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「警察官が違法行為をやったらおしまいじゃね」娘にそう言われた私は、警察を退職する決断をした

引き締まった体にダークスーツ。小柄で生真面目さを漂わせる40代の男性が、顔を紅潮させながら、親指で目頭をぬぐい、声を詰まらせていた。

「警察官が違法行為をやったらおしまいじゃね、と娘に言われて……やめて責任を取れと、ちゃんとこれを公にしなさいと言われた時に……これからの組織、後輩のことを考えると、同じ目に遭わせたくない……」

子どものころからの夢だった警察官を辞めよう。自分自身も逮捕されてしまうかもしれないが、覚悟の上だ。

警察の、しかも警備公安という“外から見えない組織”で「不正な経理」が行われているという異例の告発した男性はその日、カメラの列の前で今に至るまでのすべてをポツ、ポツと語っていった。


異例の事件の、異例の記者会見

広島県庁の2階にある県政の記者クラブ。広島政官界をターゲットとする普段からいる記者たちだけでなく、事件担当も含む10社以上の記者たちが押し寄せ、広島県内の民放とNHKの全局のテレビカメラが並んだ。元警察官の男性が、自分も関わった内部の不正について打ち明ける。そんな異例の記者会見が20日、行われたのだ。

代理人の清水勉弁護士は入り口近くの席に座り、男性を守るかのように奥の席へといざなった。これまで30年近く情報公開に関する裁判などを通じてメディアとのやりとりにも慣れている清水弁護士。男性の顔の撮影はやめてほしいが、声については多くの人に聞いてもらいたいのでそのまま使ってもらって構わないと、テキパキと伝える。

会見の様子、奥のソファに座るのが清水勉弁護士

そのうえで、国の税金を原資とする「国費」が使われる警備公安部門の捜査費をめぐる極めて特異な問題が起きていて、住民監査請求ができる都道府県警の通常の捜査費とは全く違うということ。このため、変化球のような方法で情報公開を求めていて、今月30日にそれに関する審査会が開かれ、その場で元警察官の男性とともに意見を述べることになったこと。その前に、事件の概要と経過、問題点を報道陣に明らかにすることが目的だと語った。

「これは違法行為だ」確信に変わった日

「結論をいうと、私が出張旅費等々を不正に請求したという事実は間違いないものです」

男性はいきなり、自分が罪を犯したという告白から切り出した。事件のことをよく知らない記者が聞いたら、彼の立場を誤解してしまわないだろうか。これまでの報道を読んでいる私は、内心、心配になった。緊張のせいか、言葉は硬く、両手の指を何度も合わせたり交差させたりしている。

彼の説明によると、始まりは2019年。

福山市内の警察署の警備課。上司の課長から、捜査で出張する際に、「現場に行かなくていい」と言われるようになった。本当に大丈夫か……そんな思いは当初からあったが、「わかりました」と、捜査で出張したとする書類を作った。時には自分の分だけでなく、上司の分も作ったという。

本当に誰も現場には行っていないのか。いったどうなっているのか。すべては闇の中だが、上司の命令は絶対の警察という組織。頭に浮かぶ疑問符をかき消しながら日々を過ごすしかなかった。行っていない出張の旅費は、個人の口座に振り込まれていった。

9月のある日、署の部屋に他の課の人間が入ってきた。まずい、出張に行っているはずの人間がいてはバレてしまう。課長に報告したところ、それ以降、「カラ出張」の日は署に顔を出さず、在宅するよう指示された。

他の上司に本当に大丈夫なのか、ダメなのではないのかと言い続けたが、「従うしかない」と言われ、従い続けた。

それが「違法行為だ」と確信に変わったきっかけがあった。

監察官室に「カラ出張」のことを告発する匿名の投書があったのだ。そのことを知った課長に、呼び出された。「もし公になると、おまえたちは懲戒処分を受ける」と言う。ああ、これはやはり違法行為だったんだ……。この件に確実に関わっているとみられるのは、課長と自分を含めて4人。他の人間も一人一人呼ばれ、「おまえが投書したのではないか」と問い詰められた。

