「ハザードランプを探して」第4回
取材・執筆:藤田和恵、フロントラインプレス
SNSとヤミ金
その日、「反貧困ネットワーク・新型コロナ災害緊急アクション」事務局長の瀬戸大作さんの1日は、生活保護の申請同行から始まった。申請者はSOSを通して出会った細谷文彦さん(仮名、40代)。行き先は、東京23区のある福祉事務所である。
年配の相談員が細谷さんに向かって、生活保護の仕組みや注意すべき点を丁寧に説明してくれる。そのさなかのことだ。相談室の中で何度も振動音が響く。そのたびに細谷さんがジャンパーのポケットを押さえる。確か、携帯電話が入っているはずだ。大切な話を聞きながらも、細谷さんには気もそぞろになる瞬間があるように見えた。同行している私もちょっと冷や冷やする。
相談員が席を外し、事務スペースに向かった合間をみて、「どうしたんですか?」と聞いてみた。細谷さんは、こわばった表情で携帯の着信履歴を見せてくれた。不在着信を示す真っ赤な電話番号で埋め尽くされている。続いてショートメールの画面を開くと――。
「折り返しもないってことはうちに対する宣戦布告ってことでいいな? 覚悟しろよ」
「最終通告。インターネットに運転免許、顔写真、保険証を載せる」
「無視するなら、息子の学校、電話して呼び出してやろうか」
細谷さんが「ヤミ金からの督促です」と打ち明けた。借りたのは全部で約30万円。すでに相当額を返したのに、現在も60万円ほどの返済を迫られているという。返すために別のヤミ金から借りることを繰り返した結果、借り入れ先は10カ所を超えてしまったという。
しつこく聞こえていた携帯の振動音は金融業者による取り立ての電話だった。
生活保護の申請を終えた後、事態はさらに悪化した。細谷さんの携帯に、今度は妹から「ヤミ金業者から何度も職場に電話がかかってくる。このままでは会社に行けなくなってしまう」と訴えるパニック状態の電話がかかってきたのだ。細谷さんによると、ヤミ金業者からの督促はすでに実家の両親や知人にもかかっているという。
瀬戸さんが深刻な表情で「すぐに止めさせないとまずいな」と言う。すぐに、反貧困ネットワークの顧問弁護士・林治さん(東京弁護士会)に面談のアポを入れた。
昼すぎ。
瀬戸さんは、20代女性からのSOSに対応していた。両親から虐待を受け、地元の自治体に相談したところ、劣悪な無料低額宿泊所(無低)に入れられてしまったのだという。女性は「男の人の大きな声が怖い」「無低で暮らすのは無理です」と消え入りそうな声で訴える。すでに生活保護を利用していることから、一度ケースワーカーを交えて話をすることを決めた。
女性の相談者ということもあり、この間、細谷さんは気を遣って近くの公園で待っていてくれた。相談が終わると再び合流、3人で目に付いたラーメン店に入って遅めの昼食を取る。林弁護士の事務所に着いたのは午後の遅い時間帯だった。
林弁護士とは、コロナ禍における食料の無料配布の現場などでたびたび出会う。会場で法律相談に応じているのだ。貧困問題以外でも、住人を家財道具ごと締め出す「追い出し屋」や、ひきこもり状態にある人を暴力的に自宅から連れ出す「引き出し屋」などの問題で業者を相手取った民事裁判を手掛けてきた。私もこれまで何度も取材で話を聞かせてもらったことがある。
細谷さんからの聞き取りを終えると、林弁護士は細谷さんの着信履歴をもとに片っ端からヤミ金業者に電話をかけ始めた。今後は請求行為を一切しないように、という趣旨を淡々と伝えていく。中には「詐欺で訴えるぞ!」「本人に変われ!」とすごむ人もいたが、一方で「分かりました」「弁護士が間に入ったらそれ以上請求しません」などと早々に切り上げる人もいた。
意外とスムーズに終わるかもしれない――。
そう思った矢先、細谷さんの携帯が鳴った。実家の母親からだという。弁護士を立てたと知ったヤミ金業者らが、今度は実家に脅しの電話をかけ始めたのだ。細谷さんによると、母親は「実家の住所も分かっている」「今から息子を連れて行って目の前でぼこぼこにしてやる」「父親の職場にも行く」などと言われ、かなり動揺しているらしい。
