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PFAS汚染への取り組みを批判した国連報告書に東京都が削除要求!その反論内容を詳しく検証する

フリーランス 諸永裕司

東京都が国連報告書に削除要求という報道

<政府は全文削除を要求したが、文章は東京都がほぼ作成したことが判明>

6月13日付の東京新聞朝刊にこんな内容の記事が出た。

国連人権理事会のもとにある「ビジネスと人権」作業部会がまとめた報告書に対し、日本政府は一部の削除を要求する反論文を出し、その内容はほぼ東京都が作成していた、というのである。

作業部会は昨年夏に日本各地で調査を行い、「リスクにさらされている人たち」(女性、LGBTQI+、障害者、先住民族、部落、労働組合)をはじめ、「メディアとエンターテインメント業界」(ジャニーズ問題)や「健康、気候変動、自然環境」(福島第一原発、技能実習生)など、多岐にわたる社会の課題を指摘した。

その一つに、PFAS(有機フッ素化合物)汚染があった。

今回は国連報告書の指摘の内容と、東京都が作成したとされる日本側の反論を詳しく読み解いてみたい。

国連報告書でのPFAS汚染をめぐる指摘と、日本側の反論内容

国連報告書は、環境省が昨年1月、科学的根拠に基づく包括的なPFAS対策を議論する専門家会議を設け、河川や地下水の継続的な監視や新たな疫学研究の支援などを打ち出したことに触れたうえで、こう記している。

<国の政策には、汚染地域の住民の PFAS 血中濃度に関する大規模な調査は含まれていない>

「大規模な調査」としては、たとえば東京・多摩地区の住民がPFASを体内に取り込んでいるとの研究(原田浩二・京大准教授)があるが、日本政府は汚染地域では血液検査をしようとしていない、と重ねて指摘した。

<PFAS に汚染された水源の近くに住む人々の健康調査を実施する政府の取り組みは限られている>

これに対する日本政府の反論文は、次のようなものだ。

<PFASの血中濃度と健康影響の関係は十分に解明されていません>
<摂取と人体への影響の関係は十分に解明されていません>

東京都庁(2023年9月 撮影:スローニュース)

血液検査に後ろ向きな理由が矛盾だらけ

だが、十分に解明されていなくても、因果関係を示す研究はいくつもある。それが血液検査をしない理由にはならない。むしろ、わからないからこそ、現時点のデータを蓄積しておくことに意味がある。アメリカでは、汚染地域の住民に血液検査の実施が推奨されている。

環境省はみずから、汚染のない地域では規模を拡大して血液検査を行う方針を示している。ではなぜ、汚染地域での検査には後ろ向きなのか。

<たとえ汚染の影響を受けた地域で血中濃度調査をしても、そこにいる住民一人ひとりの健康状態を明らかにすることはできないと考えています>

血液検査の目的は、PFASが血液中にどれくらい取り込まれているかを確かめるもので、血中濃度によって健康状態を明らかにすることなどそもそもできるはずもない。

まったく的外れで反論になっていないが、無理筋の理屈はほかにもある。

<健康影響の実態が明らかでなければ、血液検査に基づく相談、診療、治療を行うことは事実上不可能である>

健康への影響を把握するには、血液検査をしたうえで健康状態を追跡する調査が必要になる。繰り返しになるが、血液検査をすれば病気が見つかるかのような記述は印象操作と言わざるをえない。

多摩地区では学校で使われる専用水道(大型井戸)で国が定める水質の目標値を超えていたケースが次々と発覚した(撮影:諸永裕司)

さらに驚くのは、みずから「東京都は、都民の不安を払拭するために国内でも先進的な対策を講じている」として、次のように強調していることだ。

<2010年から都内全域で地下水調査を実施し、PFASの検出地域を特定している>

東京都が2005年ごろから地下水や水道水の水質調査を続けていたのは事実だ。だが、一部の浄水所で高濃度が検出されているにもかかわらず、2019年まで地下水からの取水を止めることなく、高濃度の水道水を供給していた。

しかも、水質管理の参考にしていたEPA(米環境保護庁)が2016年に「PFOSとPFOAの合計70ナノグラム」という新たな勧告値を設けたにもかかわらず、「PFOS 200ナノグラム、PFOA 400ナノグラム」を目安に水質管理を続けていた。その理由を、担当者は「厚労省が教えてくれなかった」と口にした。そのうえ、検査結果のデータは隠していた。

また、「検出地域を特定している」と記しているが、単に測定した地点と濃度を把握しているにすぎず、汚染源を特定しているわけではない。

なぜ東京都は公の場で語らないのか

なにより驚くのは、反論文を次のように締めくくっていることだ。

<東京西部の事例を代表的で深刻なものであるかのように伝えることは、地域住民の不安を不必要に煽るものである。したがって、少なくとも東京西部の住民に関する部分を削除するよう求める>

多摩地域での血液検査では791人のうち46%が、アメリカ科学アカデミーが「健康への懸念あり」とする20ナノグラム(血漿1ミリリットル中)を超えていた。

多摩地区での血液検査の結果を可視化(SlowNewsでのPFAS関連報道の第1回で発信)

関係者によると、東京都に関連する記述は東京都が執筆したという。全国各地でPFAS汚染が見つかっているのに東京都だけ槍玉に挙げられて世界に発信されるのは承服できない、というのが本音らしい。

科学的なデータに裏付けられた汚染の実態を否定するのであれば、都政をあずかる責任者が堂々と公の場で語るべきではないか。

18日、小池百合子知事は3選出馬にともなう公約発表の場で「多摩の魅力を磨き上げていきます」と語ったものの、その足元で広がるPFAS汚染に触れることはなかった。

スローニュースでは、東京・多摩地区にある一部の学校や大学で、PFASに汚染された地下水が飲み水や給食の調理などに使われていることを詳しく報じている。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。横田基地の汚染などについては、6月8日の「ビデオニュース・ドットコム」でも配信。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com


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