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「なぜ違憲判決を出したのか」裁判官本人に尋ねた信濃毎日新聞の長期連載は、社会の変化をも浮かび上がらせる歴史的資料

あふれるニュースや情報の中から、ゆっくりと思考を深めるヒントがほしい。そんな方のため、スローニュースの瀬尾傑と熊田安伸が、選りすぐりの調査報道や、深く取材したコンテンツをおすすめしています。

きょう5月3日、憲法記念日のおすすめはこちら。

憲法事件を歩く 現実と理想のはざまで

2021年から続く信濃毎日新聞の長期連載、それが『憲法事件を歩く 現実と理想のはざまで』です。数々の調査報道も放ってきた同紙の“名物記者”渡辺秀樹さんが全国を飛び回り、憲法に関わる事件の関係者に取材を重ねてきました。

連載の始まりは、このテーマだと避けては通れない「9条」にまつわるさまざまなケースを取り上げています。国を動揺させた「砂川事件」の東京地裁判決や、自衛隊に対する初の違憲判決が出た「長沼ナイキ訴訟」がどのようなものだったのか、歴史的な経緯を振り返るとともに、裁判長本人に取材をしています。

憲法をめぐる裁判では、主文では「敗訴」の結果が出ているものの、判決の中身では「憲法違反」を明記する内容になっているものもあり、全文を読み込まないと、その判決の意味する最も重要なポイントが分からないことも数多くあります。

そしてこうした裁判は判決そのものが注目され、報道されますが、なぜその判決を書いたのか、注目事件の裁判長にここまで当たっていった報道はなかなかありません。

連載はその後、より日々の生活に身近なテーマでの憲法事件を取り上げていきます。生活保護や全国一斉学力テスト、夫婦別姓や同性婚、ビラ入れ(ポスティング)や街頭演説へのヤジ排除など、話題になった訴訟の当事者をめぐっていきます。

そこから浮かび上がるのは、憲法をめぐる判断は、必ずしも一律のものではなく、時代や社会の変化に応じて変わっていくということです。

例えば、父母が結婚していない家庭で生まれた「婚外子」は、嫡出の子の半分しか遺産が相続できないことについては、「合憲」とする憲法判断が続いていました。しかし2013年に最高裁は、時代の変遷で個人の尊重がより明確に認識され、父母の婚姻関係という子ども自身ではどうすることもできないことを理由に不利益を被るのは許されないという考え方から、違憲とする判断をしました。

同じように日本人と外国人の両親が結婚していないと、生まれた子どもは日本国籍が取れないことについても、最高裁は従来の判断を覆し、2008年に国籍取得を認める判断をします。違憲とされた国籍法は、半年後にスピード改正されました。

そうした判断をなぜ行うことができたのか。渡辺記者は裁判官本人に経緯を聞くことで、ベールに包まれた最高裁内部での議論をもひも解いていきます。

80本を超える連載は、「平和・協同ジャーナリスト基金賞」奨励賞や、「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」特別賞も受賞しています。

信濃毎日新聞は長野県の地方新聞社ということもあり、地元出身の裁判官や弁護士、そして憲法学者でやはり地元出身の芦部信喜(あしべ・のぶよし)の思想が反映されたものにフォーカスを当てていますが、この国における憲法事件の当事者をここまで網羅した連載は、もはや歴史の重要資料といっていいのではないでしょうか。(熊)

(信濃毎日新聞 2021/1/16~2024/2/4)