林弁護士がヤミ金業者と渡り合う横で、細谷さんが母親に向かって「電話に出たらダメだって!」「今弁護士の先生に相談してるからさ。もうちょっと耐えて。お願いだから」と悲痛な調子で説得している。
やはり、一筋縄ではいかないのか。
ヤミ金の被害に遭う人がコロナ禍で増えているという。その舞台とされるSNSを私も探索してみた。
SNSなどを通して見知らぬ者同士が知り合い、金銭を貸し借りする「個人間融資」。
給与を担保に高額な手数料で金銭を貸し付ける「給与ファクタリング」。
性行為を見返りに女性らに金銭を貸し付ける「ひととき融資」。
こうした手口での勧誘はネット空間に溢れかえっていた。Twitterを開けば、♯(ハッシュタグ)を付けた「♯お金貸してください」「♯ブラック対応」といったワードが簡単に目に入る。「どこからもお金借りれなくて困ってるブラックの方、助けます」「詳しくはDMまたはLINEまで」「振込まで最短5分」といった投稿のほか、「利息は7日で2割、10日だと3割」など公然と違法な金利を掲げる投稿もある。
お金を借りたい人が書き込むネット上の掲示板もある。そこには「緊急事態宣言に伴って現在まったく稼げていない状況です。どうしても20万円必要です」「コロナの影響で給料が減ってしまって。家賃と携帯代が払えません。どなたか助けていただけないでしょうか」「支払いはご指定いただいた利息で返していきます」といった切実な書き込みであふれている。
林弁護士は言う。
「ヤミ金業者といっても実態は個人です。最近はLINEやメールだけでやり取りするケースもあるようです。(借りる側には)依然として多重債務者が多いですが、コロナで生活困窮に陥り、追いつめられて借りてしまったという人も増えているようです。歪んだ自己責任論がはびこる中で、『自助努力で何とかしなければ』と考えてしまう人もいるのではないでしょうか」
コロナ禍が広がる前、細谷さんは地方都市で水産関係の事業を手掛けていた。コロナの影響で経営が悪化し、「夜逃げ同然」で東京に出てきたのは、2020年6月である。事業関係の負債や知人・親戚からの借金はかさみ、そうした混乱の中で妻とも離婚。個人事業主に給付された持続化給付金の100万円は妻と子どもにすべて渡したという。
ヤミ金に手を出したのは、秋になって所持金が尽きたころである。
「東京なら何か仕事があるかなと思って出てきたんですが……。ヤミ金が、やばいところだってことはわかっていました。でも、これ以上周りに迷惑をかけるわけにはいかない。その一心でした」
お金借りたい、明日必要、ブラック……。そんな語句を使ってネットで検索を続け、たどり着いた先に掲示板があった。名前や連絡先などを登録すると、「ご融資のご案内ができます」「即日振込可能です」といったメッセージや、LINEのQRコードを記載したダイレクトメールが連日、何件も届くようになったという。
連絡を取ると、住所や年齢、家族構成のほか、実家や取引先の連絡先、家族の勤め先、子どもの学校名といった情報を送るよう言われた。預金通帳や健康保険証のコピー、免許証を顔の横に掲げた自撮り写真の提出も求められた。結局、細谷さんは30件近い個人情報を渡してしまう。
「一度に借りられる金額はまちまちですが、だいたい3万円以下です。あるヤミ金からは2万8000円を借りて1週間後には4万円の返済を求められました。別のヤミ金からは1万5000円を借りて返済は3万円とか……。お金を借りるときは、知らない人の口座から複数回に分けて振りこまれることもありましたし、返すときは毎回違う口座を指定されました。警察にも相談しましたが、『暴力団が組織的にやってるわけじゃないので、実害が出るまで動けない』と言われました」
