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終戦直後に朝鮮から日本に密航した「洗濯屋」と、裕福な一族と決別して結婚した妻の「家族」「国籍」「民族」を描くノンフィクション

あふれるニュースや情報の中から、ゆっくりと思考を深めるヒントがほしい。そんな方のため、スローニュースの瀬尾傑と熊田安伸が、選りすぐりの調査報道や、深く取材したコンテンツをおすすめしています。

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密航のち洗濯 ときどき作家

徹底的に「個」を追いかけながら、そこから「国」や「国籍」が浮かび上がってくる骨太ノンフィクションでした。

『密航のち洗濯 ときどき作家』(著/宋 恵媛、望月 優大  柏書房刊)です。

赤川次郎のような軽やかなタイトル、明るいイラストの表紙の印象で気軽に本を開いたのですが、いきなりガツンとやられました。1957年、目黒区の外れに「徳永ランドリー」が開店した冒頭から、いきなり46年の密入国船で緊張する山口県の日本海側に舞台が移る展開に引き込まれていきます。

戦前から戦後にかけての日本で、貧しい生活を送りながら作家として生きようとした朝鮮人の父親とその家族の生涯を、膨大な資料と取材で追いかけたノンフィクションでした。

きっかけになったのは、ある在日朝鮮人一世が残した日記です。

1911年、当時、日本に併合されていた朝鮮で生まれた男性は、終戦までの間に日朝の間を何度も行き来します。その最後になったのが、46年、船を使った日本への密航でした。しかし、日本上陸直後に見つかり、男は収容された米国船から深夜海に飛び込み逃亡したものの、残された妻は本国に送還をされ、そこで生き別れとなります。

なんとか日本に潜り込み、そこで仕事を得た男は、新たに妻となる女性と出会います。それは裕福な一族に生まれながら、家族を失い孤立した日本人女性でした。彼女は、男と結婚したことで一族から縁を切られ、極貧の夫婦生活を送ることになります。

そこから夫婦の仲睦まじい物語が始まるかと思えば、それは裏切られます。自殺を考えるほど苦しい生活の中、父親は作家を目指すと称して、発表するあてもない小説を書き連ね、日記をつけ続けます。その日記を、在日朝鮮人文学史の研究者である宋恵媛が手に入れたことから、この取材は始まっています。

そこから男性が書いた小説や各地に残る資料、そして東京はもちろん山口県、韓国にまで取材の足を伸ばし、この夫婦、そしてその間に生まれた3人の子供たちのそれぞれの物語を徹底的に追いかけていきます。

そこから浮かび上がるのは、家族の複雑な物語です。妻が国籍や縁戚を捨ててまで一緒になった夫婦の関係は決して美しいストーリーにはなりません。

一家は貧困に喘ぎ、男は思いのままにいかない生活の怒りをぶつけるように、妻に暴力を振るうのです。妻は一時的、北朝鮮に渡ることも考えます。子供たちもそれぞれの選択をします。国籍、民族、国家という問題が、それぞれの人生にそれぞれに絡まっています。

そして、歴史がたくさんのこうした家族を生み出したことに思い至ります。

癌に苦しみながら、入院費さえ苦労する貧しい生活の中でこの世を去った男性、尹紫遠さんが残した日記、そして作品は、いまこうして一冊の本を生み出し、家族の物語と歴史を繋いでくれます。

この重厚な取材を支えたのは、望月優大さんが運営するWebサイト『ニッポン複雑紀行』。

著者二人の日韓にまたがる取材に同行した田川基成さんの写真も印象的な一冊です(瀬)








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