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【スクープ】命を救う人工呼吸器でトラブル100件以上か!窒息状態で救急搬送されたケースも…フィリップス・ジャパンの複数の元社員が証言(前編)

患者の命をつなぐはずの人工呼吸器。しかしその機器の不具合が原因で、患者が相次いで窒息状態に陥っていたことが明らかになった。

問題の人工呼吸器は、米フィリップスが製造したものだ。呼吸器系の別の種類の医療機器も合わせ、世界で550万台もの自主回収が進んでいる。ところが、交換器具として新たに配られた「改修器」が突然、十分な空気を送らなくなり、患者が窒息状態に陥るトラブルが主に日本で多発していたのだ。フィリップス・ジャパン(東京都港区)の複数の元社員の証言や関係資料からわかった。

自発呼吸が困難な難病患者も多く使う人工呼吸器で、いつ起きるかもわからない不測の事態だ。多くの患者が窒息のリスクにさらされ、米国では「重篤な健康被害や死亡を引き起こす恐れがある」として危険度が最も高いクラスⅠに分類された。だが、米国よりはるかに多くのトラブルが起きていた日本では、重篤な健康被害につながるおそれは「ない」として、報道発表のないクラスⅡの扱いとなっていた。

患者の安全を優先する米国の対応とは対照的に、日本における医療機器規制がこれほどまでに緩く、企業に甘いのは、なぜなのか。その内幕を上下2回の連載でお伝えする。

フリーランス記者 萩 一晶

リコールのリコールという異常事態

「リコールのリコール」が起きていたのは、米フィリップスが製造した人工呼吸器トリロジー・シリーズ。筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった主に神経難病の患者が、在宅や医療ケア施設で使うことが多い呼吸器だ。

日本ではフィリップス・ジャパン(東京都港区)が米国から輸入販売しており、3機種(トリロジー、同100plus、同200plus)、計約6700台が今回、2度目の自主回収の対象となっている。ひっそりと始まった自主回収は開始から1年9カ月が過ぎたいまも、まだ終了報告が行政に届いていない。

人工呼吸器トリロジー100。さらに機能を付加して100plusとして販売していた(フィリップス・レスピロニクス合同会社のカタログから)

そもそもの発端は、2021年6月に米フィリップスが発表した、世界で550万台に及ぶ大規模リコールだった。

「睡眠時無呼吸症候群」の治療に使うCPAP(シーパップ)装置や人工呼吸器には多くの場合、稼働中に発生する騒音や振動を抑えるため、本体の空気回路内に防音用発泡体(防音材)が敷き込まれている。ところが、その防音材向けに米フィリップスが採用した「ポリエステル系ポリウレタン」というスポンジ状の素材には、高い温度や湿度に弱く、加水分解しやすいという弱点があった。

米フィリップスは、この防音材が劣化すると、①細かい粒子を発生させる、②揮発性有機化合物のガスを放出する、という二つのリスクがあると発表。この粒子やガスを、患者がマスクを通じて吸い込んだり飲み込んだりすると、「気道の炎症、頭痛、喘息、臓器への有害作用や毒性・発がん作用」などの健康被害を引き起こす恐れがあるとして、2021年夏に日本を含む世界各国で自主回収を始めた。

今回、明らかになったのは、この大規模リコールで問題機器を回収した後、新たに配られた人工呼吸器で、さらに緊急性の高いトラブルが主に日本で多発し、再びリコールになっていたという驚くべき事実だ。しかも、問題発覚前後の販売元の対応には数々の疑問が浮上している。

改修器なのに次々とトラブルが発生

東京都への報告によると、2021年の大規模リコールで自主回収を発表したフィリップス・ジャパンが、問題の人工呼吸器の回収に実際に着手したのは2022年4月に入ってからだった。ようやく新しい部品が米国から入荷し、防音材を問題のポリウレタン製からシリコーン製に付け替えて、「改修器」として出荷する作業が始まった。

ところが、しばらくすると病院や患者から「器具は作動しているのに空気圧力が上がらない」「なぜかアラームが鳴る」「患者が苦しがっている」といった苦情が舞い込み始めたという。

