国境の島でおきた「JA職員の溺死」を追いかけた執念の取材が浮かび上がらせる「人間の業」
2019年2月のある朝、国境の島、対馬の小さな港で軽自動車が海に転落し、運転していた当時44歳のJA職員が亡くなりました。
この職員は共済金の営業で、歩合給も含めて4000万円を超える年収を手にしていたJAでは「神様」ともいわれた人物。JA共済連が開催する表彰式で「総合優績表彰」を毎年のように受賞していました模範的な営業マンだったのです。
しかし、死の直前に横領の疑惑が持ち上がっていました。その被害金額は少なくとも22億円にのぼるといいます。
なぜわずか人口3万人ほどの対馬で、全国で表彰されるほどの成績をあげることができたのか。なぜ22億円もの巨額の不正が発覚しなかったのか。そして、なぜ彼は死ななければならなかったのか。
元日本農業新聞の記者で現在はフリーランスの窪田新之助さんが、その謎を徹底的な取材で追及する『対馬の海に沈む』(集英社)は、2024年第22回開高健ノンフィクション賞を受賞した、今年を代表する一冊です。
JAは巨額の不正を職員個人の犯行として片付けますが、一人だけでできるだろうかという疑念を持った筆者は、関係者を徹底的に取材、また内部資料を手に入れ、読み込み、その真相に迫ります。そこから浮上した本当の「共犯者」とは。
たどり着いた先から見えてきた日本社会の深い闇は、ぜひ本を読んで感じてください。筆者が感じた異物の正体は、人間の業であり、やりきれない社会の闇でもあります。
重い読後感ですが、筆者が職員の母親の話を聞こうと実家をたずねて、仏壇で線香をあげようとして向き合った遺影の写真とその母親の語る少年時代の無邪気さが印象的でした。(瀬)