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化学メーカーがひた隠しにする静岡の下請け作業員の検査結果を独自入手! 米指標の43倍ものPFOA血中濃度が検出されていた【デュポン・ファイル第5部④】

化学工場でPFOAを取り扱う「危険な作業」をしていた孫請けの「協力会社」の社員らが、次々とがんで亡くなっていました。PFOAとの因果関係はないのか。集中連載4回の最終回では、化学メーカーが一切公表していない下請け作業員の血液検査の数値などを明らかにします。

フリーランス 諸永裕司


やはり白血病で亡くなった夫の上司

孫請け会社の社長として40年近く、三井ケマーズフロロプロダクツ(MCF)の清水工場で働いていた夫は2年前、肺がんで亡くなった。58歳だった。

それから9カ月後の昨年1月、残された妻は、ある人物の訃報を耳にした。夫が世話になった元上司のMCF社員だ。

「よく夫を飲みに連れて行ってくださったり、会社にかけあって下請けにもボーナスを支給してくれたりした、と聞いていました。珍しく目をかけて、大事にしてくださった方でした」

妻はその病名を知って、胸がざわついた。

「夫が社長をしていた会社を興した創業者の父と同じだったのです。単なる偶然なのでしょうか」

元上司とは、静岡県焼津市の市川英男さん。MCFの清水工場に高卒で入り、再雇用も含めて40年以上勤めていた。

白血病で亡くなった市川英男さん。山歩きが好きだった。享年75

3年前の夏、特定健診の検査結果がおかしいと再検査したところ、骨髄異形成症候群から白血病になった、と告げられた。3種類の抗がん剤を試し、一時帰宅した時期もあったが、再発した。

妻の俊江さんは、最期の病床でのやりとりが忘れられないという。

夫はもう、言葉を発せなくなっていた。横たわったまま、点滴につながれた右手を広げた。指を開いて掌を見せ、それから親指と人差し指で丸をつくった。「50」。さらに、手刀を切るように指を揃えた手を立てて見せた。50年、ありがとう。金婚式を9カ月後に控えて、そう伝えたいのだとわかった。

「また、一緒になってくれる?」

俊江さんが声をかけると、夫はイヤイヤをするように首を横に振った。俊江さんはあわてて、もう一度、たずねた。すると、今度は確かにうなづいてくれた。思えば、冗談好きの夫が最後に仕掛けたいたずらだった。

PFOAを扱う現場では「素手や足でかきませる」作業員も

英男さんは1966年に清水工場に入るとまもなく、製造2課に配属された。PFOAを使ってフッ素樹脂を製造する工場で働いた。しばらくしてプラントでの作業を離れ、15年ほどして製造3課に移った。別のプラントで働く孫請けの協力会社を管理する立場になった。

そこで、のちに肺がんで亡くなる孫請け協力会社の社長と出会ったのだ。作業が行われていたのはおもにXP-1プラントと多目的プラントだった。いずれも、PFOA(通称C-8)を扱っていた。

「C-8放出の可能性のある作業」というタイトルの内部資料にも、XP-1や多目的のプラントで行われていた「ディスパージョン凝集」「フッ素樹脂塗料の塗装」「容器洗浄」などが記されている。

XP-1ではおもに、ローディスと呼ばれる牛乳のような液体を扱い、多目的では液体を混ぜるだけでなく、乾かしてチーズのような粉体にする。

清水工場で労働環境の調査にたずさわったことのある元従業員によると、XP-1プラントでは、薬品を混合させる工程で、素手でかき混ぜる作業員がいた。C-8の危険性についてはまったく知らされていなかったからだ。作業によってはマスクや手袋の着用を求められていたが、「忙しいし、暑いし、面倒臭い」。あるいは、「昔はパンツになって足でかきませたもんだ」という逸話が武勇伝のように語り継がれてもいた。

現場では、「水仕事ばかり」と言われるほど洗浄作業が欠かせない。炊飯器の釜に使う塗料でも、メーカーの仕様ごとに混ぜる物質が変わるため、銘柄を変えるたびにすべての装置を洗い流す。ポンプのネジを緩めれば、C-8を含んだ塗料がダラリと漏れる。あわてて素手で受け止めてバケツに移す。タンクでは、こびりついた染みを研磨剤の入ったタワシでこすり、ガーゼで拭き取る。

ローディスパージョンを扱っていたフッ素樹脂製造工場(「デュポン・ファイル」より)

多目的プラントでは、液体を乾燥させる工程で粉が舞う。工場内はいつも霞がかかったような状態だったという。いずれにしても洗い流すからと粉がこぼれても気にかけず、床に水をまけば、また粉が舞った。

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