オープンデータは誰でも使える!「ベリングキャット」に見る活用術
ことしのニュース界隈のトレンドワードの1つは「OSINT(Open Source Intelligence)」でしたよね。公表されているデータを利用することで、何が起きていたのかを白日の下にさらすテクニック。かつて「報道」とは訓練されたジャーナリストだけがなし得る専売特許のようなものでしたが、OSINTは誰でもそれができる可能性を開きました。
象徴的な存在が、今や世界がその名を知る調査集団「ベリングキャット」。報道とは無縁の人たちも巻き込んで、ともにオープンソースからガンガンとロシアが隠したいことなどを暴いています。今回は彼らの最近の記事から、誰でも使えそうなテクニックを紹介してみますね。
「セブ湖畔の処刑」は教科書のような記事
「セブ湖畔の処刑」は、ソーシャルメディアに投稿された2つのビデオ映像が本物かどうか、本物であればどこでどう事件が起きたのかを調査した記事です。
映像には、アゼルバイジャン軍がアルメニア人の兵士を処刑したとされる生々しいシーンが映っています。ベリングキャットはより多くの手がかりを求めて、まずは海外でよく使われているメッセージングアプリ「Telegram」で関連した画像などがないか探します。すると、映像と同じ遺体や弾薬箱、それに周辺の岩が写った写真が見つかりました。同一かどうかを精緻にマッチングしたうえで、基本中の基本ツールGoogle Earth Proを使って、地形から事件が起きた場所を特定していきます。
「Planet Labs」の衛星画像で痕跡を調べる
場所がほぼ判明したら、そこで何が起きたかを調べていきましょう。その際に使われたのが「Planet Labs」のサービスです。
アメリカのベンチャー企業で、ホームページを見ると、「軌道上で200基以上を運用」「企業、政府、研究者、ジャーナリストにとって役立つ衛星データを毎日提供します」とありますね。ジャーナリストも利用者として前提としているサービスなのです。有料ではありますが、その昔は衛星を運用している日本の企業から「1枚300万円」なんてとんでもない金額を取られたことを考えれば、格段に使いやすくなっています。
提供されているサービスのうち「Planet Tasking」は、指定した場所を高解像度で撮影し、3時間以内に依頼者に届けるもの。ベリングキャットはこれらを利用したとみられます。
衛星画像を分析したところ、現場と見られる丘には、何者かによって人為的に荒らされた痕跡があることが分かりました。そこで過去に遡ると、9月12日の時点では現場に「焦げ跡」はありませんでしたが、13日に撮影された衛星画像には火災と焦げ跡が見て取れました。また、この時期にアゼルバイジャン領内を通って現場に向かう、何者かが通過した跡もあったということです。
「Peakvisor」で山頂の画像から場所や時間を特定
場所の特定のために、ベリングキャットはさらに別のツールも利用していました。それが「Peakvisor」です。
山頂の形状から、どこのどの山なのかを教えてくれる無料のアプリで、世界中の山の情報をカバーしているとのこと。これによって、ビデオ映像の背景に移っている山を特定していきました。
さらにこのツールには、「Sun trail」という機能もあります。太陽の軌跡を調べられるもので、本来は写真家が撮影に最適な光のタイミングを知るために実装された機能。これをベリングキャットは、事件が起きた時間を割り出すために利用しました。
太陽の軌道の分析から、映像が8月中旬から9月13日の朝にかけて撮影された可能性が高いとベリングキャットは推測します。仮に9月13日だった場合、データからは午前6時10分から33分の間ということになるとしています。とはいえ、この手法では、カメラの特性や傾きなどが影響を与える可能性があるため、確たることが言えるかというと、慎重にならざるを得ないとのことです。
「NASA FIRMS」で熱源を感知 時間を特定
時間の特定には、別の方法もあります。あのNASAが提供する「FIRMS」を使うやり方です。
これは世界中で発生する火災をモニターできるツールです。衛星による光や赤外線の分析によって、火災発生のデータを提供しています。アメリカとカナダではリアルタイムで、その他の場所でも3時間以内に提供されます。
熱源を感知するわけですから、一般的な火災にとどまりません。火山の噴火や、事故による大爆発も感知できるでしょう。ベリングキャットは、このツールを戦闘行為の監視に利用することを勧めています。
今回の場合、9月13日の午前3時16分に周辺で熱の痕跡を検出していたということで、事件の前に行われたアルメニア陣地への集中的な砲撃は、その時間に起きたのではないかとしています。
このツール、すでに日本でも利用しているメディアがあります。日本経済新聞は、ロシアがウクライナに侵攻した1週間後にこのデータを利用し、「首都キエフなど主要都市では住宅の立ち並ぶ市街地も爆撃や砲撃の標的となっている」と報じました。
「Camopedia」で軍服を特定
最後に彼らが使ったのは、「Camopedia」というデータベースです。
サイトの説明によると、「20世紀初頭から世界中で使用されてきた主要な軍事・準軍事迷彩パターンを網羅し、正確かつ学術的に裏付けされたデータベースを提供する」のだとか。誰が使うのかというと、「歴史家、政府機関、軍人、コレクター、アーティスト、デザイナー、ミリタリーモデラー」などを想定して無料で公開されています。
映像では武装した男がカメラに近づいた際、軍服の迷彩柄がはっきりと確認できます。それをベリングキャットがこのデータベースと他のデータベースも利用して照合したところ、近年、アゼルバイジャン軍が使用しているトルコ起源の2つの類似した迷彩パターンと一致したということです。
「使えるオープンデータ」は他にも無数に
この記事に使われていたツールは以上です。ベリングキャットは公式サイトで他にも様々なテクニックを公開しています。
こちらは、ソーシャルメディアを分析する初心者に向けてのガイド。
OSINTに取り組む人がまずやるべきともまとめています。
TikTokの分析方法は2回にわたって。
他にも様々なテクニックがまとめられていますので、関心がある方はぜひ一読を。
日本国内でビジネスや取材が「10倍速」になるテクニックもお伝えします
さて、ここまでお読みになって「英語のツールやデータだし、日本でどう使うか分からないし」という方も、中にはいらっしゃるのではないでしょうか。
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2022年12月26日
取材・執筆 熊田安伸