムを超えていた。
PFOSは2010年、PFOAも2012年ごろまでに国内では使われなくなったものの、さまざまな形で排出されたものがいまも環境中に残っているからだ。
環境省は「98パーセントの汚染源は特定できていない」というが、汚染者がみずらか認めていないだけで、判明している場所は少なくない。
汚染源はおもに、以下の三つに分けられる。
PFOSなどを含む泡消火剤を使っていた基地(米軍、自衛隊)や空港
PFOAを製造または使用していた工場
産業廃棄物または廃棄物最終処分場
ただ、汚染源と思われる事業者などが見つかっても、自治体は調査に入ることができない。PFOS・PFOAが、遵守を義務づける「環境基準」に位置づけられていないためだ。
仮に調査への協力が得られて濃度がわかっても対策を求めることはできない。その結果、対策が取られないまま漏出が続いても、止めさせる強制力はない。
産廃処理場から高濃度の汚染水の漏出が止まらないある自治体の担当者は「環境基準にならないと、事業者に指導することはできず、傍観するほかない」と打ち明ける。
汚染源を特定するための調査に取り組む別の自治体の担当者も「汚染がわかっても、現状では法令違反に問えず、対策をとってもらうよう事業者にお願いするしかない」と話す。
今も排水から検出されているところも
そればかりか、いまもなお排出しつづける工場もある。
たとえば、三重県四日市市のキオクシア(旧東芝)の半導体工場の排水からは、昨年、指針値の11倍を超えるPFOAが検出されている。複数の廃棄物処理場からの漏出も確認されている。
通常、環境基準の10倍が排出基準となるが、そもそも環境基準がなければ、排出基準も設けられない。その結果、自治体が排出を止めさせることはできず、汚染を放置することになる。
つまり、PFASの汚染対策にとって、環境基準になるかどうかは分水嶺といえる。
環境基準への引き上げを見送った理由についてあらためてたずねると、環境省の担当者はこう答えた。
「まだ、さまざまな知見の集積が必要だろうと。対策技術や環境中の拡散等の状況、そうした知見を集積しながら検討していく必要があろうと考えています」
知見の集積という定型句を繰り返すばかりで、何も説明していないに等しい。むしろ、対策技術ができるまでは環境基準にしない、と言っているようにも聞こえる。
規制強化を見送る真の理由は、「環境中の拡散」のあとにつけられた「等」のなかに潜んでいるように思われる。やはり、産業界の意向を無視できないということだろうか。
「すでに分析できる技術はある」と専門家
そこで、すでに製造・使用が禁止されているPFOS、PFOAに代わって使われている代替PFAS類を規制の対象に加えない理由についてもたずねた。
「その他PFASについては一概に有害性がわかっているわけではない。分布、存在状況もわかっているわけではない。そうした観点から、どの物質が優先順位の高いものなのかということについての知見を集めたり、分析法についての検討を進めたりしているので、そういった状況を踏まえながら対応を検討してくことになります」
こうした説明を聞いて、「PFAS対策技術コンソーシアム」で会長を務める、産業技術総合研究所の山下信義・上級主任研究員(エネルギー・環境領域)の言葉を思い出した。
「家の裏庭に不発弾が埋められていたことがわかったら、掘り出して解体すればいい。PFASではその技術がすでに確立されている」
だとすれば、問題解決の出口を塞いでいるのは環境省ということにならないか。
次回、山下会長へのインタビューをお届けする。
全国各地で汚染が確認されているPFAS。最新情報について、「諸永裕司のPFASウオッチ」で毎週お届けしています。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
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