見出し画像

SFから自由な空想や表現、風刺精神を排除したらもはやSFとはいえない。「世界的権威の賞」の衝撃の内幕を暴いたレポート

あふれるニュースや情報の中から、ゆっくりと思考を深めるヒントがほしい。そんな方のため、スローニュースの瀬尾傑と熊田安伸が、選りすぐりの調査報道や、深く取材したコンテンツをおすすめしています。

きょうのおすすめはこちら。

中国への懸念でSF作家たちがヒューゴー賞から外された

いま、世界中のSFファンたちを震撼させる出来事が起きています。

「ヒューゴー賞」をご存じでしょうか。SF・ファンタジーの分野では世界的な権威になっている賞です。

どんな作品が受賞しているかというと、この作品がなければ機動戦士ガンダムもなかったかもしれないロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』をはじめ、山下智久主演の日本版ドラマや舞台にも翻案された感動作のダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』、SF映画の古典として知らぬ者がいない『2001年宇宙の旅』の続編であるアーサー・C・クラークの 『2010年宇宙の旅』、今に続くサイバー・パンクの一大ムーブメントのきっかけになったウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』、今年もシリーズの映画公開が予定されているフランク・ハーバート の『デューン/砂の惑星』、エヴァンゲリオンや小説のタイトルにも影響を与えたハーラン・エリスンの『世界の中心で愛を叫んだけもの』、そしてNetflixなどでのドラマ化でいま話題を呼んでいる劉慈欣の『三体』など。いずれも大傑作の受賞作を並べていくと、きりがありません。

毎年、「ワールドコン」という世界SF大会で受賞作が発表されるのですが、中国の成都で大会が開かれた2023年、数人の作家が最終候補リストから意図的に除外されたと報道されています。

実はこの問題、ヒューゴー賞の審査委員の一人、ダイアン・レイシー氏からジャーナリストにリークされた審査委員長名のメールで明らかになったもの。レイシー氏は「中国、台湾、チベット、あるいは中国で問題になる可能性のあるその他のテーマに焦点を当てた作品の候補者を精査するように言われたが、恥ずかしながらその通りにした」と述べています。

読みやすいのでガーディアンの記事を先に挙げましたが、最初に疑惑とメール漏洩の経緯を詳細に書いたレポートは以下になります。(大変な長文です)

除外された中には、R・F・クァンの“Babel, or the Necessity of Violence”や、『サンドマン』『デス』で知られるニール・ゲイマンらが含まれているとのこと。ニール・ゲイマンの独特の作風は私も大好きなので、ショックです。(いずれも日本語版、全部買い集めていました)

SFというのは単に科学的な空想を広げるだけの作品ではなく、社会情勢を風刺したり、人類の可能性や逆に愚かさをも描くことで、時代や文化に大きな影響を与えてきました。

いずれもヒューゴー賞の受賞作から取り上げてみると、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』は、第二次世界大戦で日本やドイツの枢軸国側が勝利した世界という設定で、それが描かれることで逆に現代社会が照らし出されます。宇宙人に誘拐されて動物園で飼われている男性を描いたカート・ヴォネガット・ジュニアの『スローターハウス5』は、ドレスデン無差別爆撃のことを風刺しています。

未来にも影響を与えるような作品といえば、イーロン・マスクも愛読したというロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』は、月にできた政権の独立を通した現代の政治・社会体制への批判的な視点に加え、AIの異常なまでの発達を予見した作品です。アーシュラ・K・ル=グウィンの『闇の左手』は、雌雄同体の人が生きる「ジェンダーのない世界」を描いた先駆的な作品とも言われています。

自由な表現こそが真骨頂のSFが、「忖度」や「圧力」で表現を制限されてしまっていいはずがありません。

レポートは、こんな一文で締めくくられています。

「私たちが直面する最大の危険は自分自身であり、未知なるものに対する不合理な恐怖であることをご存じだろう。しかし、未知なるものなど存在しない。一時的に隠され、一時的に理解されないものがあるだけだ」ジェイムズ・カーク船長(『スタートレック』

カーク船長! 涙が出てきました。(熊)

(The Guardian 2024/2/15)