利息分を「手数料」「登録料」などの名目で取り立てられることもあった。いずれにしても年利換算すると、法定の上限金利(年利20%)の100倍から300倍近い。想像を絶する法外な設定だ。
返済が滞ると、「新しく口座を作ってくれれば、利息分をまけてやってもいい」という提案を持ちかけられたこともあった。振り込め詐欺などの犯罪に使われるかもしれない。そう思って提案を断ると、今度は「息子さん、〇〇中学だよね」「個人情報をネットでさらす」と脅され、やむを得ず別のヤミ金から借りる――。こうしたことの繰り返しだった。
「悪循環ですよね。口座を作れと言われたときは、だまされる側になるのか、だます側になるのかは、実は紙一重なのかもしれないとも思いました」
この日は結局、夜になるまでヤミ金業者の対応に追われた。7時ごろになって、ようやく細谷さんの携帯への督促も減り始めた。細谷さんは今後、自己破産の手続きを進めるという。事務所の一角で林弁護士が細谷さんにアドバイスしている。口調は少し厳しい。
「ヤミ金は1カ所でも借りた時点で、“カモリスト”に載ったと思ってください。細谷さんの個人情報は全国のヤミ金関係者に共有されています。ヤミ金からは絶対借りてはいけないことは言うまでもないのですが、万が一、借りてしまった場合、お金は元金も含めて1円も返す必要はありません。ヤミ金の取り立てから逃れる方法、それは1円も返さないことです。請求行為が収まればと思って少しでも返せば、『脅せば返すやつだ』と思われるだけです。あと数日、嫌がらせは続くかもしれません。でも、そこは頑張って耐えてください」
ちょうどそのとき、しばらく席を外していた瀬戸さんが戻ってきた。弁護士事務所の別の場所で、昼間にSOSを受けた20代女性について、生活保護の担当ケースワーカーと電話で打ち合わせをしていたのだ。そして顔を出すなり「今SOSが入った。20代男性。代々木公園にいるみたいだな」と言う。
瀬戸さん、細谷さん、そして同行取材の私。弁護士事務所に来たときと同じ3人で車に乗った。幸い、事務所から代々木公園までは、車で10分かかるか、かからないかの距離だ。待ち合わせ場所に到着し、いつものように路肩でハザードランプを付けた。
ほどなくして痩せた背の高い男性が恐る恐るといった様子でこちらに近づいてくるのが見えた。車内に招き入れ、瀬戸さんが1時間ほどかけて失業の経緯や現在の所持金、寝泊まりしている場所などについて事情を聞いていく。この男性もコロナで仕事が見つからず、最近は路上生活を続けているという。男性が生活保護の利用を考えてみるというので、申請するまでの宿泊費と食費を「緊急ささえあい基金」から手渡す。別れ際、瀬戸さんは男性に向かって「今日はちゃんと横になれるところで眠ってね」と言って手を振った。
男性を送り出すと、瀬戸さんがすぐに携帯のメールを開く。新たなSOSが入っていないかどうか、チェックしているのだ。SOS対応は多いときで1日に4、5件。埼玉や神奈川まで足を延ばすこともある。ほどなくして瀬戸さんが携帯のメールを閉じる。どうやらこの日のSOSは先ほどの男性で最後のようだ。車内の空気がホッと緩んだ。瀬戸さんはこれから、細谷さんが泊まる予定のビジネスホテルまで送っていくという。
瀬戸さんは一日のSOS対応が終わりに近づくと、よく車内で音楽を聴く。選曲の基準は謎だ。この夜は長渕剛の「君のそばに…」が流れていた。
しあわせが何であるのかさえ
分からなくなってしまいました
僕が何であるのかさえ
君の中で壊れてしまってるよね
助手席の細谷さんが問わず語りに話し始めた。
「SOSする前、これ以上家族に迷惑かけないように、どうやって死ねばいいかなって考えてました。だから、銀行のカードとか全部捨てたんです。身元不明のほうがいいのかなって……。瀬戸さんとつながらなければ、死んでました」
声が少し震えているように聞こえた。
瀬戸さんが屈託なく返す。「何回でもやり直せばいいんだよ」
瀬戸さんの長い1日が間もなく終わろうとしていた。
つづく