匿名を条件に取材に応じた複数のフィリップス・ジャパン元社員によると、当初は「機械的なトラブルだろう」との判断で個別に対処していたという。だがトラブルの件数が膨れ上がり、日本から報告を受けた米フィリップスで本格調査した結果、改修器に取り付けたシリコーン製の防音材が接着が悪くて基板から剥がれてしまう「フォーム剥がれ」が起き、空気の流れを塞ぐ問題が起きていたことがわかった。

筆者が入手した問題箇所の画像をみると、外気の取り入れ口から空気を吹き出すブロワにいたる空気回路に、防音用の白いシリコーン材が渦巻き状に敷き込まれており(写真上)、その中心部の円形部分が浮き上がっているように見える(写真下)。

「フォーム剥がれ」を起こした人工呼吸器の内部画像。外気を取り込み、ブロワに送る空気回路の基板に、白いシリコーン製の防音材が敷き詰められている(フィリップス・ジャパンの社内資料より)

この円形部分が、患者側に空気を送り出すブロワの吸い込み口と向き合う部分だ。防音材はここでプラスチック製の基板から剥がれ、ブロワ側に吸い寄せられて空気の流れを塞ぐ形になっていたのではないか、というのが元社員の見立てだ。

人工呼吸器の内部画像。丸い部分がブロワにつながる吸い込み口だ(フィリップス・ジャパンの社内資料より)

この事態を受け、親会社のロイヤル・フィリップス(オランダ)は2022年11月、問題に関する第一報を公表し、「米フィリップスが世界の関係当局にも報告した」と説明。12月には米フィリップスも「窒息や低換気状態、低酸素血症といった、生命をも脅かす呼吸トラブルに患者が直面する可能性がある」として、米国内で流通していた改修器約1万4000台を再びリコールとし、自主回収を始めた。

米国で出荷を停止した後も日本では出荷を続けたのか

疑問が残るのが、問題器具の出荷時期の違いだ。米国の規制当局・米食品医薬品局(FDA)によると、米フィリップスは問題の改修器の出荷を2022年3月に始め、半年後の9月6日には止めていた。日本からトラブル報告を受けて調べを進めるなか、リスクを察知してストップした可能性が高い。

米国での出荷が2022年9月6日までで止まっていたことを示す資料(FDAのホームページから、赤枠は筆者)

一方、日本の対応は違った。フィリップス・ジャパンが国に報告した『医療機器回収の概要』によると、2機種については米国が出荷を止めてから4カ月後の2023年1月まで、日本国内では出荷を続けていたと記されている。米国で自主回収が始まってからも、記録上はまだ1〜2カ月間は出荷を続けていたことになる。ようやく自主回収を始めたのは2023年2月に入ってからだった。

この間、患者が窒息状態に陥るリスクのある改修器を、フィリップス・ジャパンは本当に出荷し続けていたのだろうか。事実なら重大な問題ではないか。しかし、東京都に確認を求めても「終了報告書が届くまで詳細はわからない」(薬事監視担当課長)、厚生労働省も「個別事案にはお答えできない」(医薬安全対策課)という回答だ。

窒息のリスクが発覚し、リコールとなった医療機器の話なのだ。いつまで出荷された器具に、どんな危険があるのかといった基本的な情報は、むしろ積極的に広報し、患者の不安をできるだけ取り除くのが仕事ではないのか。その役割を放棄するかのような、日本の規制当局の「秘密主義」は正直、理解に苦しむ。

回収対象となった改修器の出荷を「開始した時期」についても、本来なら東京都への報告通りに2022年4月とするべきだが、『概要』には新品で出荷された時期と思われる2014年(100plus)や2016年(200plus)と書かれている。もしかすると規制当局は実情をまるで把握していないのではないか、という疑念まで浮かんでくる。

ここから先は会員限定です。では社内ではどのような対応が行われていたのか、元社員が社内メールを明らかにします。さらに相次いでいたトラブルの実態についても、詳細に証言しました。

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