男性が上司に「口止め」のため呼び出された福山市内の駐車場

大事なのは家族、だからこそ……

口止めをされた際、「自分も家族が大事なので」という話をした。

すると課長から、もし公にすると免職になるぞ、と言われた。

同僚たちも、一番それを問題にしていた。とにかく家族だ。ちょうどコロナ禍の時期。でも警察官の収入はそれなりにいい。それを捨てられるかというと、なかなか難しい。黙っていたほうが自分のためだし、やれば「天につばする」ことになる。

そんな時、娘に言われた。

「警察官が違法行為をしたらおしまいじゃね」

辞めて責任をとるべきだ、ちゃんと公にするべきだと。

自分は恩師から、警察官のあり方とは、「やるべきをやって、やらざるをやらない」と言われてきた。それが一番大事だと。ではいま、何をやるべきなのか。

これからの組織、後輩のことを考えると、同じ目に遭わせたくはない。じゃあ、自分がそれをやろう。娘の言葉で決意することができた。

いろんな人に相談をした。「辞めた後に退職金をもらって告発したらいいじゃないか」とも言われた。でもそれは、どうしてもできない。本来であれば在職中に、処分を受けてから辞めるのが筋だと思っていた。だが、内部にいたら、「告発があっても、どうにでもできる」と課長は言う。

退路を断って、退職願を出して外部に出るしかないと思った、妻にも、「もしかしたら退職金が出ないかもしれないけど、逃げたくない」と伝えた。

カラ出張に際して作成したのは「国費の捜査費の書類」だ、と男性は語っている

問題は「カラ出張」だけなのか

娘のことを語る時、そして「やるべきをやって、やらざるをやらない」という言葉を口にする時、彼は感極まった様子で、目を潤ませていた。親指で何度も目頭をぬぐう。

退職した後は、監察官室に「カラ出張」について通報し、聴き取りに応じてきた。隠れるつもりはない、処分は受けるという。今年6月の時点で調書は全て取り終わっているはずだが、いまだに「自首」行為について速やかに取り扱ってくれていない。

さらに「カラ出張」の会計処理について、そして自分の通報がどう扱われたのかについて情報開示の請求をかけたが、「それがあるのかないかも回答しない」というのが県警の返事だった。

結局、「カラ出張」をしたのは6回。実は7回出張をしたことになっていて、1回だけ本当に行っている。もし何かあった時に、1回は実際にやっておかないと説明ができないから、という理由だった。

会計処理について情報開示を求めたのは、おカネを全額、返したいから。振り込まれた旅費は分かるが、時間外手当や日当などもあり、総額は分かっていない。また、カラ出張をしているということは、捜査費(警察の協力者に対する謝礼などに使われる)も同じように使われているのではないか。それがあるからこそ、辻褄合わせためにのカラ出張の書類が必要だったのではないか。

ダメなものはダメと言える日を

清水弁護士も「不正は旅費だけかどうかはわからない」という。

「国費捜査費だから、同じようなことが全国の警備公安で行われていないかと調査をすべきではないかという問題に発展しかねない。そうなると、県費捜査費のように国費の方もオープンにせよ、という流れができかねない」 

「上司は、他のところでもやっているし、以前もやっていると言う。それが本当かどうかはわからないが、そこまで言えてしまうのは、その人自身が、かつての上司に言われているからではないか。ほかのカネの使い方でも。根が深い」

そのうえで、今回の告発について述べた。

「よくある警察の内部告発は上司への恨みが多い。でも彼の場合は全くない。不正経理をさせた上司が処分されたらいい、という考えはない。自分が関わったことへの責任感が、動機のすべてだ」

清水弁護士(左)と男性

そして男性は、他の警備・公安警察でも起きていると思うかと問われ、こう語った。

「そういうことをやっている人間がいる可能性は極めて高いと思います。他課の人たちはものすごく制限もあるのでやりづらい。私がいた部署は自由度が高いので、もし志を誤った人間がいればできるだろうと思います。
意見具申はそれなりの覚悟をもってしなければならない。やはり上意下達があるのでなかなかできないと思うが、そういうことができる環境。風通しがいいというか、ダメなものはダメだと言える環境を作っていくべきだと思う」

現在配信中のスローニュースでは、具体的に経理をどのようにしていたのかなど、記者の質問に詳しく答えた内容と、会見のノーカット動画が見られるほか、配布された資料もダウンロードできるようにしている。





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