「労働者VS.セレブ」「人柄でなく政策」「アンチWoke」…トランプ新政権を生んだアメリカ市民の『ホンネ』を聞いた
トランプ氏を支持する聴衆が8年前とは明らかに変わっていた──。
NHK記者として米大統領選を過去4回取材してきたジャーナリストの田中淳子さんは、接戦州の取材を通して、米国社会の変容を実感したと言います。
異様な熱狂だった8年前と違って、落ち着いた雰囲気の選挙集会……。そこには「現実的な選択肢」として、ドナルド・トランプ氏を支持する動きが広がっていました。背景に何があるのか。現場の声を探ると、米国社会の底流で起きている変化や情報空間を巡る新たな戦い方が見えてきました。
1月20日に発足するトランプ新政権(トランプ2.0)と向き合うには、この8年間の変化の内実を理解しなければなりません。米国社会を長くウォッチしてきた筆者が見た「米国の変容と選択」。米大統領選ロードトリップ報告の最終回では、田中さんがルポルタージュでお送りします。
ジャーナリスト 田中淳子
8年前の自戒込め再び現場に
「1期目は皆が私と戦おうとしたが、今回は誰もが友達になりたがっている」。当選後の初会見で、トランプ次期大統領はこう述べ、自信を示した。
8年前は各国首脳、産業界のリーダー、そして議会指導部の多くが型破りの次期大統領と距離を置いていた。だが、今回は打って変わり、当選の瞬間から「トランプ詣で」に殺到している。そんな姿を揶揄(やゆ)しての発言だ。
この8年で変わったのは、リーダー達だけではない。米国社会全体も変容した。分断と内向き傾向が深刻化する中、トランプ氏が8年前を上回る支持を得て再選された。この事実をどう見ればよいのか。
「トランプ2.0」を理解するには、この米国社会の変容をまず理解しなくてはならない。8年前、取材記者としてこの時代を予見できなかった自戒を込め、現場に立ち戻った。
トランプ支持者の本音を聴く8日間
2024年11月の投票日、私は接戦州の一つ、ペンシルベニア州フィラデルフィアのウォッチパーティーで開票状況を見守った。思い出したのは、8年前の投票日。どちらの選挙もトランプ氏の勝利に終わったが、その夜の光景は対照的だった。
時計の針を8年前の投票日に戻す。
その夜、私はワシントンで、民主党系のウォッチパーティーを取材していた。ヒラリー・クリントン氏優勢の観測が伝えられる中、お祭りムードで始まったものの、夜が深まり開票が進むにつれ、雲行きが怪しくなった。
流れはトランプ氏。衝撃に包まれる会場を後に、急いで支局に戻ってニュースの中継コメントを書いた。私自身、読み切れていなかった地殻変動の大きさを、日本の視聴者に何とか伝えようと努めた。
あれから8年。フィラデルフィアというリベラルな土地柄、今回のウォッチパーティーも民主党系の参加者が多かった。
ただ開票開始の直後からトランプ氏の勢いが明白で、夜が更ける前に、1人また1人と会場を静かに去っていった。私自身も8年前のような驚きはなく、旅の終わりに、答え合わせができたような感覚だった。
今回の旅は、選挙のカギを握る接戦州を、8日間かけて車で回るロードトリップ。両陣営の選挙集会の他、トランプ支持者を中心に幅広い有権者を取材した。ある人には3時間半に及ぶインタビュー、またある人には突撃取材で話を聞いた。
私自身は放送記者として過去4回、大統領選挙を取材してきたが、今回はフリーの立場でこのロードトリップに参加した。先入観を捨て、多様なトランプ支持者の本音に耳を傾け、米国社会の底流で起きている変化を理解したかった。8年越しの「宿題」に、ようやく取り組むことができた。
聴衆の3割近くが女性や子ども連れ
投票日の4日前、ミシガン州デトロイト近郊のウォーレンで、トランプ氏の集会を取材した。選挙集会は候補者本人に加え、数千人の支持者を観察できる貴重な機会だ。現場でしか見えないディテールが多くある。今回は特に8年前との比較で、興味深い取材となった。
8年ぶりに間近で見たトランプ氏は、当然ながら少し歳を取っていた。話の内容は大きく変わらないが、個人的印象では、トランプ節のキレがやや鈍り、冗長に感じた。とはいえ78歳で、連日、全米を飛び回り、延々2時間、語り続けるエネルギーは驚異的だ。
ただ私が注目したのは、トランプ氏本人よりも、聴衆側の変化だ。8年前は労働者層の白人中年男性が中心。会場は怒りのマグマに覆われ、時折、「ヒラリーを刑務所にぶち込め」と叫ぶコールや、報道陣に対し敵意むき出しのブーイングが沸き起こった。
しかし今回は、聴衆の3割近くが女性。子ども連れも多く、庶民的なファミリー・イベントという雰囲気だった。会場で目立ったのが、ハロウィンの仮装のように、黒いゴミ袋を身にまとった参加者たち。バイデン大統領が、トランプ支持者を「ゴミ」呼ばわりしたと批判するためのパフォーマンスだ。といっても、笑顔を浮かべ、自虐ネタを楽しんでいる様子だった。
ある女性の背には、黒いゴミ袋にこう書かれていた。<MAGA (Make America Great Again)の「ゴミ」で上等!>。もうトランプ支持者であることを隠す必要はない。そんな思いが伝わってきた。
同時に聴衆の反応は、8年前の異様な熱狂に比べ、落ち着いて見えた。トランプ氏の演説中はそれなりに盛り上がったが、待ち時間に「あれ?」と思う瞬間があった。陣営スタッフが「USA、USA!」と声をあげ、周囲の人々にコールを促したのだが、誰も乗ってこないのだ。
何人かに話かけると、「トランプ氏の人柄ではなく、政策で選んでいる」という声が少なくなかった。接戦州だけに、かつてオバマ氏に投票したという無党派層の人も多かった。支持者の幅が広がり、その分、現実的な選択をしている印象だった。